中央区明石町にある聖路加国際病院。この病院の名誉院長を務められる日野原重明先生が10月4日に104歳を迎えられました。日野原先生は太平洋戦争直前の1941年8月にこの病院に着任され、以来70年以上医療に携わり活躍されている方です。
その日野原先生が今秋、「戦争といのちと聖路加国際病院ものがたり」という本を書かれました。
この本を書店で見つけ、表紙の絵を見て一目気に入り気づいたらレジに並んでいました。中をパラパラと見てみると文字は大きな活字で印刷され、漢字にはふりがながふられています。そう、この本はこれからの未来を担う若い世代に向けて書かれている形になっています。
聖路加国際病院の歴史や日野原先生自身の体験を通して、戦争そして平和の尊さについて次世代に伝えていこうという日野原先生の思いが伝わってくるような内容です。
聖路加国際病院は1902年にトイスラー博士により開設されて以来、キリスト教の精神を中心に据えた医療が行われてきましたが、同時にアメリカと深いつながりのある病院であるため、太平洋戦争の開戦前後から微妙な立場に追い込まれます。
開戦すると病院の名前は変えられ、十字架は取り外されました。病院だけではなく日野原先生自身にも疑いの目が向けられ、憲兵から尋問を受けたりします。そして終戦後は建物がGHQの管理となったりと、この病院は戦争という時代に翻弄されました。そのような歴史と体験が書かれています。
また、よく築地界隈は聖路加病院があるおかげで大きな空襲を受けなかったといわれていますが、それを証明するようなアメリカ空軍機からばらまかれたビラなど、多くの写真がこの本に掲載されているのも特筆すべき点。若い世代だけではなく、老若男女・すべての世代が読めるような内容であると思いますし、中央区の戦時の歴史の一つとしてこの病院の歴史を知ることができるような内容にもなっています。
(下の写真は「かちどき・橋の資料館」に展示されていた隅田川の写真。改築前の旧館が写っていました。)
この本を読んだ次の日、聖路加国際病院の旧館に足が向かっていました。中のチャペルに入るのも久しぶりです。
聖路加国際病院には、15年ほど前に銀座で心筋梗塞で倒れた義父の命を助けていただいたり、今年の冬には家族がお世話になったりと、私にとっても縁のある病院。特にこの旧館の前にある庭に来るとほっとする場所だったりします。
今は平和な空気が感じられるこの場所ですが戦時の痕跡が残っている所があります。
この旧館チャペルの入り口(写真左)の横の、この旧館が建てられた1930年代からある定礎石です。
この石には、
「ST.LUKE'S INTERNATIONAL MEDICAL CENTER
DEDICATED TO THE GLORY OF GOD
AND THE SERVICE OF HUMANITY」
そして、「神の栄光と人類奉仕のため 聖路加国際医道院」と訳語が書かれています。
旧館は90年代に改修工事が行われたので、この定礎石は当初は違う場所にあったそうです。この石には12個の釘穴の跡があるのですが、これが戦時の痕跡。憲兵隊にこの石を取り外すように強要されたため、その対応として薄い御影石で覆い隠した時の痕なのだそうです。
また旧館のとなりの建物の本館の1階には、この病院の年表が大きく掲示されており、歴史を見ることができるようになっています。
戦後70年という節目である今年。政治でも、戦争そして平和について考えさせられる大きな出来事がありました。
終戦から時間が経つにつれ、戦争と平和について考えるのはだんだん難しくなってきている気がします。
日没が早くなった秋の夜長。こういう類いの本を読んでみるのも良いかもしれません。