三島由紀夫の小説「幸福號出帆」は、昭和30年(1955)6月から11月にかけて読売新聞に連載され、昭和31年(1956)に単行本が刊行された。主人公の兄妹(実際は血がつながっていないことが最後に明かされるのだが)は、月島の古い借家で育ち、妹は銀座のデパートに勤めているという設定であることから、月島、勝鬨橋が作中にしばしば登場する。
作中では、東京湾、隅田川一帯における密輸が描かれるが、当時の日本は完全な保護貿易主義の下にあり、輸入品には高率の関税が課されていたことから、当時の密輸品には時計などの品物が多く、主として船により行われていた。
作品の冒頭部分に次のような記述がある。
>望遠鏡をのぞく。
右方に濱離宮公園のムクムクした苔のやうな緑と、そのかなたの海の沖にならんでゐる船が見える。水平線はぼんやり曇ってゐる。
彼女は角度を左に變へた。
錯雑したビルが、一枚の押絵のやうに見えた。T温泉ビル、そのずっとむかうのT劇場、さらにむかうの築地本願寺の圓屋根の緑いろの側面、それらが、平たい絵を次々と貼り重ねたやうに見える。高くそびえたT温泉の大煙突の稀薄な煙が、かげろふのやうに、遠い港の風景を歪ませてゐる。耳に入るものは、ビルの谷間のあちこちに反響して昇ってくる自動車の警笛だけである。
ふとレンズの焦點は、魚河岸をつなぐ橋に固定して、橋の袂の柳や自轉車のゆきかひを鮮明に見せる。しかし彼女の見たいのはそれではない。ほんの一寸レンズを左に向ける。魚河岸の屋根の外れに、勝鬨橋の對岸の、保税倉庫のつらなりが、やつと見えた。(8-352)
Nデパート屋上とあるが、松屋か三越か松坂屋か不明。 松坂屋は工事中であるので、現在の松屋、三越両百貨店の屋上部からの見晴らしを検証してみた。
松屋の屋上から隅田川方面を見ても、下記のようにほとんど眺望はきかない。かろうじて、聖路加タワーの上部が見えるのみである。
三越12階からは、東劇ビルは見えるが、浜離宮や築地本願寺は見えない。