秋の観光シーズンになったので 久し振りに外国客船が入港しました。
望遠鏡で見ると 大勢の外国の方々がデッキや最上階の窓から東京を眺めているのが見えました。
船籍は「BAHAMAS」で 仙台から9時頃 入港して 夕方には大阪に向けて出港しました。
日帰りで東京見物だったのですね・・・・・何処を見物したのでしょう・・・・??
SILVER SHADOW 28,258 総トン
晴海埠頭の客船ターミナルと「SILVER SHADOW」
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晴海埠頭に久し振りの外国客船入港
秋の観光シーズンになったので 久し振りに外国客船が入港しました。 望遠鏡で見ると 大勢の外国の方々がデッキや最上階の窓から東京を眺めているのが見えました。 船籍は「BAHAMAS」で 仙台から9時頃 入港して 夕方には大阪に向けて出港しました。 日帰りで東京見物だったのですね・・・・・何処を見物したのでしょう・・・・??
SILVER SHADOW 28,258 総トン
晴海埠頭の客船ターミナルと「SILVER SHADOW」 江戸バスが無料になる日 みんなに教えるニャン
江戸バスが10月1・2・3日(金土日)はどなたでも運賃が無料です。 秋の一日を江戸バスに乗って新しい中央区の魅力を再発見しましょう。 同時開催中の中央区商業まつり「宝探し」イベントにも御家族やお友達を誘って御参加下さい。 10月31日(日)中央区まるごとミュージアムの日も無料運行です。
第3回中央区観光検定 平成23年2月6日(日)
第3回中央区観光検定試験の実施日が決まり、テキストが中央区観光協会と各書店にて9月15日発売されました。 テキストは A5版 182ページ。 歴史、文化、産業、地理、祭り、行事(イベントを含む) テキスト巻末に「中央区年表」「過去の試験問題40問」を収録しています。 販売価格 ¥2100.- 試験申し込み期間は平成22年10月15日(金)~平成23年1月14日(金)までです。 新しいテキストは 三越本店向かい側の 「タロー書房さん」で 撮影させて頂きました。 「タロー書房」さんは平成22年9月18日(土)に閉店となり10月28日(木)より室町東三井ビルディング商業エリア「COREDO(コレド)室町」地下1階に 装いも新たに 移転開業なさいます。
中央区検定試験に際し 早めに心がける事で 楽しんで受験できると思います。 若かりし頃の 受験勉強とは違った 別の何かを感じる事でしょう。 私は中央区観光協会特派員になって 毎日、新しい発見があり 生活に余裕が持て・・・・・ 中央区を存分に楽しみながら 生活して居ります。 楽しんでテキストを読むだけでも 中央区を散歩している気分になります。 多くの方々が 中央区観光検定を受検なさる事を 願っております。
2010「まち歩き」ツアー 日銀と貨幣博物館コース
日本銀行は明治15年(1882年)10月10日に永代橋の袂(現在の日本橋箱崎町)に誕生いたしました。 当時は建物が狭かったり、交通の便が悪かったりで建物を移転する事になり 明治29年に現在の日本橋本石町に日本銀行本店が竣工いたしました。 日本橋本石町は大昔、ナウマン象が居て、その化石が出て来たそうです・・大昔ですが本当です。 又、現在の日本銀行の場所は金座があり江戸時代は金を造っていました。 旧館設計者は辰野金吾博士で東京駅のレンガ造り駅舎や旧両国国技館も設計しました。 日本銀行は 「ネオバロック建築」でベルギーの中央銀行を手本にしています。 又、西洋建築では迎賓館と並ぶ二大傑作で現在は国の重要文化財に指定されています。 「街あるきツアー」では「日銀と貨幣博物館コース」があり参加者20名(引率3名)が西門に集合して見学を始めました。
