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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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第10回銀座柳まつり

[メニイブックス] 2016年5月 6日 12:00

5月5日午後から「第10回銀座柳まつり」に行ってきました。外堀通りでいろいろなイベントが行われていました。

いろいろな大道芸が披露されていました。

「がまの油売り」「中国雑技芸術団」等々。

「東をどり」の新橋の芸者さんたちもお出まし。

新装なった「東急プラザ銀座」からみると舞台前は人がいっぱい。

道路では子供たちが思い思いにカラーテープで絵を描いて(?)いました。

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そのあと、恒例の「銀座の柳」いただきました。昨年も「銀座の柳」をいただき、一生懸命マンションの庭で育てています。かなり大きくなりました(高さ50cm位か)。昨年いただいた柳()とその後()、それと今年の柳()です。柳の並木を作る()予定です()。

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その後数寄屋橋公園の「コンサートの森」でのブラスバンド演奏()を聞きながら銀座駅から帰りました()。

暑かった()1日でしたが楽しい1日でもありました。

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銀座熊本館 熊本頑張ろう!東北にも応援を続けましょう

[銀造] 2016年5月 6日 09:00

 先ず初めに、今回被災された熊本県、大分県、長崎県、鹿児島県、佐賀県、福岡県、宮崎県などの九州地区の方々に

心から、大震災の被害に遭われたお見舞いを申し上げます。

その上で、東京にいても出来る事を考えましたので、東京近辺にいらっしゃる方々のご参考になればと、ブログを記載している次第です。

 

4月25、26日、5 月2日、今日も銀座にある熊本県のアンテナショップ「銀座 熊本館」へ行ってきました。(4/25 月曜日は閉店日でした)

大震災の被害を心配して、沢山のお客様がいらしていました。

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寄付だけなら、並ばなくて、入り口から入った所に設置している募金箱に寄付金を入れるだけなので、今日は、その様にしました。

こちらの熊本館様の偉いと感心したことがあります。

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 熊本館の皆様のお気持ちには、感心を通り越して、感動しました。

東京都庁の第2展望台でも応援のブースを設けていましたので、御煎餅とかを買い求めました。(4月29日)

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ここには、九州、東北の被災された各県のブースが設置されており、販売に携わる方々の応対もとても親切でした。

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 そして、八重洲にある福島県八重洲観光交流館です。5月2日は、連休の谷間ゆえか、少し、お客様が少なかった感じがします。

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 フリーアナウンサーの唐橋ユミさんのご推奨の、

福島県喜多方市の「ほまれ酒造㈱」の純米原酒「ならぬことは ならぬものです」と、

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  季節の柏餅、いわき市の「小名浜 かつお せんべい」を購入しました。

今回大きな被害を受けた熊本県、大分県や5年前に被災した福島県や岩手県など東北のアンテナショップも、忘れずに、訪問します。

追伸:5月3日、築地祭りの会場でも、義援金の募金箱が設置されて、沢山の方々がご寄付をなさっていました。私も及ばずながら、寄付させて頂きました。

 近所のスーパーでは、小玉すいか、熊本県産JAやつしろの「はちべえトマト」が販売されていました。身近な所で、応援を続けて行きましょう。

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早く復旧されることを祈念しております。

 

 

橘右門師匠から寄席文字(のさわり)を学ぶ

[中央小太郎] 2016年5月 5日 18:00

 大分時間がたってしまいましたが、3月12日に中央区観光協会特派員限定ツアーの
「寄席文字を橘右門師匠より学ぼう!」に参加し、知的好奇心をみたしてきました。
忘れないようにブログに書きたいと思います。

 開催場所は、人形町にある読売ISのビルで、ここは、1970年まで人形町末広という
寄席があった場所です。
人形町末広のあった場所ということもあり、読売ISビルでは2011年以来
「読売あいえす落語」が年1回開かれているそうです。

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 さて寄席文字ですが、これは江戸文字四体の一つで、
読んで字のごとく落語の世界を飾る文字です。
江戸文字四体は、この他に歌舞伎で使われる「勘亭流」、相撲の「相撲字」、神社の
千社札や提灯等に使われる狭義の「江戸文字」があり、これに「寄席文字」を加えて
(広義の)「江戸文字」と呼ぶそうです。
※歌舞伎の勘亭流だけ「○○流」と流派を表す呼び方なので、右門師匠の説明を
聞いてようやく頭の中で「江戸文字四体」が整理できました。

 江戸文字(広義)寄席文字(寄席用)
        勘亭流(歌舞伎用)
        相撲字(相撲用)
        ―江戸文字(狭義:千社札)

 寄席文字の特徴は、①筆太、②右上がり、③少ない余白、④丸みを持ち、⑤かすれない
だそうで、「お客様が隙間なく寄席をうめる」「興業が右肩上がり」という縁起を
担ぐためとのこと。

