久松警察署のすぐ近くにある和菓子屋「三廼舎」(さんのや)さんを取材しましたので、2回に分けてお届けします。今回はお店の紹介とご主人に伺った和菓子の話を、そして次回はご主人のお母様にお聞きした、富沢町や人形町、浜町界隈の昔のお話をまとめてみます。
▲右手奥が喫茶スペース
三廼舎は、明治座の近く、久松警察署のすぐそばにある和菓子屋さんです。こじんまりとしたお店ですが、中に入ると4卓12席の喫茶スペースもあって、ご近所の方が抹茶セットやコーヒーなどを気軽に楽しんでいるようです。
抹茶セット(500円)をいただきながらご主人に和菓子のお話を伺いました。
三廼舎の創業は昭和22年。創業者は現在のご主人の祖父・石川三之助氏で、三廼舎という名前の由来ももちろん三之助氏のお名前から。三之助氏は銀座資生堂の近くにあった「つくし」という和菓子屋で修業されたと言います。水墨画も描く、とても手先が器用で芸術的センスのある方だったそうです。現在のご主人は三代目。お母様と共にお店を守っていらっしゃいます。
▲波型模様の練切
抹茶セットは、抹茶に練り切りの和菓子と桜湯が付きます。練切は手作りの創作商品は関西が中心で、関東では木型商品が多いそうです。やはり、和菓子は茶道文化とともに歩んできたものなので、練切も京都を中心に名店が多く、芸術性も高いのだそうです。
今回いただいたような水模様(波型)の和菓子は、なぜかお茶の世界では敬遠されるようです。
そして、現在使われている貴重な三廼舎さんの宝物、練切用の木型をいくつか見せていただきました。何百とある木型のすべてが、三之助氏がデザインして木型屋に発注したものだそうです。桜の木で作られています。
▲練切の木型各種。
人形町近辺に和菓子屋が多いのは? 富沢町界隈に多く見られる和服の古着屋や呉服屋が、京都や近江などから江戸に入ってきました。その時期に和菓子屋さんも一緒に付いてきたようですが、茶道の一般化や芝居見物、遊郭通いの客でにぎわう人形町近辺だったということもあり、和菓子屋さんも根付いていったようです。江戸時代はそれまで団子や汁粉、餅などが中心だった江戸和菓子に、色・形・香り・味・風流で季節を味わう京和菓子の要素が加わっていったのですね。
三廼舎さんでは、4月上旬で桜餅も終わり、現在の柏餅(こしあん、味噌あん)は5月10日まで、その後、水ようかんと水まんじゅう‥‥季節に合わせて定番の和菓子が続きます。三廼舎さんでは餅や赤飯の米は炊飯器を使わず、羽の付いた昔からの釜で炊いています。桜餅(道明寺)も、他店にはない一粒一粒のしっかりした食感が、独特の美味しさを伝えています。
▲優しい焼き色が独特などら焼き。
▲お米が美味しい桜餅。
▲こしあん(左)と味噌あんの柏餅。やさしい甘さと美味しいお餅!
ご主人は「和菓子屋は仕事も大変、需要も安定していないので経営も大変。昔のように和菓子職人になりたいという人も少なくなった」と嘆きます。
でも、高校生の娘さんが、跡を継ぎたいと言っているようです。少しだけご主人の顔が輝いたような気がしました。