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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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第17回中央区雪まつり

[ukiuki] 2013年1月31日 15:00

築地7丁目のあかつき公園で、中央区雪まつりが2月9、10日の両日開催されます。


2年に一度開かれるこのおまつり、幼児や小学校低学年の児童を中心に、大人気です。


あかつき公園の半分ほどが友好都市、山形県東根市から運ばれてきた雪で覆われて、子供達には充分過ぎるほどのゲレンデが突如として出現します。

そりやミニスキーは無料で貸出ししてくれます。スキーの列は長くても、割合早く順番がまわってきます。


また地元の PTAやおやじの会の皆さん等によるいも煮汁もふるまわれます。


子供達のはじける笑顔が見られること間違いなし、是非お出掛けください。

 

 

区内寺社巡礼~第12番『波除稲荷神社』 (最終回)

[下町トム] 2013年1月29日 14:00

中央区内にある個性あふれる寺社を訪ねて界隈を散策し、想い出の一句を献上するシリーズを続けてきましたが、今回でひとまず最終回とします。

 

波除神社標柱.jpg四国巡礼などでは、祈りの旅の出発を〝発願〟(ほつがん)といい、無事めぐり終えることを〝結願〟(けちがん)といいます。中央区の巡礼はまだまだ続きますが、このシリーズの一旦の締めくくりとして〝結願〟の場所を、ぼくの地元でもある築地の『波除稲荷神社』に決めました。

 江戸時代初期に市域拡大のために、幕府は今の築地一帯を造成しましたが、その折に激しい波浪に困難を極めたなかで海上に見つかったお稲荷様をお祀りしたところ、風雨が収まったといいます。その由緒から〝波除〟の尊号が奉られました。

 

波除神社の大獅子_R.JPG長く築地一帯の守り神として信仰されてきましたが、後に関東大震災後の復興で魚河岸が移ってきてからは、さらに賑わいの中心となってきました。昨夏の大祭でも、市場の関係者も多く参加して盛り上がりました。築地市場が移転したらこの祭りもまた様変わりするのでしょうか。それとも変わらぬ雰囲気を残すでしょうか。ただ、350年を超えるこの神社の歴史はきっと受け継がれていくことでしょう。

玉子塚_R.JPG『波除稲荷神社』のシンボルといえば、雌雄一対の獅子頭です。かつては、〝龍〟や〝虎〟とともに担がれて昇運を祈る祭りだったようですが、今は〝獅子〟だけが残され、大切に安置されています。ただし、祭礼の時にはこの獅子も神輿に仕立てられて各町内をにぎやかに巡行します。築地の人たちにとっては、誇りであり親しみあふれる存在です。

 

いろんな塚_R.JPG境内には〝玉子塚〟〝海老塚〟などいくつもの〝塚〟、すなわち慰霊碑が建立されています。市場関係者が、生命への感謝をこめて奉納したものです。鮮魚や鮨に関係する仕事をする人が多い土地ならではのモニュメントです。IMG_20130120_125242_R.JPG

 

 

 

築地市場訪れた際にこ神社に参詣される方も多いかと思いますが、せっかくなので隅田川まで足を伸ばしてみて下さい。勝鬨橋から眺める川面の景色も心が和みます。もう少し暖かくなったら、〝隅田川テラス〟で瀧廉太郎の『花』に謳われる「春のうららの隅田川・・・♪」の風景を味わうこともできますよ。


IMG_20130120_125127_R.JPGまた築地市場勝どき門正面にある『天竹』は気取らず美味を味わえる名店です。毎月29日には〝ふぐの日サービス〟として〝ふぐ天丼〟が通常1,680円のところジャスト1,000円になるのでお得です。一度お試し下さい。


波除神社の節分祭.jpgさて、この時季の行事といえば、2月3日の〝節分祭〟です。ここ『波除稲荷神社』でも盛大に催されます。(「節分祭」の写真2葉は神社ホームページから引用)

節分の日の夕刻、まずは「三矢ノ追儺(ついな)」という古式に則った儀式が行われます。3本の矢を放ちますが、それぞれに「病気を健康にかえる」「辛気を福にかえる」「陰気を陽気にかえる」という意味があるそうです。そのあと特設の舞台から裃姿の撒き手がたくさんのお菓子を撒きます。毎回多くの参拝者が福菓子を求めて訪れます。ぼくも今年はこの撒き手に加わる予定です。