また、寄席文字の起源は、天保7年(1836年)に栄次郎(えいじろう)という紺屋職人
が提灯文字と勘亭流を折衷して作った「ビラ字」と呼ばれる書体だそうです。
ビラ字は寄席のビラに使われたことからそう呼ばれました。

その後、「ビラ清」「ビラ辰」等がビラ文字を書いていましたが、ビラ字の名人と
呼ばれた2代目ビラ辰の没後に、橘右近がビラ字に影響を受け、工夫を加えて
「寄席文字」を確立したそうです。

現在の寄席文字は、橘流寄席文字一門が唯一正統に伝承しているそうで、講師の
右門師匠は、家元である橘右近師匠(前述)の直系の弟子としては16番目
(右近師匠は亡くなられているので)最後の弟子となります。

ツアーでは、実際に寄席文字を自分で書く体験もありました。
寄席文字(他の江戸文字も多分そうだと思いますが)は、もちろん筆と墨で書くの
ですが、習字とは全然違います。
習字は肘を上げて(浮かせて)書きますが、寄席文字は鉛筆のように手の甲を机に
つけて書きます。また、書き順も習字のものとは違うし、字体も変わっていて
まったく別の漢字のように見えます。師匠によると「字を書く」というより「絵を
描く」センスかなと仰っていました。

お手本の字と、私が書いた字を写真にのせます。
(「一」ばっかり書いていますが。。。。。左から3列目の上2つは師匠の字です)
(他の字は「四」と「五」だけ書いてますが、「まずは横棒から」という師匠の
 教えを守り、愚直に「一」ばかり練習しました)

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寄席文字の写真(手本)

 

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寄席文字の写真(自分のもの)

  
実際にツアーで書いた文字が私のものばかりだとつまらないので、右門師匠が
デモンストレーションとしてその場で書いた肉筆の寄席文字を以下に載せます。
橘流本家の美しく迫力のある文字をご覧ください。
師匠によると、文字を見た女性の何人かは、あまりの美しさに気絶するとのこと。
今回の女性参加者の方々は辛うじて気絶だけは免れたようでした。

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 それから、よくパソコンのフォントで「寄席文字フォント」
などがあると思いますが、これらは、本当の意味での「寄席文字」ではなく、
フォントのデザイナーさんがそれらしく似せて描いたもので、
「寄席文字」とは呼べないとのこと。ご注意ください。(師匠より)

 
やはり実際の「寄席文字」は紙など、特定のスペース上に「隙間」「太筆」
「右肩上がり」を意識して、人間が実際に筆で美しく描いたもの。
そこに味があるのだと理解します。

 

 講習を通して、寄席文字はもちろん、街で江戸文字を見たときに、それらの違いを
意識するようになりました。貴重なツアーありがとうございました。

 

 

 

日本橋十軒店とスター・ウォーズ

[ジミニー☆クリケット] 2016年5月 5日 18:00

先日、五月人形の紹介で、「吉徳大光」(本社:台東区浅草橋1-9-14)が「スター・ウォーズ」とコラボして制作したダース・ベイダー武者人形が人気過ぎて品切れとのテレビ報道がありました

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吉徳大光」と言えば、「人形は顔がいのち」で有名な江戸で最古の人形の老舗

そのインパクトの大きさに、思わず吉徳のHPを開いてみると、吉徳は江戸後期には日本橋十軒店常店を構えていたとの説明があり、思わずうれしくなって、ここに報告させていただく次第です

以下の説明文は、吉徳のHPからの抜粋です

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この図版は、天保年間の「江戸名所図会( ずえ)」巻之一より「十軒店じっけんだな雛市」の図。

画家長谷川雪旦が、有名な日本橋十軒店雛市の賑わいを描いたものです。上部には芭蕉の「内裏雛人形天皇の御宇(ぎょう)かとよ」の句が記されています。軒先に張りめぐらした幕に、吉徳(山田家)の家紋・三蓋松さんがいまつ)が見かくれしていることから、この図が江戸後期から明治にかけて、ここに常店じょうみせ)を構えていた吉徳の店先であることがわかります。

なお、「雛人形手遊(てあそび)問屋 野屋 兵衛」の朱印は、吉徳に数代伝わるもの。江戸時代には玩具のことを手遊びと呼んでいました。

吉徳資料室)

 

それにしても、ベイダー卿のみならず、ストームトゥルーパー兜飾りとはすごいすばらしい

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ちなみに、ダース・ベイダーヘルメットは、伊達政宗を参考にしたとの記事を、昔、見たような気がしますので、それが事実だとすると、急に違和感も無くなり、ますますこの武者人形が魅力的に見えてきます

