[下町トム]
2010年11月29日 09:40
清澄通りを月島から勝どきの方面に進み、月島警察署の脇を入ると、〔豊海運動公園〕があります。 この辺りはかつては〔豊海水産埠頭〕に近く、水産業関連の施設や倉庫が多かったのですが、最近はマンションなどの住宅街になっています。
運河沿いの静かな環境に中に、こじんまりとしてい
ますが、草木と芝生の広がる〝やすらぎの場所〟となっています。
石を組んだ縁石の傍に「石の由来」と記された説明版が設置されています。かつて日本橋川にあったものなんですね。
公園内には、バーベキューを楽しめるデイキャンプ場やテニスコートもあります。晴れた日には、運河の向こうにレインボーブリッジが望め、気持ちの良い海の景色も楽しめます。
ちょうど紅葉も始まりました。この日は、爽やかな空気の中で遊ぶ家族連れの姿も見られました。
中央区ウォーターフロント散策いかがでしょうか。
[夕陽の丘]
2010年11月20日 02:33
以前より 我が国最大規模の可動橋と言う 勝鬨橋橋脚内を見学したいと思っていました。
ウェブ より 勝鬨橋の見学が出来る方法を探しました。
(財)東京都道路整備保全公社が見学ツアーを開催されていることを知り、応募して、参加
しました。 橋脚内にある開閉していた当時のままの機械設備を、見学します。
HP より
橋の上には かつてこの位置から橋があが
った個所や、人や市電の通行を整理した
信号機が残っていました。
又 足元には、橋があがっている時など人々
を 待たせた線が 小皿の大きさの鋲を並べ
た形 で残っています。
HP より
橋の中央にあります建物の 2階 操作室へ行きました。 運転用操作盤には沢山ボタンが
あり、これら多くのボタンを操作して、橋を上げたり下げたり されたそうです。
次に 1階 より橋脚内の機械室へ続く垂直の階段を下りていきます。勿論、 見学者の体に
は墜落を防ぐ安全装置のベルトへ 用心のためのロープを通して、階段を下りました。 私
自身は 体の横幅が広いため階段の初めが通りにくく、体をひねって無事に通り抜けました。
橋脚内部は テニスコート一面分の広さと 高さが9m あります。 とても広く感じます。
この広い空間部分を利用して、機械は橋があがった時の、橋のバランスを取っていたそう
です。
機械設備の詳しい説明や 解説をして頂きました。
橋脚内部の機械を見ながら 少し進んで外を見て見ます。
見学に参加しないと、まず見ることが出来ない景色です。
見学ツアーの申込先は (財)東京都道路整備保全公社
http://www.kensetsu.metro.tokyo.jp/kachidoki/tour.htm
ツアーの説明や安全確保まで細かいサポートをして下さる5名の方たちは、同公社OBの
ベテランさん達です。
又、災害時には支援に出られる頼もしい方々です。
ライトアップされた勝鬨橋はとても素敵です。
でも 開閉を中止される前の勝鬨橋を 一度は渡ってみたかったと思います。 (当時は
東京在住でないので無理なことでしたが)
HP より
[O傘]
2010年11月15日 13:30
名橋「日本橋」が来年(2011年)4月で架橋100年を迎えます。これに先立って補修工事が今年(2010年)の7月下旬、「日本橋洗い」のイベントの直後から始まり、約3カ月過ぎて間もなく11月19日に終わります。
橋の側面を含むこのような本格的な補修工事は1911年4月に架橋して以来、初めてだそうです。99歳での若返りです。
この補修工事は国土交通省関東地方整備局東京国道事務所が行いましたが、
路面に敷設している御影石をいったん撤去するなどして、
敷石の下周りの漏水対策や劣化・破損した敷石などの補修工事をしてきました。
左の写真は橋の側面(上流側)の補修工事
日本橋の石材は、主に茨城県笠間市の稲田産ですが、ほかに山口県徳山産、茨城県加波山産、岡山県北木島産が使用されているそうです。
「月刊日本橋」主催で「稲田みかげ石で日本橋100年 採掘現場見学日帰りツアー」が先月(10月)初めにありました。好評だったようで、第2弾も計画しているとか。
橋上の最後の工程で、上流側(三越側)の歩道で、破損した石材ブロックを新たに補てんしつつ、
いちど撤去した石材ブロックをもと通りに並べる作業などを行いました。
右の写真は、復元中の歩道と、元あった位置の番地が書いてある「稲田みかげ石」ブロック(1個づつビニール袋に入っている)
橋の歩道の敷石工事中は、日本橋の中央付近を歩いて通ることになりました。
そのお蔭で、車道の中心に「道路元標」が埋め込まれる四角い窪みをまじかに見ることができます。
それから、橋の中心付近から高速道路を見上げますと、左右の高速道路の間に設置されている空中のモニュメントもほぼ真下から見ることができました。
間もなく補修工事がおわりますが、
