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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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佃1丁目と佃島住吉神社をお散歩

[しばしばしばた] 2018年9月 1日 18:00

こんにちは

きょうは、先日佃1丁目をお散歩したときに撮影した写真を少し紹介したいと思います。

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月島駅から少し歩いたところにある佃1丁目エリアは、江戸時代に大阪の西成郡佃村というところから漁師さんたちが移住して住み始めたのがはじまりで、今なお昔からの漁師町のスケール、風情が残っている地域です。

舟溜まりに架かる佃小橋からは、佃1丁目の雰囲気と、佃2丁目の大川端リバーシティとの対比が独特な風景をつくっています。

 

さて、佃小橋を渡り、佃煮屋さんなども並ぶ街の中を探検していくと...

「佃島住吉神社」にたどり着きます。

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創建は1646年で、佃島に人が住み始めた頃から鎮座されています。それもそのはず、この神社も、もともと大阪の佃村にあった神社から神様を分祀したのがはじまりです。

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この佃島住吉神社の最大のみどころは「陶製扁額」です。

扁額(へんがく)というのは、鳥居や屋根の上についている、名称や屋号を表した板のことをいいます。扁額は一般的には木製や石造のものが多いですが、

この佃島住吉神社の鳥居の扁額は、陶器でできています。近くで見ると、美しい質感が見事です。

明治時代の1882年、有栖川宮幟仁親王の揮毫による製作で、その貴重さから中央区民有形文化財となっています。

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さらに、佃島住吉神社では水盤舎(お参り前に手や口を洗うところ)も明治時代につくられたものということで、中央区民有形文化財に指定されています。

欄間にある木の彫刻が見事で、舟と波が表現されているあたり、漁業や水運と縁の深い土地であることがよくわかります。

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最後にこの写真、よくご覧になってみるとおわかりになるでしょうか。

佃島住吉神社の正面の鳥居は2つあり、神社の入口になっているほう(石造で陶製扁額がついている)とは別に、写真奥に赤い鳥居もありますが、こちらの赤い鳥居は、隅田川に面して建っています。

まさに隅田川から舟でアクセスしてお参りする神社だったのだなあ、と感じました。

 

今回お散歩していて思ったのは、佃1丁目は高い建物が少なくて空が広く、川が近いという立地もあり、青空がよく似合うエリアです。

残暑がまだまだ厳しそうですが、晴れた日には佃島さんぼはいかがでしょうか!

 

 

銀座は工事中の装いもお洒落!?

[しばしばしばた] 2018年7月25日 12:00

銀座3丁目銀座通りマロニエ通りが交わるところにある
「シャネル 銀座」さんでは、2018年秋のリニューアルオープンに向けて
現在改修工事が進められていますが、
その装いが素敵なので、紹介させていただきたいと思います!
 
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今月撮影した「シャネル銀座」の様子です。
銀座通りに面した部分は建物全体が覆われていますが、
覆いの部分にはシャネルの本拠地・パリのランドマーク、
「エッフェル塔」の絵が描かれています。
 
そして、建物の低層階に目を向けてみると・・・
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高いところからの部材等の落下を防止するために、銀座通りの歩道上に庇が設けられているのですが、
この庇を支える柱の部分が、銀座通りのガス灯を彷彿とさせるデザインになっています。
それから、建物1階部分の囲いも、単調な白い壁にならないよう、素敵な絵が描かれていますね。
 
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歩道の上に立ってみると、このような見え方になります。
明治時代の銀座の姿に想いを馳せたくなりますね。
これ、「シャネル銀座」さんがリニューアル工事をしている間だけしか見られない
ある意味、期間限定の風景ですので、見に行くなら今です!

 

 

東京オリンピックの選手村予定地を訪ねてみよう

[しばしばしばた] 2018年6月23日 18:00

こんにちは! 今日は、晴海5丁目にある、2020年東京オリンピック・パラリンピック選手村予定地を探検してみたいと思います。

2020年に予定されている東京オリンピック・パラリンピックで中央区に大きく関わることとしては、マラソンのコースが中央区内を縦断するほか、晴海地区に選手村が整備されることが挙げられます。
その選手村、いまはどのような様子になっているのでしょうか。
 
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トリトンスクエアのある晴海三丁目交差点から、並木道が素敵な晴海通り
中央清掃工場の煙突の方向へ進んでいくと・・・

 
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たくさんのクレーンが立ち並ぶ、広大な工事現場が見えてきます。
ここが、選手村の予定地になります。
 