夕暮れの波除神社_R.JPG『波除稲荷神社』では「鬼は外」の掛け声は用いず、もっぱら「福は内」と唱えます。参拝者の幸せを祈る気持ちが境内に溢れます。

 

そもそも「節分」とは〝季節の変わり目〟という意味で、当然ながら本来は年に4回あるわけですが、いつの頃からか「立春」の前の日だけを指すようになったそうです。かなり昔は「立春」を一年の始まりとしていたことから、「節分」は古い年から新しい年への切り替えという意味を持つ大切な日だったのです。

「追儺(ついな)」という行事はかつて京の都を荒らした悪鬼を払うために大晦日に行った宮中行事です。やがて〝鬼やらい〟が〝豆撒き〟という風習になって、全国にひろがっていきました。「節分」が一年の節目の意味を持っていたことから、「大晦日」ではなくてこの日に行われるようになったのではないかと推察します。

 

鬼やらい.jpgぼくの子どもの頃に既に年配だった叔母が「節分」のことを「年越し」と呼んでいました。どうやらそう呼ぶ地域は全国にあるようです。つまり「節分」が大晦日と同じような位置づけだったことが分かります。また、最近コンビ二などでやたら宣伝している「恵方巻き」という風習はもともと大阪を中心とした地域のもので、いつの間にか関東にも広がりました。1990年ごろにセブンイレブンが仕掛けたと言われています。まだ最近のことですね。

大阪では太巻きをその年の恵方に向かって丸かぶりすることで運を招くとして古くから行われていました。このとき口を利いてはいけないというのがしきたりです。しかし、この大阪での風習もそう古いものではなく、もともと船場の旦那衆がお茶屋遊びで行っていたことを大正時代に一軒のすし屋の店主がニーズ開拓のためにキャンペーンを行ってから一気に広がったというのが通説です。つまり、「土用の鰻」や「バレンタインデー」とよく似た発祥なのです。

 

波除神社節分2.jpgそれはそれとして、「節分」の日に〝豆撒き〟をして福を願う気持ちは今も変わりません。大抵の家庭では、お父さんが鬼の役を務めるのではないでしょうか。子どもたちにさんざん豆をぶつけられて逃げ惑うのも大切な役割ですね。子どもたちが寝入ってから、お母さんにねぎらいのお酒でもついでもらうのでしょうか。築地の町でも節分の夜にはあちらこちらで互いにねぎらいあう様子が見られます。

 

「立春」と聞けばまだ寒くても気持ちは春にたなびきます。皆様にとっても明るく幸せな春が訪れますようにお祈りします。

 このシリーズはこれでおしまいにします。お付き合いありがとうございました。

 

・・・ 星冴えて鬼をねぎらう茶碗酒 bottle

 

 

 

2012 東京マラソンを振り返って

[りょうきち] 2013年1月25日 09:00

冬になってくると東京マラソンが待ち遠しい、私も、そんなランナーの一人です。

抽選に落ちて今年は走れませんが、昨年は、幸運にも東京マラソン2012に出場しました。

遅ればせながら、中央区区間を中心に報告させていただきます。

前年8月に申込み、10月に抽選結果の発表があります。最近の抽選の倍率はかなり厳しくなっているようです。出走が確定してから時間があったので、隅田川テラスを中心にしてあちこちで練習しました。また、コースの試走を何回かに分けてしました。直前の数か月は他のレースにも出場し、距離に負けない走力を養ってレースに臨みました。

そして、当日。幸運にも天候がよくにも走りやすい環境でレースに臨めました。体調も問題なし。朝、9:10、新宿、都庁前をスタート。レース自体は自己ベストタイムと同じ調子で進みました。

21kmで有楽町のガードをくぐると中央区に入っていきます。銀座4丁目の交差点に向かい、中央通りを日本橋に向かう辺りは一番盛り上がっているエリア。他のマラソンでは味わえない雰囲気。茅場町から人形町方面に向かっていっても声援は絶えません。浜町は自宅近くなので、家族の応援付き。浅草橋に向かい、一度台東区へ。浅草からまた戻ってくると、30kmをすぎ、だんだんつらくなってきます。再度、家族の声援。沿道の人の声にもうひと頑張り。銀座4丁目の交差点を東銀座方面に行き、築地、佃大橋、朝潮大橋と抜け、江東区へ。この辺りは36km。