工事と並行して11月1日(月)よりケルヒャージャパン社と名橋「日本橋」保存会による「日本橋クリーニングプロジェクト」が始まりました。
なお、ケルヒャー社は「自由の女神」や広島の「平和記念公園」など、
世界の著名な建造物・文化財の洗浄を手掛けてきたそうです。
温水高圧洗浄とパウダー洗浄(無害の炭酸カルシウムなどを噴射)を併用して、
橋の側面や欄干を、下流側3週間、上流側3週間かけて機械洗浄し、12月10日(金)に終了予定だそうです。
橋の車道中央に「日本国道路元標」のプレートが戻るのもまじかです。 2010年度内に、若返った名橋「日本橋」のお披露目があるようですが、楽しみです。
そして、石造りの日本橋「架橋100年」を迎える来年(2011年)4月には、
名橋「日本橋」保存会(会長・中村胤夫 三越特別顧問)はじめ関係者が記念イベントを検討中のようです。
これも楽しみですね。
(上の写真は昨年12月撮影)
【参考】 日本橋について
日本橋は、ご存じのように、徳川家康の江戸幕府が始まった1603年(慶長8年)に木造の橋が創架されました。 翌年5街道(注)の起点として定められました。
橋の欄干(らんかん)の頭に擬宝珠(ぎぼし)がとりつけられた御公儀(ごこうぎ)橋として江戸時代から重要な橋でした。
(注)五街道: 東海道、日光街道(日光道中)、奥州街道(奥州道中)、中山道、甲州街道(甲州道中)
日本橋の周辺は、魚河岸や三井越後屋(三越の前身)など「熈代勝覧」(東京メトロ銀座線の三越間駅コンコースに展示されている)にみるような江戸の賑やかな経済・文化の中心地でした。
その後、火災による焼失などがあり、再建を繰り返し、明治44年(1911年)4月に、20代目になると云われていますが、現在の石造二連アーチ橋が架けられました。
設計は米本晋一(よねもと しんいち)氏、デザインは妻木頼黄(つまき よりなか)氏です。
親柱の漢字とひらがなの文字は、徳川最後の15代将軍、慶喜公が書いたものです。
そして、その後関東大震災や空襲にも耐え抜いて今日に至っています。
現在の日本橋は、御承知のように国の重要文化財(1999年指定)であり、国道の起点として、橋の車道中央に「日本道路元標」が設置されています。
現在、日本橋を起点とする国道は7つあります。
1 国道1号(東海道)
2 国道4号(東北道)
3 国道6号(常磐道)
4 国道14号(京葉道路/千葉街道)
5 国道15号(第一京浜)
[銀造]
2010年11月15日 08:30
今日は、日本橋から品川までを案内するガイドを引き受けました。 その前に、
10月末に開業したコレド室町の店舗、レストランをチェック。
入り口の前にレストランとお店の案内パネル。パネルに触れるとお店の情報。
お勧めの料理と昼、夜のご予算が示されます。 よし、今日は、ちょっと張り込むかと、。
ビルの1階を入ってすぐ左側に「にんべん」の"日本橋だし場"というお店があります。
お昼には、ちょっと早い11時。 先ずは、にんべんさんの品揃えを見てからと、
奥には、鰹節、ふりかけなど、お馴染みのものの他に、「戻りカツオ」の刺身用パックも。
ちょっと戻って、おにぎりの販売コーナー。「おかか」のおにぎりは無かったなぁ。
ここで、携帯が鳴った!?! 新潟からのバスが、予定より30分早く到着との事!
さあ、時間が無い! 。
親切な店員さんに尋ねたところ、コシヒカリに削り立ての鰹節を振った、「かつおぶしめし」が
すぐ用意できますよとの事。早速注文して、上の「鯛めしおにぎり」はポケットに。
削りたての鰹節の風味が、コシヒカリにマッチ。 最強のファーストフードです。
そんな風に慌しく出かけた、日本橋からの東海道。 銀座でにっこり微笑んでくれた新潟美人。
皆さん、銀座の歩行者天国を満喫し、大変喜んでおられました。
次は、パネルで選んだお店で、スロー・フードを食べます。
そうそう、ポケットに入れて置いた「鯛めしおにぎり」は夕方4時に、美味しく頂きました。銀造
[銀造]
2010年11月 4日 11:20
銀座5丁目6-10の鈴乃屋銀座店の前を通ったら、兎の干支のカレンダーになっている
木綿のハンカチーフを置いてありました。紅色と紺の二色です。@525円です。安い!
どちらを買おうかと迷いましたが、自分用に紺色のを買い求めました。
他にも、兎をデザインした手ぬぐいなどがありました。
お店の中にお邪魔すると、「龍馬伝」の特集号がありました。
配役の写真、龍馬に関係する人との人物相関図が記載しているので、1部入手。
書かれている内容を、よく読んでみると
鈴乃屋さんの会長さんは、小泉清子さんと仰って、今回のNHK大河ドラマの衣装考証をご担当されているとの事。平成9年には、勲三等瑞宝章を受賞されたと。
友の会に入会して、着物で決めようかな。 お店の方は、とても親切でした。