浜離宮恩賜庭園と言えば、何か難しそうな名前ですね。
「恩賜」というのは、かって皇室が所有したものを民に下げ与えるという意味です。
東京には、井の頭公園、上野公園、猿江公園 等があります。
こちらの浜離宮恩賜庭園は、江戸時代には、六代将軍家宣の時代に「将軍家のお庭」として、浜御殿などと呼ばれたことがあり、将軍家の遊興の場所とか、賓客の場所と使われ、11代将軍 家斉 の時には在位中、248回も使用されたそうです。
江戸城からお越しになるには、御座船(本日現在、日の出桟橋で安宅丸という和船をご覧になれます)を利用したり、海水を利用した汐入式回遊庭園では海魚の釣りに興じたりしたそうです。
明治時代に入っては、皇室のお庭となりました。
「延遼館」という外国の貴賓客をお迎えする、ゲストハウスも備えていて、米国の南北戦争を勝利に導いたグラント将軍、後の18代アメリカ合衆国大統領が退任後に訪日され過ごされた場所でもあります。
浜離宮恩賜庭園といえば、三百年の松を始めとする美しい黒松、赤松や中島の茶屋が有名ですが、今日は皆様があまりご存じないと思われる芳梅亭と松の茶屋についてご案内したいと思います。
芳梅亭は、和風の民家風の建築で、現在は俳句の会合などでのご利用が多いとお聞きしました。
9時から12時、13時から16時までの各3時間で3,600円、一日使用は7,200円(2014年3月31日現在)です。
私は自治会の会合で、歌舞伎座さんから取り寄せた綺麗で美味しい幕の内弁当を頂きながらのお話を聞きながら、利用させて頂きました。
松の茶屋については、先ず茶屋の定義をお教えしましょう。 (以下は、庭園の方のお話の受け売りです)
茶屋は茶室とは違い、畳に座った目線で池などの景色を愛で、ゆったりする場所である。将軍もかって、この場所で座って池や他の茶室を眺めて、心を休めたのか。復元とは、かつての資料に基づき、元の通りに建てることである。その資料に基づいて、天井は、屋久杉と霧島杉が使われていた。復元とは、お金がかかるもので、屋久杉などは成長するのに1千年もかかるのだから、市中在庫は限られている。 云々。
なるほど、松の茶屋に入るのは初めてですが、詳しいお話は聞かないと判りません。
欄間の千鳥が泳いで波を立てている風情が、波紋を作っている様です。 やはり、自然木の木目を使うというのは、凄い
これからは、茶屋の前を通り過ぎる時にも、外部から、建造物の造りに興味を持って、観察しなければと思いました。
さて、4月中旬になれば、見事な八重桜がご覧になれます。 その記事は、
私の、昨年、一昨年のブログでご覧ください。
/archive/2013/04/post-1622.html
/archive/2012/04/post-1200.html
暖かな日差しを浴びて、春の贅沢な幸せなひと時を、ゆったりと、お楽しみ下さい。
開花情報などは、下記のHPでご確認され、浜離宮恩賜庭園の事務所にお問い合わせください。
https://www.tokyo-park.or.jp/park/format/index028.html