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吉徳大光のHPはこちら ⇒

http://www.yoshitoku.co.jp/

 

 

 

見えてきました!GINZA PLACE(銀座プレイス)

[ジミニー☆クリケット] 2016年5月 5日 16:00

晴海通り中央通りが交差し、「銀座三越」、「和光」、「三愛」が建つ銀座4丁目交差点の一角に建設中の「銀座5丁目再開発計画」(事業主:サッポロ不動産開発株式会社・株式会社つゞれ屋)のビルの上層階部分が姿を現しました

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GINZA PLACE銀座プレイス)です

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GINZA PLACEの外観は、「透かし彫り」がモチーフだそうです

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GINZA PLACEは、地上11階地下2階で、開業時期は、9月24日)とのこと

開業が待たれます

なお、地下1、2階は、8月3日)に先行オープンするそうです

は、完成イメージ画像:サッポロ不動産開発。

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GINZA PLACEのHPはこちら ⇒

http://ginzaplace.jp/

 

 

 

人形町亀井堂  Traditional Japanese Bisquit, Ningyocho Kameido

[HK] 2016年5月 5日 14:00

瓦煎餅の有名店、人形町亀井堂さんに行ってきました。

甘酒横丁の交差点を浜町公園方面に数十メートル進んだ右手にあります。 

One of the most famous and established Japanese confectionery is Kawarasenbei made and sold at Ningyocho Kameido. The head store is located along Amazake Yokocho Street.

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実は瓦煎餅は好物ではありませんでした。 ところが人形町亀井堂さんの瓦煎餅を頂いてからはその概念は覆されました。今まで食べてきたものは何だったのだろう?なぜこんなに違うのだろう?素朴な疑問をずうずうしくも社長の佐々木さんにぶつけてみたところ、満面の笑みを浮かべて答えて下さいました。

「うちは創業来の製法を頑なに守っています。 砂糖、小麦粉、卵、蜂蜜以外の材料は使いません。 また保存料は一切使用せず、3日を過ぎた袋入り人形焼は店頭から外します。」と、きっぱりとおっしゃいました。 伝統を守り品質管理を徹底することが美味しさの秘訣のようでした。 暖簾を守るとはこういうことなのでしょうね。

For long time, Kawarasenbei, which is the nomenclature of the traditional japanese bisquit, was not one of my favorite sweets, but after I have experienced Kameido's delicacy, my whole image of this bisquit have changed.  What have I been eating before? Why is this so good and special? 

Mr. Kenji Sasaki, the president of the company gave me an answer distinctly and that is;

"We have not changed the recipe ever since company's foundation.  We only use sugar, flour, egg, and honey.  No preservative included and no display if the product (packed ningyoyaki) is over 3 days."

So, traditional recipe and strict quality control may be the key points.

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そして社長から人形町亀井堂の由来を教えて頂きました。

明治6年、神戸元町に創業した亀井堂総本店より、昭和4年、江戸初期から東京に在住する旧家、人形町佐々木家嫡流にのれん分けのかたちで任されたのが、初代人形町亀井堂のご主人 佐々木顯發(ささき げんぱつ)さん。 京橋の親柱の橋名を揮毫した佐々木支陰の孫にあたります。

また、佐々木支陰の父に当たる信濃守顯發(しなののかみあきのぶ)は、幕末の重鎮であり、大身の旗本でした。

The first Kameido store, famous for its product Kawarasenbei, had started its business in Kobe in 1874.  In 1927, Mr. Sasaki's grandfather Genpatsu Sasaki was given privilege to use the name "Kameido" and start a business of his own in Tokyo after many years of training. 

Genpatsu's grandfather was Shiin Sasaki who is famous for the calligraphy of the Kyobashi bridge pillar.

Genpatsu's great grandfather, Shinanonokami Akinobu who was great grandfather of Genpatsu was high ranked magistrate during Edo era.

 

 

朝散大夫信濃守顯發(ちょうさんだいふしなののかみあきのぶ)

幕末に江戸南北町奉行や外国奉行を歴任し、その名奉行ぶりは落語の「佐々木政談」によって知ることができます。

また、朝廷より信濃守任官を宣下する朝廷の宣旨が本店に掲げられています。 

人形町亀井堂 初代店主 佐々木顯發(げんぱつ)の曾祖父にあたります。

Shinanonokami Akinobu

During Edo era, Akinobu was high ranked magistrate bugyo in charge of finance, law, and foreign affairs. His management competence is known through Rakuko (Japanese comic story), "Sasaki Seidan (political talk)".  He was honored by Emperor as Shinannookami.  The written imperial order can be seen at Ningyocho Kamiedo.

Akinobu is the great grandfather of the founder of Ningyocho Kameido, Genpatsu Sasaki.

