昨年の秋、旅行に行った滋賀県の近江八幡。水辺のある風景や、古い商家が連なる街並みがとても綺麗なところである。
街を散策していて趣のある古具屋に立ち寄ると、店先に乱雑に置かれている冊子が。右から書かれている『歌舞伎座』という文字が目にとまった。
歌舞伎座の興行の時に歌舞伎座で売られていたと思われる古い冊子。『昭和7年11月』と書いてある。かなり古いなぁと思いながらも、結構綺麗な保存状態であるのに驚いた。
歌舞伎座は東京の中央区にある。何だか特派員の私に向けて『買ってください』と言われているような気がして、値段を見たら500円、帰りの新幹線で読むことにした。
『9代目團十郎30年追遠興行・昭和7年11月』。
2013年に亡くなった市川團十郎は12代目なので、その3代前。台東区の浅草寺にある團十郎の像。この方が9代目である。
昭和7年は西暦では1932年で今から85年前、関東大震災後の復興がほぼ終わりを迎え、次の時代に向けて歩み始めた頃である。
この興行は、9代目團十郎が1902年に亡くなられてから30年後の、1932(昭和7)年11月に行われた。
昭和7年の冊子をめくってみる。演目が書かれていた。
実は私は観劇自体を殆どしたことがないので、歌舞伎についてはあまりよくわからない。「勧進帳」はなんとなくわかるが、「口上」って何だ??そんな情けないレベルである。
わかるページをパラパラと探す。
歌舞伎座の中の各食堂のメニューの値段が書いてある。聞き慣れた店の名もある。
コーヒー ・・・15銭
ソーダ水 ・・・20銭
親子飯 ・・・70銭
など、いっぱい書いてあるが、一番高いメニューは竹葉亭の上蒲焼、2円だ。
因みに観覧席の値段。一番高い席は7円80銭、安い席は90銭。今となっては逆に想像が難しい。
歌舞伎座の建物写真や座席図も載っている。
昭和7年頃、歌舞伎座の建物は3期目の建物でその後の空襲で焼けてしまった。この3期目の建物は真ん中に大きな破風屋根があったのが特徴だ。現在の建物は数年前に完成したタワービル併設の建物で5期目となる。
「9代目團十郎の功績」を解説した長文のページ。読むのに苦労したが、少し整理してまとめてみた。
江戸時代、中央区にいくつかあった歌舞伎の芝居小屋は江戸末期の天保の改革で浅草に移ることになるが、この頃に9代目團十郎は生まれている。
明治の時代となり、守田座が今の中央区新富に戻ってくる。その後守田座が『新富座』と名を変えたのと同じ頃、1874(明治7)年に9代目團十郎を襲名。この頃にまだ歌舞伎座は無かった。
9代目團十郎の一番の功績は、演劇改良運動の一環で「活歴」と呼ばれる新しい劇に「挑戦」したこと。史実と異なる内容や演出を改めて、史実を尊重した脚本としたり、本物に近い衣装や小道具を使ったりする新しい劇に取り組んだ。
新富座の新しい建物が1878年にできるが、ガス灯のある近代的な建築であるこの新富座は、明治という新時代において演劇界の文明開化の象徴的な場所となるだけでなく、團十郎の挑戦を後押しする場所となり、歌舞伎興行の中心となった。
この新しい劇は歌舞伎の「活歴物」というジャンルになったが、実際のところ観客の評判はあまり良くなく、なかなかうまくいかないこともあった。
しかしこういった演劇改良運動は初の天覧歌舞伎に繋がり歌舞伎の社会的地位向上に寄与するだけでなく、さらには1889年の「歌舞伎座」設立にも繋がり、「団菊左時代」の一翼として明治期の歌舞伎界を盛り上げていくことになる。
(現在の歌舞伎座の建物)
要は30年後の昭和7年に記念の興行が行われるような功績を残した凄い人だった、ということだ。
「9代目團十郎」というひとりの人間を通して歌舞伎の歴史を見てみると、断片的な知識が線で繋がったような感じでとても勉強になった。
でもなぜこの冊子は近江八幡にあったのだろう。
近江八幡は戦国時代に造られた水運の発達した城下町で、「近江商人」を生み出した商業の街。近江商人は各地に進出し江戸時代を通じて江戸の日本橋でも活躍していたようで、今の中央区日本橋にも近江商人をルーツとする企業が名を連ねているらしい。
そのような縁で東京見物で歌舞伎を観にきたのかも、と想像してみた。
昭和7年は銀座にこの建物が竣工した、そんな年であった。
歌舞伎座のある東銀座からは歩いて数分。歌舞伎を堪能したあと、この冊子を手にしながら真新しいこの建物を目にしたのかもしれない。
少しだけ歌舞伎に興味が湧いてきた。
この冊子を見つけたのも何かのご縁。今年は歌舞伎座で歌舞伎を観てみようかと思う。
(人形町にある勧進帳・弁慶の像)
5日の日曜日に早速、歌舞伎を観に行ってきた。
まずは無料で観られる『新富座こども歌舞伎』。この新しい歌舞伎の挑戦も今年で10年目を迎えたそうだ。
(新富座こども歌舞伎・口上)
この活動に参加するこども達、かなりの「挑戦」だと思う。『新富座』の名に恥じない、こどもながらのプロ意識にとても感服してしまった。