今では日本のあちこちに「中央区」がありますが、東京のまん中、私達の「中央区」は、昭和22年に「日本橋区」と「京橋区」が一緒になって誕生しました。
かつての京橋区の公共的な施設は、ほとんど引き続いてその役割を担っていますが、「中央区」と名前が変わっても、「京橋」の名称がそのまま付いているものを、結構見かけます。
例えば、区民館やコミュニティホール等の上に住宅のある『京橋プラザ』。
住所は銀座一丁目です。
かつてこの場所には『京橋小学校』がありましたが、築地小学校と統合されて『京橋築地小学校』となり、校舎は旧築地小学校を使用しています。
京橋プラザに隣接する『京橋公園』は小学校があった頃からのものです。
そして、築地1-1-1といえば区役所ですが、そこに併設されているのが『京橋図書館』。
ここの地下の地域資料室には、中央区についての貴重な資料が沢山あって、気軽に閲覧ができ、場合によっては貸出も可能です。
レファレンスの方は中央区の歴史に本当に詳しくて、いつもお世話になっています。
同じく築地の場外市場の近くにあるのが『京橋郵便局』。
郵政民営化のため、郵便事業については「晴海郵便局京橋分室」となるそうですが、建物には『京橋郵便局』となっています。
古くからの住民は「京橋の本局」と言っています。
そして新富には『京橋税務署』。
ここにはかつて新富座があって、その説明板が建てられています。
地元で育った私は、京橋にあるわけではないのに、『京橋○○』とついていた建物があるのが不思議だったのですが、歴史をひもといてみると、ちゃんとした理由があるのが分かって、とても興味深いものでした。