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佐々木支陰(ささきしいん)

信濃守顯發の長男であり漢学者で詩人。 揮毫した「京橋」の親柱は今も「京橋碑」として銀座中央通りに風格を与え、中央区の区民有形文化財に指定されています。

佐々木顯發(げんぱつ)の祖父にあたります。

Shiin Sasaki

The firstborn son of Akinobu who was scholar and poet. The name of the Kyobashi bridge engraved on the pillar of the bridge which is registered as tangible cultural asset of the city of Chuo-ku, had been written by Shiin.

Shiin is the grandfather of the founder of Ningyocho Kamiedo, Genpatsu Sasaki.

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佐々木顯發(ささきげんぱつ)

人形町亀井堂の初代店主。 士族の出でありながら幼い頃から奉公に出て、幕府互解後の混乱、大正の大震災、昭和の大戦など激動の時代をその機知と才覚で駆け抜け成功をおさめた快男児。 神戸の亀井堂総本家の創業者や上野亀井堂の主人に認められ、一店を任されます。 「~亀井堂ものがたり~ 東京下町噺」は、顯發の三男 佐々木雅發が父親から聞き取りまとめた記録文書で、当時の街並みや明治後半から昭和の高度経済成長期迄の史実が詳細に記述されており、歴史本としても楽しめる書物です。

顯發は現在の社長の祖父にあたります。 

Genpatsu Sasaki

The founder of Ningyocho Kameido.  Though born in noble family, Genpatsu had to make a living after the great reform of the government.  He had gone through the confusion of Meiji era, survived the great earthquake of Taisho era, and lived through the World War of Showa era, and won his success with his wit and talent.  After years of training, he was given privilege to use the name "Kameido" and start his own business in Tokyo.   Genpatsu's biography "Kameido Story" written by his third son can also be enjoyed as a history book which also writes about the culture and historical events from Meiji to Showa.

Genpatsu is the grandfather of Mr. Kenji Sasaki, now president of the company.

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人形町亀井堂さんの瓦煎餅、人形焼きは本店ビル3階と6階で作られており、いつでも出来立てを買うことができます。 そして瓦煎餅は軽くて持ち運びが便利なうえ常温で3ヵ月保存がきくので、季節問わず贈答品として重宝されています。 瓦煎餅は2~3枚ずつ小分けに包装されているので、湿気の心配もありません。 また、社長のアイディアから生まれた国産のピーナッツを使った柿ピーは大好評で、まとめ買いをする顧客もいるそうです。 品質維持のため量産されていないので、なるべく早い時間帯に買いに行くことをお勧めします。

Kawarasenbei (japanese bisquit) and Ningyoyaki (sponge cake filled with red bean paste) are freshly made at the upper floor of the store. Kawarasenbei is made without any perservative, neverthelesss keeps at least for two months. It is wrapped in a small portion to avoid moist.  Since Kawarasenbei is so light to carry, many people buy them for souvenirs. 

The current popular selling line is Kakipea (peanuts and spicy rice crackers mix) using peanut only made in Japan, which came through the idea of Mr. Sasaki.  Since it is so crispy and good, some customers buy them in bulk.  To keep the good quality of the product, Kakipea is not produced in large quantitiesass, so if you buy them, visiting the store in early hours is recommended.

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品数が豊富なので迷ってしまいますが、用途に合わせた選び方をアドバイスして頂けます。

Varieties of products are displayed, but you can have an appropriate advice at the store.

CIMG1177.JPGCIMG1160.JPGのサムネイル画像<補足>

(「~亀井堂ものがた~東京下町噺」より)

Quote from  "Kameido Story"

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またこの頃、谷崎潤一郎と松子夫人が買い物に来た。 黒いインバネスを羽織った谷崎は店の中には入らず歩道の端に立って店の看板を見上げたり、時々店の仲を覗くように見たりしていたが、松子夫人は親しく店の奥まで入り、いろいろと話したりしていた。

In these days, *Junichiro Tanizaki visited the store with his wife Matsuko.  He wore black inverness coat, did not get in to the store but stood at the edge of the sidewalk, looking up at the signboard, sometimes peeking inside.  Matsuko walked in and chatted with the shopkeeper.

*Junichiro Tanizaki: Japanese author, one of the major writers of modern Japanese literature.

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谷崎潤一郎夫妻は瓦煎餅を自宅で召し上がったのでしょうか、それともどこかにお土産として持って行ったのでしょうか、当時と同じ味を頂けると思うと少しうれしいです。

Did Tanizaki and his wife tasted the sweets at home or did they brought it to someone as a souveniour?  Kawarasenbei that you can have now tastes as same as their time.

店前.JPG佐々木社長、どうもありがとうございました。 

いつまでも美味しいお菓子を世に送り続けて下さい。

Thank you very much Mr. Sasaki!

A great appreciation for the great story.