それからは最後のがんばりとなります。足が限界に近く無理できなくなったのですが、なんとか東京ビックサイトまで持ちこたえ、3時間7分台でゴール。うれしい久しぶりの自己新記録。楽しい42.195kmでした。そしていつかは2時間台を出したいものです。


中央区区間は中盤から終盤への大事な区間であり、楽しい区間でもあります。景色の楽しさや沿道の応援がかなり選手を助けてくれました。特に銀座を走っているときは感動的でした。東京マラソンに、また出場したい、そして中央区をもっと走りたいと改めて思います。


今年は一生懸命、応援します。ただ走れないのは寂しいですね。

 

 

中央区の名所、名店を訪ね、東京マラソンコースを楽しく歩きませんか

[銀造] 2013年1月23日 08:30

今年も、東京マラソンコースを楽しく歩くイベントがあるのでお知らせします。 

この催しは、「走りたいけど走れない」、「歩きたいけど、とても一日では・・・」という方々のために、コースを5分割して、1月26日から2月23日の毎土曜日に行われます。 1月26日の初日は東京都庁から飯田橋駅のコースです。 

中央区は2月16日と2月23日に名所旧跡、名店などを訪ねながら、楽しく案内してくれます。 (かく言う、銀造もガイドとしてご案内しますhappy01) 

 

実施日及びコース
① 1月26日(土)

集合場所・時間:東京都庁南展望台  12:50、出発13:00

コ ― ス:東京都庁、新宿大ガード下、花園神社、正受院、市谷八幡宮、飯田橋 駅前

② 2月2日(土)
集合場所・時間:JR飯田橋駅西口 改札 12:50、出発13:00

コース:飯田橋駅前、東京大神宮、昭和館、皇居御苑ほか、日比谷公園 

③ 2月9日(土)
集合場所・時間:日比谷公園花壇前  12:50、出発13:00

コ ― ス:日比谷公園、増上寺、泉岳寺、その他名所旧跡、品川駅前


2月16日(土)
集合場所・時間:銀座4丁目三越ライオン像前  12:50、出発13:00

コース:銀座 の碑、京橋の名所旧跡、日本橋の名店を訪ねて、コレド日本橋、水天宮、甘酒横丁、 浅草橋 ―浅草


2月23日(土)・・・午前の部・・・ moon3 月島で昼食(各自お好きな店で、個人負担)
集合場所・時間:銀座4丁目三越ライオン像前  10:20、出発10:30
コ ー ス:銀座、築地、佃、月島 restaurant  (昼食 )


2月23日(土) ・・・昼の部
集合場所・時間:大江戸線  「月島」3番出口  12:50、出発13:00
コ ー ス:月島、豊洲、東京ビッグサイト =Goal in run ! 

 

参加は無料ですが、事前にお申し込みが必要です。 

TCGC東京シテイガイドクラブ事務局 電話: 03-6912-1518

 

 

 

聖路加画廊~山中翔之郎 作品展~

[杏葉牡丹] 2013年1月22日 14:00

寒さが一段と厳しい、今年の冬。
風邪を引いて病院に行ったという方も多いのではないでしょうか。
最近ではアートセラピーという考えもあってか、患者さんや来院の方が、少しでも心が和むようにと、絵画を飾っている病院が多いようです。
けれども、聖路加国際病院のように、「画廊」そのものが、しかも2つもあるのも珍しいのではないでしょうか?


