築地橋
「第三の橋は築地橋である。ここに来て気づいたのだが、都心の殺風景なこういう橋にも、袂には忠実に柳が植えてある。・・・・・・・・・・・
築地橋は風情のない橋である。橋詰の四本の石柱も風情のない形をしている。しかしここを渡るとき、はじめて汐の匂いに似たものが嗅がれ、汐風に似た風が吹き、南の川下に見える生命保険会社の赤いネオンも、おいおい近づく海の予告の標識のように眺められた。」(190-191)
入船橋
「第四の橋は入船橋である。それを、さっき築地橋を渡ったのと逆の方向へ渡るのである。・・・・・
入船橋の名は、橋詰の低い石柱の、緑か黒か夜目にわからぬ横長の鉄板に白字で読まれた。橋が明るく浮き上がってみえるのは、向う岸のカルテックスのガソリン・スタンドが抑揚のない明るい燈火を、ひろいコンクリートいっぱいにぶちまけている反映のためであるらしい。」(193)
暁橋
「川は入船橋の先でほとんど直角に右折している。第五の橋までは大分道のりがある。広いがらんとした川ぞいの道を、暁橋まで歩かなければならない。
右側は多く料亭である。・・・・・・やがて左方に、川むこうの聖路加病院の壮大な建築が見えてくる。
それは半透明の月かげに照らされて、鬱然と見えた。頂きの巨きな金の十字架があかあかと照らし出され、これに侍するように、航空標識の赤い燈が、点々と屋上と空とを劃して明滅しているのである。・・・・・・・・
第五の暁橋の、毒々しいほど白い柱がゆくてに見えた。奇抜な形にコンクリートで築いた柱に、白い塗料が塗ってあるのである。その袂で手を合わせるときに、満佐子は橋の上だけ裸かになって渡してある鉄管の、道から露わに抜き出た個所につまずいて危うくころびそうになった。・・・・・・・・その橋は長くない。」
堺橋
「第六の橋はすぐ前にある。緑に塗った鉄板を張っただけの小さな堺橋である。 満佐子は橋詰でする礼式もそこそこに、ほとんど駆けるようにして、堺橋を渡ってほっとした。 ・・・・・・・・・・
この道をまっすぐ行けば、いずれ暁橋に並行した橋のあることがわかっている。それを渡っていよいよ願が叶うのである。」(197)
一部の親柱のみが現存しているようであるが、工事のためフェンスが設置されており、今は見ることができない。
備前橋
「橋詰の小公園の砂場を、点々と黒く雨滴の穿っているのを、さきほどから遠く望んでいた街燈のあかりが直下に照らしている。果たして橋である。
三味線の箱みたいな形のコンクリートの柱に、備前橋と誌され、その柱の頂きに乏しい灯がついている。見ると、川向こうの左側は築地本願寺で、青い円屋根が夜空に聳えている。同じ道を戻らぬためには、この最後の橋を渡ってから、築地へ出て、東劇から演舞場の前を通って、家へかへればよいのである。」(199)