[ゆりかもめ]
2012年1月26日 08:30
年に1度か2度の雪が降りました。9時の開園と同時に庭園に入りました。
同じようにカメラを持って庭園にいらした方も何人もいらっしゃいました。 思いは同じです。
右側の松が点在しているのは延遼館跡です。
左側の道は表馬場です。
江戸時代のお客様は三百年の松の所で右折してこの表馬場を通り御庭役所で馬や輿から下りて刀は御庭役所に預けて脇差だけで御庭拝見となりました。
「 中島の御茶屋」です。
「松の御茶屋」と対になっています。
「庭屋一如」テイオクイチニョ・・・・・
この言葉通り、建物と庭は一体感を持って考えられ造られた御庭です。
御庭にマッチさせて建てられている為に松の御茶屋に座っていると庭の中に座っているように感じるよう高さまで考えられています。
「庚申堂鴨場」です。
秋から冬にかけてのお客様は鷹狩の為でした。
この近くに「鷹の御茶屋」跡がありますが鷹狩の後、土足のままで土間に入れるように土間を大きく
して暖炉を取ってありました。
よく見ると雪が枝先に付いて居るのですが青空に映えて花のようでした。
「御亭山」です。
小さな山ですが春は沢山の躑躅が植えられていて「山は火が吹いているように美しかった」と記されています。
雪を被ったタチカンツバキです。
梅林の前の道を隔てて咲いています。
椿のように花の形のまま落ちずに山茶花のように花びらが散っていきます。 山茶花でもハラハラと花びらが散らずに椿のように花の形で地面に落ちるのは春山茶花といいます。
春山茶花は東御苑にあります。
[ゆりかもめ]
2012年1月20日 08:30
「日本橋かるた」は日本橋から生まれた「郷土かるた」です。
日本橋の文化や歴史をより多くの方々に知って頂く為に2009年に日本橋地域ルネッサンス100年計画委員会が設立10周年を記念して製作しました。
「歴史」「名所・旧跡」「文化・文化人」等をテーマにした読み句は一般公募により全国から集められました。
総数4114句の中で47句を選定委員会が選出し、「日本橋かるた」に採用しています。
絵札の美しい図案は新進気鋭の浮世絵師・六代目、歌川国政氏による書き下ろしです。
製作監修は1921年創業の老舗「奥野かるた店」です。 ¥3150.-(税込)
日本橋界隈を散策しながら江戸情緒漂う「めぐり札」を5枚集めてコレド室町インフォメーション「日本橋案内所」に持って行くと1回抽選が出来て楽しいプレゼントがあります。
「日本橋かるた」は日本橋から生まれた「郷土かるた」です。
マップを辿って「めぐり札」を集めましょう。
「めぐり札」は上記の「日本橋かるた」です。
例えば・・・・・そ 祖母と来て 今は孫連れ 三越に
を 近江江戸 天びんかけて 高島屋
こ 石町の 鐘でお江戸の 夜があける
め 明治座へ 甘酒横丁 恋の道
す 双六は 日本橋から 京あがり 等です。
私は抽選で下記の写真 名橋「日本橋」架橋100周年 の日本手ぬぐい を頂きました。
(空くじありかも?)