日銀の旧館は現在は殆ど使われておりませんが、初代から26代総裁の肖像画が飾られてる2階廊下を歩きました。 現在の白川方明(マサアキ)総裁は第40代総裁です。 興味深かった総裁は・・・・・・・ 初代 吉原重俊総裁 千円札等、紙幣の裏面に「NIPPONGINKO」と印刷されているのは彼が鹿児島(薩摩)出身である為に「日本」を「にほん」と発音せず「にっぽん」と発音なさっていたのが理由だそうです。 第4代 岩崎弥之助総裁 三菱の創始者岩崎弥太郎の18歳下の弟です。 第7代 高橋是清総裁 達磨の顔にそっくりだったので「だるま総裁」と呼ばれたそうです。 第16代 澁澤敬三総裁 明治から昭和の経済界をリードした渋沢栄一の孫ですが終戦時の日銀総裁であった為に焼け野原に立っての肖像画となっています。 資料展示室 当時使用されていた樫の拍子木がありました。 昭和44年に新館が出きるまで銀行の営業時間の開始と終了は拍子木で知らせていました。 四つ叩けば「は・じ・ま・り」三つ叩けば「お・わ・り」だったようです。
消防活動に際して着ていたハッピ(鹿皮)が飾られていました。 鹿皮は牛皮より軽くて通気性があるそうです。 又、2004年まで使われていた地下金庫を御案内頂きました。 昭和7年に設置されたアメリカ製の大扉は重々しくドッシリとした風格がありました。 壁に小さな穴を開け廊下の床にも穴が空いていました。 乾いた風を壁から取り入れ湿った空気を床下に逃がして湿度の調節をしていたそうです。 金庫内の壁や天井のレンガは明治29年建築当時のままの物です。 壁にある白いシミは関東大震災や消火活動の時や修復時の水のシミのようです。
現在、使用されている紙幣は2・3年で新しい紙幣に日銀で交換しています。 高性能の機械で紙幣を1枚づつチェックして古い紙幣は新しい紙幣と交換しています。 見学当日の御土産は古くなったり傷んで使われなくなった紙幣をシュレッダーにかけた砕片を名刺大のポリ袋に入れた物でした。 そして昔、営業していた頃の部屋の見学・・・・・・ 当時は馬で来店の御客様もあり中庭には当時の馬の水飲み場が今でも存在しています。
日本銀行の向かい側にある貨幣博物館は30分程の自由見学となりました。 我国の貨幣史 貨幣略年表を非常に興味深く見学しました。 「江戸時代の1両は今のいくら?」・・・等と興味深いパンフレットも置かれていました。 日本橋で買い物のついでに気楽に見学できる所です。 是非、訪ねて見て下さい。 開館時間 : 9時30分~16時30分(入館は16時まで) 休館日 : 月曜日 祝日(ただし、土日と重なる場合は開館) 年末年始(12月29日~1月4日) 入館料 : 無料
11月19日(金)には同じコースがもう一度あります。 皆様、どうぞ 「日銀と貨幣博物館コース」に御応募下さい。
日本橋川に架かる橋(前編)
日本橋川は千代田区と文京区の境界付近にある小石川橋で神田川と分れ、豊海橋の先で隅田川に合流して居ます。 日本橋川は慶長5年(1600)関が原の合戦後に切り開かれ江戸城の大手口と隅田川をほぼ一直線に結ぶ運河として主要な役割を果たした川筋で、江戸の繁栄を支えてきました。 中央区の中には豊海橋・湊橋・茅場橋・鎧橋・江戸橋・日本橋・西河岸橋・一石橋とありますが、今回は河口より豊海橋・湊橋・茅場橋・鎧橋・江戸橋の順で御紹介します。
豊海橋です。 日本橋川の一番下流に架かっています。 梯子を横倒しにしたような珍しいデザインをして居ります。 何度か架け替えられましたが現在の橋は昭和2年(1927)の完成です。 区民有形文化財となっております 下記は湊橋から見た豊海橋です。 > > 橋の中央には「湊橋」と書かれています。 (日本橋箱崎町~新川1丁目) 霊岸島(現在の新川)と対岸の箱崎を結ぶ為に架けられました。 周辺が江戸湊への出入り口だった為に「湊橋」となりました。 橋脚は鉄筋コンクリート造りの3連アーチです。 > > 茅場橋(日本橋茅場町1丁目~日本橋小網町) 昔は橋の南詰辺りが茅を切って積む置き場であった為に「茅場橋」となった。 橋の欄干の特徴として手摺の上に三角形を三つ連ねたデザインが面白い。 > > 鎧橋(日本橋小網町~日本橋兜町・日本橋茅場町1丁目) 明治5年(1872年)に架橋されるまでは「鎧の渡し」と呼ばれ渡船場があった。 その橋は老巧化が進み現在の橋は昭和32年(1957年)に架け替えられた。 欄干の外側が肘をはった様に外に出っぱている。 > > 江戸橋(日本橋室町1丁目・日本橋本町1丁目~日本橋1丁目) 現在の橋は昭和2年(1927年)震災の復興計画の一環として架けられた鋼製アーチ橋。 欄干の細かい連続模様が太陽に照らされ美しく見える。 >
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