「江戸の名物 武士 鰹 大名小路 広小路 茶店 紫 火消 錦絵 火事に喧嘩に中っ腹 伊勢屋 稲荷に犬のくそ」 というそうです。
●武士
江戸の町は武士が多かったようですが 『熈代勝覧』(きだいしょうらん)では 江戸庶民の暮らしが描かれていますが武士も登場しているかどか記憶がないので 近いうちもう一度見直してみます。
熈代勝覧 日本橋の様子
●鰹
ご存知のように 「かみさんを質に入れても食べた」とか本当でしょうか?
魚の話に及びますが、現在築地にある魚市場は関東大震災までは日本橋にあり 「朝千両 魚河岸」と言われ賑わったようです。 ちなみに、「昼千両 芝居」「夜千両 吉原」これらを「江戸 三千両」と言うそうです。 日本橋のたもとには魚市場発祥の記念碑が建っています。
日本橋魚河岸発祥の記念碑
●大名小路
大名屋敷がたくさんあった場所 丸の内~大手町界隈を指すとのことです。 この様子は、三越前駅地下コンコースに東京駅付近の航空写真があり これを見ると町の区割りが一目瞭然。武家屋敷と町人の町がはっきり分かります。(丸の内側:大名屋敷 八重洲側:町人) 『熈代勝覧』と共にこちらもご覧ください。
日本橋周辺航空写真
●広小路
幅の広い道。熈代勝覧のこの道は広小路のひとつだと思います。 この通り、東海道銀座付近では通りの両側 日比谷・築地側は 後から埋立てられ、わずかに低くなっているようですが、この写真ではよくわかりません。ご自分の目で見てください。
銀座四丁目交差点から日比谷方面を見る
銀座四丁目交差点から築地方面を見る
つづく