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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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「桜、さいた」コーナー〔京都館〕

[ジミニー☆クリケット] 2014年3月28日 09:00

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京都市のアンテナショップである「京都館」(中央区八重洲2-1-1ヤンマー東京ビル1F)では、現在、「桜、さいた」コーナーで、いかにも春らしいこの季節限定の商品が販売されています

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まずは、「京都夷川 豆政春限定京のさくらだんご』」

明治17年創業、「五色豆」で有名な「豆政」さんの春限定商品です。桜の葉をだんご生地に刻み入れ、杵つきで仕上げたとのことで、甘すぎず、食べると、ふわっと桜の香りがします

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次に、「京洋菓子司 ジュヴァンセル桜生チョコレート』」

名前の由来はフランス語で、「乙女」という意味だそうです。こちらは桜の葉の塩漬けを入れた、見た目も桜色の生チョコです。生チョコならではのなめらかな口どけと桜の香りが楽しめます

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春限定商品は、まだまだ他にもあるのですが、私が購入して実食したものは以上です。春の京都もすばらしいですが、八重洲口前の京都館でも、春の京都の味覚が味わえますよ

 

 

*なお、館内の写真撮影については、京都館さんのご了解をいただきました。ありがとうございましたm(_ _)m

京都館のHPはこちら ⇒ http://kyotokan.jp/

 

 

甲州街道、 新宿から日本橋へ

[銀造] 2014年3月21日 14:00

  だれもが、日本橋を目指して地方からやってきました。

江戸時代の参勤交代で、甲州街道を利用したのは、信濃の高島、高遠、飯田の三藩のみでした。

徳川家康の信任が厚かった高遠藩の二代目当主、内藤清成(Naito Kiyonari)が徳川家の重臣で、

天正18年に家康が江戸に入る際、清成と青山忠成らが前もって江戸周辺の土地を調べ、家康を迎えたといわれています。

その功績と、江戸城西方の交通要所を守る目的で、

現在の新宿御苑の土地が「四谷屋敷」として清成に与えられました。(新宿文化絵図参照)

ということで、今日は新宿3丁目から四谷、麹町、半蔵門を経由して皇居のお濠端を通って、日本橋を目指すこととしました。

勿論、目的は健康ウオーキングだけでなく、日本橋の某食事処です。

新宿三丁目では、歌川広重の名所江戸百景の、「四ツ谷内藤新宿」の絵を見て、当時の町並みを想像しました。

あぁ、やっとコレド日本橋が見えてきました。 ここを左折すれば、直ぐに日本橋です。

さて、「お疲れ様」の一杯は、どこにしましょうか?

3月20日に新しく開店したコレド室町2、3の飲食店に寄って見るかな。

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追伸:3月初めに、日本橋から新宿3丁目まで歩いた時は、2時間ちょうどでした。

 新宿は標高約20m程度の高さがあるので、今回はぶらぶらゆっくり歩いても、2時間足らずでした。

 

 

隅田川周遊舟運ツアー

[サム] 2014年3月19日 09:00

         <朝潮運河船着場&SSⅢ>         <SSⅢデッキから清洲橋&東京スカイツリー>   

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 3月15日(土)、中央区 水とみどりの課河川係主催の「隅田川周遊舟運ツアー」に参加しました。

"区内親水公園や隅田川の景色を船上から体験しよう" との企画で、朝潮運河船着場(晴海3‐1先)を起点に東京スカイツリーの周辺まで約2時間をかけての隅田川の周遊。

9:15に東京湾クルージング:エスエス3世号(定員60名)に乗船(第一便)し、朝潮運河船着場を出発。

コースは朝潮小橋~(仮称)朝潮運河橋梁~勝鬨橋~佃大橋~中央大橋~永代橋~隅田川大橋~清洲橋~新大橋~首都高速6・7号線~両国橋~JR総武線~蔵前橋~厩橋~駒形橋~吾妻橋~言問橋(折り返し)~相生橋~朝潮大橋~朝潮橋~晴月橋~トリトンブリッジ/黎明橋。

舟運の衰退や治水、高度成長期の機能優先の整備等々により、街と水辺が分断された時期もありましたが、近年水辺の持つ自然環境や親水空間としての機能が改めて見直され、テラス整備による快適な水辺空間の再生が手掛けられてきました。

現在その水辺テラスには、テラス花壇・ドッグラン・テラスギャラリー・防災船着場等が附設され、幕府の米蔵があった蔵前一帯には "なまこ壁風防潮堤" が、隅田公園の絶景のビューポイントには改正された "河川敷地占用許可準則" を適用した洒落たオープンカフェも散見されます。

周辺地域に点在する史跡に思いを巡らすと、いまだ漂う下町情緒の面影が脳裏に浮かぶ一方、新旧が交錯し刻々と変貌を遂げるいきいきとした街の様子にしばし目を奪われます。

また船上からならではの、女性的と形容される優美な形状の吊橋「清洲橋」の丁度真中の背後に東京スカイツリーが収まる佳景や、橋桁の低い朝潮橋・晴月橋通過の際、2階デッキ上の乗船客は 『頭を屈めて下さい』 と注意喚起されるスリリングな場面も体験しました。

残念ながらソメイヨシノの開花時期とは重なりませんでしたが、多様な型式・色の橋梁や、沿川風景の変化を、普段とは違った目線から楽しむことができ、充実した週末のひとときを過ごせました。

関係者の皆さん、ありがとうございました。

 