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「選手村建設地」の看板も掲げられています。市街地再開発事業で整備する建物はオリンピック・パラリンピック期間中に選手村として利用され、大会後は一般の住宅になる予定です。
 
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工事が急ピッチで進められており、建設中の今しか見られない光景が広がっています。
 
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実はこの選手村予定地、1996年までは「東京国際見本市会場」があった場所です。
1959年の開場後、江東区に「東京ビッグサイト」が完成するまでの間の40年近くの間、東京モーターショーをはじめとする数々の国際的な展示会・イベントが開催されました。このことを示す記念碑が、中央清掃工場付近に置かれています。
 
そして更に遡ると、この場所は1940年に開かれる予定だった
「東京万博」の会場でもありました。1940年は「紀元2600年」を記念する年で、万博のほか東京オリンピックも予定されましたが、どちらも、戦争の影響で中止になり、幻の存在となってしまいました。
 
そんな、国際的なイベントとゆかりのある土地だったのですね~。
未来の選手村の姿を想像するだけでなく、過去の歴史にも思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
 
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ちなみに、晴海五丁目の先っぽにある「晴海客船ターミナル」臨港広場からは、海越しに東京タワーやレインボーブリッジを望むことができ、こちらもオススメスポットです

 

 

日本橋室町・本町で路地探検

[しばしばしばた] 2018年5月31日 12:00

こんにちは! きょうは、日本橋室町に残る路地をご紹介したいと思います。

 

日本橋室町というと、「中央通り」のイメージが強いかと思います。
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江戸時代からの江戸・東京を代表するメインストリートで、
日本橋三越本店三井本館(いずれも国指定重要文化財)、さまざまな老舗、
最近では地方のアンテナショップの数々も見どころです。

 

この「中央通り」から東側に入っていくと、
日本橋室町一丁目から日本橋本町一丁目にかけて、昔からの路地が多く残っています。

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(この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の基盤地図情報を使用した。(承認番号 平30情使、 第225号))

上の地図で赤く着色した道が、路地になります。

中央区の多くの地域では関東大震災後の復興事業によって広幅員の街路や区画が整備され、それが現在の街のベースとなっていますが、

その街区の中が小さな家屋で構成される場合、敷地の中に細い路地(私道)が引き込まれそれぞれへのアクセス路となっていたようです。

江戸の町人地の都市構造は、表通りに面したお店の間から路地に入って裏長屋につながるという形だったようですが、

ある意味、同じ構造が震災復興の近代化の中でも引き継がれているのではないでしょうか。

そしてその後、戦災、高度経済成長、近年の都市再生など様々な状況の変化を受けつつも、今も姿をとどめているのです。

 

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室町の路地のうちの1つです。中央通りとはうってかわって、生活感のある街並みになっています。

 

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表通り沿いがビルに建て替わっているところでは、暗がりの中でまるで探検しているかのような気分です。

 

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軒先に植物が置かれているところも多く、目を楽しませてくれます。

 

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少しマニアックな視点ですが...

日本橋周辺の路地の特徴として、「排水溝が道の真ん中にある」ことが挙げられます。

一般的な道路では、車両の通行を考慮して、道の両脇に排水溝が設けられますが、

ここでは道の真ん中がくぼみになり、水が集まるようになっています。

江戸では、当時から雨水や生活排水を流す下水道システムが整っていたといわれていて、

長屋の間の路地ではその水路が道の真ん中に流れていたそうです。

もしかしたら、日本橋の路地の排水溝は江戸時代の下水道の名残とも言えるかもしれません。

 

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多くの路地沿いでは、飲食店を中心にさまざまな店舗が営業されています。
隠れた名店を探す楽しみがありますね。

 
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中には写真の「金子半之助」さんのように、いつも行列が絶えないお店もあります。

 

今回記事を書くにあたり、室町1丁目~本町1丁目の路地を一通り歩きましたが、

路地それぞれが違った雰囲気を持っているのも魅力で、

日本橋をより一層深く楽しむことができました

 

参考資料:

・小林一郎(2014)「横丁と路地を歩く」

「江戸の下水道」(小平市ホームページ)

 

 

川の上からめぐる中央区(日本橋川・神田川・隅田川)

[しばしばしばた] 2018年5月 2日 18:00

こんにちは。この4月から中央区観光特派員を務めさせていただくこととなった、しばたと申します。
今日は、「川の上からめぐる中央区」を紹介したいと思います!