5枚目のカードはホテルかずさやで頂いたのですが、ホテルかずさやさんの通りが昔「釣鐘通りと言った事をはじめて知りました。
(中央区日本橋本町4-7-15) 03-3241-1045
以前にブログ掲載の為にホテルかずさやさんのシャッターの浮世絵を探して歩いていた時に一度上げたシャッターを私が写真を撮る為に下ろして下さった事を思い出しました。
有難うございました。
抽選会場 : コレド室町 地下1階 「日本橋案内書」
期間 :1月17日(火)~19日(日)
問合せ : 03-6225-2690
めぐり札の為の地図はコレド室町 日本橋高島屋 三越本店 ホテルかずさや等に置いています。
[ゆりかもめ]
2012年1月12日 08:30
東海東京証券ではプレミア美術展として東京営業部1階ギャラリースペースで「金澤翔子書品展」が開催されています。 日本橋高島屋より銀座方面に徒歩2分です。
2012年1月7日(土)~22日(日) 平日 午後9時~午後6時
土日祝 午後11時~午後4時
26歳の金澤翔子さんの力強い筆使いと躍動感のある字に元気を頂きました。
潜龍(せんりゅう) 見龍(けんりゅう) 乾龍(かんりゅう) 踊龍(やくりゅう)
飛龍(ひりゅう) 亢龍(こうりゅう)
額の中の字の意味の説明パンフレットもあり、人生を振り返りながら意味をかみしめるのも楽しいひとときでした。
花意竹情(かいちくじょう)
今回は東海東京証券が作品展の為に素晴らしい場所を提供して下さり草月流の先生が会場をディスプレイして下さいました。
それに合わせて翔子さんが「花意竹情」とお書きになりました。
重厳雲雷(じゅうげんうんらい)
翔子さんが25歳の時の作品です。
数ある寒山詩の四文字を取ったようです。
横書きですが右から書いています。
会場の奥に置かれたスクリーンにはDVDに収めている金澤翔子さんの字が数多く映し出され
NHK大河ドラマの「平清盛」の字もスクリーンに映されていました。
主催 : 東海東京証券株式会社
後援 : 中央区観光協会
[ゆりかもめ]
2012年1月 6日 08:30
放鷹術とは飼い慣らした鷹を放って野生の鳥獣を捕まえる猟法を鷹狩または放鷹術と云います。
4000年程前に中央アジアで始まり中国、朝鮮半島を経て4世紀頃日本に伝えられました。
勇壮な野外スポーツは貴人に好まれました。
仁徳天皇、一条天皇などの諸天皇や徳川家康、大伴家持・・・等です。
貴人達の為に鷹を調教するのが鷹匠です。
江戸幕府や明治政府は多くの鷹匠を抱えていましたが昭和の大戦後はボランティアの方々により鷹狩りの技術が受け継がれています。
毎年 1月2,3日に浜離宮庭園で諏訪流放鷹術の実演が行われます。
鷹匠の後方の高いビルが電通ビルです。 皮手袋に止まっているのが隼(ハヤブサ)です。この皮手袋は鷹の鋭い爪から拳を守るために必要なのです。甲側には徳川家の三つ葉葵のご紋が描かれていました。ハヤブサは 鷹の中では特に視力が優れています。
このハヤブサを電通ビルの屋上から放して地上から放す鳩を捕まえさせる技の実演です。
屋上からハヤブサが放たれました。
地上では鷹匠が細紐をつけた鳩を振り回します。これを「振り鳩」といいます。
ハヤブサは天空を ぐるぐる回って探しています。下の写真で鷹匠の視線の方向には 近づいて来るハヤブサが写っています。
ハヤブサは なんと言っても速いです。ハヤブサも失敗は許されません。写真を撮る私も絶対に失敗できません。一発勝負だから必死です。 振り鳩を見つけたハヤブサは上空から真っ逆さまに急降下して来ました。
近づいてきた所で鷹匠は 絶妙なタイミングで紐を放し鳩を飛ばしました。 あっという間も無く ハヤブサは空中で 鳩を捕まえ 地上に降り立ちました。 すぐ 食べようとと 羽をむしり始めました。 この時鷹匠は素早く近づいて予め用意していた別の赤身の鳥肉を 鳩とすり替えました。
折角捕まえた獲物を ただ取上げてしまっては ハヤブサも働かなくなってしまうからです。
鷹匠の拳の上にとまって赤身の鳥肉をたっぷり食べたハヤブサは満足した様子です。
気を鎮め 無闇に驚かないように ハヤブサの頭に ピッタリの形状に作られた目隠しマスクを 被せられて何も見えなくなったハヤブサは 暫く 頭を傾け左右に ぐるっ ぐるっと 回していました。 周囲の様子を伺おうと 耳をそばだたせているようで 可愛い仕草でした。
何も見えないことが余計な刺激がなく落ち着くことなのでしょう。
このマスクには金ぴかの冠まで付いていました。ハヤブサを大事にしている事が良く分かります。
ハヤブサの他に鷹狩りの仲間には オオタカがいます。幼鳥は胸の模様が縦縞ですが1年以上の成鳥は鮮やかな白黒の横縞模様にかわります。
その他に外国から輸入されたハリスホーク という精悍な鷹がいます。これも同じように「振り替え」(鷹匠間を行き来する技)や 「渡り」(樹上にいる鷹を拳に呼び寄せる技)が 仕込まれています。