       <レインボーブリッジ>    <浜離宮恩賜庭園&東京タワー>  <勝鬨橋&東京スカイツリー>

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   <中央大橋&東京スカイツリー>      <佃リバーシティ21>       <永代橋&東京スカイツリー>

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    <清洲橋&東京スカイツリー>        <新大橋>        <厩橋&水上バス"道灌">

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     <吾妻橋&水上バス"さくら">       <東京スカイツリー>       <ビルの壁面に映る東京スカイツリー>

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日本橋から日光街道、奥州街道へ

[銀造] 2014年3月15日 14:00

 日本橋で熈代照覧を見て、日光、奥州街道への旅の夢を膨らませ、歩き始めました。

日本橋ユイトの角を右折し直進します。

この角は、日本初の  眼鏡専門店である村田眼鏡店さんの手前です。

両側には大手製薬会社のビルがあります。「くすりミュージアム」まで来ると、

高速道路にぶつかります。高速道路の向こうは、小津和紙さんの店舗ビルが見えます。

本町2丁目か本町3丁目の横断歩道を渡ります。

 そして、小津和紙さんのビルを左手にして、直進します。

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江戸時代から続く、刷毛の専門店、江戸屋さんの向かいは、現在駐車場になっています。

その片隅に、黄銅色の石碑があります。これが、日光街道道標です。

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 そのまままっすぐ行くと、横山町の問屋街で、道なりに進むと浅草橋の交差点に出ます。

ここでは、浅草橋、浅草見附跡へ行くには、地下道を利用します。

  交番のところが、郡代屋敷跡、そして浅草橋、浅草見附跡の説明版があります。

 ただ単に、日光街道を正直に歩くより、

小津和紙さんのギャラリーを訪れたり、そのビルの裏手にある佐竹大日如来の井戸跡や宝田恵比寿神社を参詣したり、

十思公園内の時の鐘、小伝馬町牢屋敷跡(囚獄 石出帯刀)、かつて囚われていた吉田松陰の無念の声を聴くのも良いかなと思います。

旅のお供には、古地図か安藤広重の名所江戸百景を携えて歩くのをお勧めします。

名所江戸百景が一冊になった本は、中央区観光協会でもお買い求めできます(数に限り有り、ご確認下さい。電話(03-6228-7907)

それでは、良い旅を! 

 

 

海からの中央区

[kimitaku] 2014年3月12日 18:00

  3月6日の午後、中央区主催「船上ガイド研修会」が開催されました。

  江東区高橋乗船上から船に乗り、江東区の小名木川をでて隅田川を下流に。中央大橋を右に見て相生橋をくぐり、豊洲貯木場へ。

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P1000775-sinonome.jpg 豊洲運河から船は東進し、砂町運河、南進して曙運河から東京湾へ。

 このあたり、多くのオリンピック施設が建設されます。

その後、西進北上して東雲運河から晴海埠頭へ行きました。

 左手にレインボウブリッジが美しいです。このあたり波も高く大きく揺れ、船の醍醐味を。

 晴海客船ターミナルの左手がオリンピック選手村になるとのこと。

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 船は朝潮運河を右に見て隅田川へ、月島埠頭の冷蔵施設が圧巻です。

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 新橋方面に抜ける環状2号線(俗称マッカーサー道路:近年開通予定)橋梁工事現場、そして築地市場から勝鬨橋へ。

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聖路加(せいるか)病院から右手に佃島。
海からの佃の家並はとても素敵です。 海からの景観が大切に造られて居ます。

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 中央大橋をくぐると、後方に石川島マンション群が逆光に美しいです。

そして、日本橋川から豊海橋。繋留中のて釣り船がアクセントに。湊橋では帆かけ舟のエンブレムを発見。

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無粋な首都高を屋根にさらに船は西進。
日本橋双十郎河岸に着岸。

これから、中央区は海への門戸を拡大するそうです。

 

 

日本橋から中山道へ 忘れない3.11

[銀造] 2014年3月11日 09:00

 

 今日は、日本橋から中山道をご案内します。

まずは、日本橋三越の地下通路にて、熈代照覧を見て、江戸時代の町並みを勉強しましょう。

P1000508.JPG(三越前駅「熈代照覧」より)

千疋屋総本店、海老屋美術店、十軒店跡を見ながら、室町三丁目の交差点を渡ります。

おっと、右側のJR新日本橋駅入り口前の長崎屋跡の説明も見ていきましょう。

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そして石町時の鐘 鐘楼堂跡などの案内板を見て、次の信号で左側の元の道を神田方面に進みます。

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左側の道路脇(現、ホンマゴルフ前)には、今川橋跡の案内の石碑があります。 

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当時は、こういう街並みだったのだなと思いながら進みます。しばらく行くと、JR神田駅前に出ます。

このあたりが、筋違御門があったのだとか、昌平橋は嘉永年間にもあったのだとかを名所江戸百景の説明の古地図で確認しましょう。

 ここから先は、現代版の地図で簡単に板橋宿まで到達できます。

板橋宿跡では、いたばし観光ボランティアの方々が温かく出迎えてくれます。

住所:板橋区板橋三丁目14番15号、電話03-3963-5078

 

 2011年3月11日、暗い夜道を日本橋からこの板橋宿を目指して歩いたことを思い出します。

皆さんも勤務先からご自宅までは徒歩で帰れる様、道順は覚えておきませんか?

 改めて、被災地の一日も早い復興と被災された方々のご健康をお祈りします。

加筆して、私の福島県の友人、妻の高校の同級生とご家族が、東北魂でゆったりと前進されることを願っています。疲れた時は、東京さ、お出で。