今回、日本橋小伝馬町のアイアイエーギャラリーさんで4月21日に開催された「都会の自然と文化を満喫しながら小原孝博先生と行く、神田川クルーズ撮影会&講評会2018」という撮影会の中で、日本橋川・神田川・隅田川をめぐるクルーズに乗せていただきました。
当日私が撮った写真の中から、中央区(境界上も含む)の風景を紹介したいと思います。

ルートは、下の地図のようなものです。(雑な地図ですみません・・・)
日本橋川を上り、神田川隅田川を下り、再び日本橋川を上る、反時計回りのルートです。
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今回のスタート/ゴールは、名橋・日本橋のたもと、野村證券本社わきにある「日本橋発着場」です。

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今回乗らせていただいたのは、こちらのお座敷付きの船「下町探検クルーズがれおん」さんです。
屋根に金魚が描かれていますが、中には本物の金魚さんもいました。

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さっそく、上流に向けて出発します。
見上げるアングルで日本橋を撮ることができるのも、日本橋の下をくぐることができるのも、船ならではの特権ですね。

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ちなみに...この黒くなっている部分は、関東大震災に伴う火災の爪痕だそうです。
現在の日本橋は明治時代に架け替えられてから100年以上に亘って活躍しているものですが、その歴史の長さを物語っています。

さて、日本橋を抜け、西河岸橋、常盤橋をくぐると、何やら工事中の橋が見えてきます。

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これは「常磐橋」で、1877年に架け直された、東京でも最も古い石橋なのですが、
2011年の東日本大震災で損傷を受けてしまったため、現在復旧工事を行っています。

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橋に使われていた石は、1つ1つに番号を降ったうえで日本橋川沿いの別の場所に保管されています。今後、元通りに組み直されるそうです。

常磐橋のあとは、新常盤橋とJR各線をくぐったのち、日本橋川が中央区を流れる区間は終わりになります。

この後、舟は日本橋川を上り、神田川との分岐点まで到達、それから神田川を下っていきます。
神田川が中央区と接している区間は、「左衛門橋」から下流、隅田川に合流するまでの約500mの区間だけなのですが・・・
この区間がとても素敵な風情です

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真ん中に写っているのは浅草橋で、左側が台東区、写真の右側が中央区になりますが、この辺りは川の両岸に屋形船の船宿が集積していて、屋形船が並ぶ風景を見ることができます。

屋形船を眺めながら柳橋をくぐると、次は隅田川に出ていきます。

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広い隅田川に出ると、一気に視界が開けます。
途中では、「清洲橋」(国指定重要文化財)の真ん中から東京スカイツリーが出てくる風景も見ることができます。
ところで、清洲橋の手前に写っている波の大きさが伝わるでしょうか。
日本橋川や神田川と比べて隅田川は波が大きく、小さな船で臨むとなかなかのスリルがあります
江戸時代に流行った隅田川の舟遊びも、結構大変だったのかもと思いながら隅田川を下っていきます。

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こちらは「永代橋」(国指定重要文化財)と、佃の「大川端リバーシティ21」です。近代の橋梁と、現代の街並みの競演は中々圧巻です。

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永代橋を目の前にして舟は右へ曲がり、再び日本橋川に入っていきます。日本橋川に入って最初にお出迎えしてくれるのは「豊海橋」(区民有形文化財)で、ハシゴを倒したような形の、貴重な「フィーレンデール形式」の橋梁です。

日本橋川を遡っていくと、首都高速道路が再び頭上に合流し、日本橋エリアの中心部に近づいていきます。

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こちらは有名な「東京証券取引所本館」です。日本橋川から上がってくる運気を取り入れ、末広がりの建物の形でそれを広げようという設計思想があるとも言われているそうですが、川の上から見るとそれをよく実感することができます。

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こちらは、かつて澁澤榮一さんの邸宅があった場所に建てられた「日証館」(1928年建設)です。川の上から見ると、階段室の部分の窓が階段状になっていたりして、道路側から見るのとはまた違った意匠を楽しむことができます。

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(参考:道路側から見た日証館)

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そんなこんなで、1時間ほどのクルーズを終えて日本橋に帰ってきました。

当日は4月ながら気温が25度を超える夏日でしたが、川の上は涼しくて、とても快適でした。
江戸時代に隅田川の舟遊びが夏の風物詩であったのも納得です。

中央区内では様々な事業者さんが、様々なルートでクルーズを運行しています。
日本橋川だけでなく、今回ご紹介できなかった隅田川下流の佃・月島・勝どき方面をめぐるような船もあるようです。
これからの季節、涼みながら中央区の風景を違った視点で楽しんでみるのもお薦めです!