画廊案内によれば、「アートを交えて、患者と家族や医療スタッフとの心のコミュニケーションが生まれる場所」であり、「患者が癒され心落ち着く空間の提供と、精神面から身体の向上につながるアートセラピーを目的としている」となっています。


第1画廊は本館1階のレストラン入口、第2画廊は2階の本館と旧館の渡り廊下にありますが、共に日野原先生の揮毫されたプレートが掲げられ、絵画に限らず、書や造形作品、工芸品など、心和む素敵な作品が展示されています。

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そうした中で、第1画廊では、2月4日(月)~9日(土)まで、恒例になった、山中翔之郎さんの作品展が開かれる予定です。

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地元の八丁堀出身の画家、山中翔之郎さんは、パステルで猫や犬などの小動物を繊細なタッチで優しく描く方です。
絵画の専門教育を特に受けたわけではなく、たまたまリハビリの為に自宅の猫などを描いていたところ、こちらが本業となり、40才過ぎてから画家になったのだそうです。


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元NHKアナウンサーで癌で亡くなった絵門ゆう子さんが、生命の大切さと兄弟の愛情をえがいた絵本「うさぎのユック」の挿絵も担当していらっしゃいます。


ほのぼのとして明るく、小動物の愛くるしさを繊細で緻密に描いた山中さんの作品に癒されて、ファンになった人も多く、今回もきっと、たくさんの人達の心を和ませてくれることと思います。



山中翔之郎 作品展

聖路加第1画廊(聖路加国際病院1階)
2月4日(月)~9日(土)
9時~17時(最終日は16時)

 

 

区内寺社巡礼~第10番『鐵砲洲稲荷神社』

[下町トム] 2013年1月10日 09:00

シリーズ10回目の参詣先は『鐵砲洲稲荷神社』です。今回も、散策と吟行を気取って訪ねることにします。

鉄砲洲稲荷 (2).JPGこの神社は東銀座、新富町、湊町、入船、明石町一帯を氏子地域とする由緒正しきお社です。ご縁起によると、千年以上も昔から産土神として信仰されてきたという歴史を持ち、何回かの遷座を経て、明治元(1868)年に現在地に鎮座されたそうです。(以前に取材した記事を参考にご覧下さい)

祭の朝・・・鐡砲洲稲荷の祭礼

 

 

広重「鉄砲頭稲荷」.jpg江戸時代には『湊神社』とか『浪ヨケ稲荷』とか呼ばれたこともあったようで、手もとの古地図には『浪ヨケイナリ』と記されています。昨年5月に大震災で1年延期された大祭が4年ぶりに挙行され、大いに盛り上がりました。当社の神輿は氏子町域内にある〔歌舞伎座〕の前で担がれることでも知られています。

境内には〔鐵砲洲富士〕という、いわゆる〝富士塚〟があります。江戸時代の社地ではもっと大きかったそうで、当時の江戸名所の一つとして数えられました。〝富士塚〟は江戸時代に富士山信仰すなわち浅間神社信仰が盛んだった頃に、手軽に参詣できるように各地に建造された〝ミニ富士〟です。区内ではここが唯一のものとして残っています。

 

 

鉄砲洲稲荷 (1)_R.JPG貫禄ある鳥居の脇には〝由緒書き〟が掲げられており、この神社のプロフィールを学ぶことができます。本殿の両脇には〝す組〟と記された天水鉢が存在感を示しています。〝す組〟は江戸町火消し四十八組の一つでこの地域を受け持った組の名です。今でも祭礼のときには、この伝統を汲む方々が〝木遣〟を放吟して祝うのが慣例となっています。

 

鉄砲洲稲荷_R.JPGさて、この時季の鐵砲洲稲荷神社』といえば、まず思い起こすのが「寒禊」です。現代では一般に「寒中水泳大会」とも呼ばれますが、そもそも寒中に無病息災を祈願して身を清めるという神事です。今日でも、下帯一つの男衆が大勢集まり、意気高らかに氷柱を入れた冷たい水につかって鬨の声をあげるという名物行事です。(写真は神社ホームページから引用)

 

今年は、この週末13日(日)に行われます。なかなか珍しい〝裸祭り〟ですので、是非一度見学に訪れてみてはいかがでしょうか。

 

寒中禊.jpgこのような伝統行事も、地元の氏子や町の若い男衆の努力で脈々と受け継がれています。単に行事を承継するというだけではなく、意気と誇りと責任感が集約された文化であると思います。平成の時代になってもしっかりとこの神事が残されていることに感謝する気持ちです。

中央区にはほかにもいっぱい伝統行事があります。この町が文化と文明の町であることを改めて実感しました。

 

・・・ 町衆の肌に湯たぎる寒禊