時代小説や街の歴史パンフレットに「するがてふ」という文字がよく出てきます。
今で言えば、室町一丁目当りでしょうが、其の名の由来がズット気になっていました。
最近、日本橋北詰の東側交差点を渡った角地のビルの一階に、その説明を見つけ、
ようやくスッキリしました。(下記写真の黒いビル一階)
その説明にはこう書かれています。
日本橋にかつて駿河町という一角がありました。徳川家康が江戸に幕府を開いたとき、
駿河の国より随従した町民のために与えた土地がこの駿河町でした。
当時このあたりには一面に葦が茂っていたと伝えられています。
広重の「名所江戸百景」にある江戸の日本橋は、室町界隈の有便堂さんのシャッターに見えます。
高速道路の架った日本橋、日本橋南詰め船発着場の擬宝珠
Cool Bizは10月末までです、ネクタイは何故に必要なのかと思わせる
最近の早めの暑さです。毎日の工夫でボケることなく秋の風が吹くまで、、。