関東大震災の記念塔
(写真は2015年12月1日撮影、以下同じ。内蔵小型ストロボのため光量が不足で悪しからず。後ろは、宝くじを求める人 の列です)
この塔は大正十二年(1923年)九月一日午前11時58分 東京を中心に関東一帯をおそった大震災を記念するため広く浄財を集めて十周年の昭和八年九月一日に建てたものでわが国彫刻界の巨匠北村西望先生が「平和の神」を象徴して制作されたものであります 標語の「不意の地震に不断の用意」は当時朝日新聞社が全国から懸賞募集した十余万の応募の中から選んだもので長くこの日をしのび二度と惨害をくりかえさぬよう注意を喚起するものであります
昭和三十五年九月一日
震災共同基金会 朝日新聞厚生文化事業団
震災の被害状況
死者99,331 負傷者103,733 行方不明43,476
倒壊家屋 全壊128,266 半壊26,233 焼失家屋447,128
銀座の柳 碑
銀座の柳は明治十年頃に植えられ銀座の象徴とされたが三度の変遷を経て昭和四十三年銀座通りの改修と共に姿を消した
このたび西銀座通りが東京都のシンボルロードとして歩道拡張と共に御影石鋪装を施し面目一新されたことを機に並木を柳に代え銀座の象徴復活を果たした
西銀座通会はこの柳が末長く人々に愛され親しまれ続けることを願いここ数寄屋橋公園に碑を建立する
平成十一年十一月
西銀座通会会長 柳澤 政一
銀恋の碑
デュエットソングの定番中の定番「銀座の恋の物語」(昭和36年/1961 作詞 大高ひさを、作曲 鏑木 創 歌 石原祐次郎 牧村旬子)の歌碑(銀恋の碑)はその名を後世に残すため、平成二年七月、西銀座通会、銀座通連合会、テイチク(株)によって建立された。
東京慈恵会医科大学発祥の地
明治十四年男爵高水兼寛英国医学教授ノ目的ヲモッテコノ地ニ成医会講習所ヲ開設ス
コレ東京慈恵会医科大学ノ濫觴ナリ
創立百年ヲ記念シコノ碑ヲ建ツ
昭和五十五年五月一日
第七代学長 名取禮二
和光
(WAKOサイトから) 銀座四丁目の交差点、銀座のランドマークとして知られる和光本館。時計をはじめ、宝飾品、紳士・婦人用品、室内装飾品など、ご用意しているお品は、お客様の声を取り入れて独自に開発した、あるいは国内外から厳しい目で選び抜いた、高い品質を誇るものばかりです。長い歴史と伝統の中で培ってきた上質へのこだわりとおもてなしの精神を、大切にしております。
どうぞ和光で、ゆっくりとお買物をお楽しみください。