隅田川の川沿いに落ち着いた佇まいを見せる町〝湊〟。・・・名前からもうかがえるように、江戸時代から明治初期頃まで、多くの船着場が存在したところです。その後、海はどんどん沖に離れていき、今では船乗りたちが闊歩した荒々しい雰囲気はありませんが、どこか懐かしい香りのする町並みが続いています。今回は、この湊1~3丁目を商域とする〔湊連合商栄会〕の日比浩会長(株式会社旭松堂 代表取締役)をお訪ねし、いろいろとお話をうかがってきました。
現在の商店会の状況はいかがですか
日比会長(以下、会長)「バブル前には56、57もあった会員の店が今では11に減りました。〝商店街〟とは呼べないかもしれませんが、それでも絆を強めて地域に貢献するように努めています。夏や歳末には〝大売り出し〟を企画したり、観光協会とタイアップして、秋に〝植木・草花市〟を催したり、地域を盛り上げるための工夫もしています」
特派員「やはり、消費者の購買行動は変化したでしょうか」
会長「そうですね。マンションが増えて、大型小売店やコンビ二などで買い物をする人が増えたと思います。今は少しでも地元商店の存在を示そうと、イラストを入れたチラシなども作成してアピールに努めているんですよ」
特派員「随分とかわいらしいイラストですね。どなたが描かれたんですか?」
会長「実は近くに住む孫娘が描いてくれたんですよ。かえってプロが描くよりいいんじゃないかと思い
ましてね・・・」
特派員「とても親しみを持てて素敵な絵だと思います。この商店会にピッタリではないでしょうか」
ご自身のお仕事について聞かせてください
会長「私どもの先祖は江戸末期に現在の愛知県から東京に移ってきたようです。漁師をやめて船大工になり、やがて技術を生かして桶や樽を製造するようになりました。月島にあった砂糖工場に納めていましたが、やがて時代の流れとともに需要が無くなり、その当時の当主だった父親が〔砂糖に関係するもの〕から連想して洋菓子店を始めたのがきっかけです。その後、私が店名をある洋画家の助言をもとに〔メイユール〕と改めました。そのまま現在に至っています。かつてはパンの製造もしておりましたが、今は販売のみに特化しています」
※筆者注:メイユール(meilleur)とは英語の「better」。「より良い」という意味の仏語。
特派員「地元に密着したパンと洋菓子の店ですね。先ほど店先を眺めておりましたら、惣菜パンなどがおいしそうに並んでいました。今はどんな商品が人気ですか?」
会長「パンはもちろんなんですけれども、少し前から弁当の販売を始めましたが、今はそれが人気なんです。コンビ二ほど格安ではありませんが、何と言っても朝から手作りで丹念に作っていますから、味には自信があります。」
特派員「きっと健康管理や味覚を大切にする人が増えてきて、〝本物の味〟を求めるようになったんですね。これからの商店街の活路のヒントになりそうです。ところで、会長は店頭に立たれるんですか?」
会長「毎日、朝、昼、夕方と忙しい時間帯には必ず店におりますよ」
特派員「会長の変わらぬ笑顔を楽しみに来店されるお客様もきっと多いんでしょう。できる限りお姿を見せて下さるよう私からもお願いします」
この辺りはもともと商店が多かったのでしょうか
会長「昔は上方からの酒や醤油や炭といった物資が舟でこの地区に水揚げされました。したがって諸国からいろいろな人がやってきたんです。さらには、今の鉄砲洲稲荷神社とは場所が異なりますが、水辺近くに神社があって、遠くから参詣の方もたくさんお見えになりました。そんな様々な人たちが歩く道の両側には多くの商家が軒を並べ、それは賑やかでした。(※筆者注 写真は現在のその通りの様子)それ以外にも個人経営の商店や家内工業の家がこの一帯にはたくさんありましたよ。ほかには、今の中央小学校脇に〝縁日通り〟と呼ばれる小道があり、月に何回か露店が並びました。子どもの頃は楽しみだったですね」
特派員「きっと多くの方々がこの界隈で仕事をしたり買い物をしたり散策をしたり、昔から居心地の良い町なんですね。」
会長「八丁堀あたりには映画館やダンスホールもありましたし、ちょっとした繁華街でした。あとは、季節ごとに売り声とともにやってくる担ぎの商人の姿もよく見られたものです」
特派員「そんな風情ある歴史を後世に語り継いでほしいと思います」
会長「そうですね。町の歴史を残しておきたいと思っています。そして昔からの良い雰囲気は今後も大事にしたいと思います」
ところでこのご自宅はまた味わいがありますね
会長「築90年近くたっています。父親がそれなりにデザインに凝って造ったものですから、当時はけっこう目だったはずですよ。少し二階なんかご案内しましょうか」
※この後、二階の書院造の部屋を拝見
特派員「これはまた立派な和室ですね。柱や欄間、床の間いずれも良い素材を用いてしっかり造ってあることが伝わってきます。外観もこの町並みにも溶け込んでいます。今となっては貴重な財産ですから、大切にしていただきたいと願っています。」
今後の目標は何ですか
会長「この近くで市街地再開発の計画があります。何年か先に具体化する折には、地元の発展のためどのようにすればいいか、一所懸命考えてみたいと思います」
特派員「できれば新しい商店が増えて町の賑わいに寄与するといいですね。若い世代の意見も集めて、新しい町づくりに商店会が中核的な役割を果たされることをお祈りしています」
インタビュー後記
80歳を超えたとおっしゃる日比会長は、声も姿勢も若々しく、鮮明な記憶と体験をもとに魅力に富んだお話をして下さいました。初めてお目にかかった私に丁寧に接して下さるそのお姿に、親しみとともに永年のご努力とご研鑽によって培われた矜持を感じました。
地元を愛し、人のつながりを大切にする昔ながらの商店会。これからも末永く発展することを祈るばかりです。
貴重な機会をいただき、ありがとうございました。