[ジミニー☆クリケット]
2017年1月16日 14:00
[ジミニー☆クリケット]
2017年1月15日 12:00
地下鉄有楽町線、新富町駅から上がってすぐの「入船橋」交差点の東詰めのビルにITOKI東京ショールームが入っており、ショールーム入口脇の植え込みの中に、「靴業発祥の地」碑が建っています。下の地図の赤〇のところです
碑文では、明治3年(1870年)3月15日、西村勝三が、伊勢勝・造靴場を創建したのが旧築地入船町5丁目1番のこの地であったとのこと。勝三は、佐倉藩の開明進取の風土に育ち、時の兵部大輔大村益次郎の勧めと、藩主堀田正倫並びに渋澤栄一の支援を得て、靴工業を創成し、これを大成したとのことです
こうしてこの地が日本における製靴産業の原点となったのも、築地の明石町一帯が、明治初期、外国人居留地に指定され、 多くの外国人が居住することになって靴の需要が高まったことにもよるそうです
現在、3月15日が「靴の記念日」となっているのは、この靴工場が創業を開始した日にちなむものです
〔靴の記念日について〕
(前略)1870年(明治3年)3月15日千葉県佐倉の藩士西村勝三が大村益次郎から奨められ、日本で始めての西洋式の靴の工場を築地の入船町に創設したのです。この日が「靴の記念日」となっています。(後略)
(日本靴卸団体連合会のHPより)
また、西村は、築地の工場とともに、佐倉(現・千葉県佐倉市)に士族授産の靴工場「相済社」を開き、佐倉藩士を伝習生として靴の製造を行ったそうで、相済社は明治30年代に解散しますが、伝習生の一人であった大塚岩次郎は、学んだ製造技術を生かして大塚製靴(現・大塚製靴株式会社)を興しました
大塚製靴株式会社のHP上の「オーツカの沿革」には、
「1871年(明治4年)佐倉藩士 大塚隊之丞、横浜弁天通に靴の小売店を営む。
1872年(明治5年)隊之丞の子、岩次郎、2月4日東京・新橋の露月町に大塚商店を創業。 手縫による革靴の製造販売を始める。」と記載されています。
一方、伊勢勝・造靴場は、明治17年に「佐倉」から名前をとって桜組製靴と改称し、明治35年に日本製靴株式会社(現・リーガル・コーポレーション)になりました
株式会社リーガルコーポレーションのHP上の会社の沿革に、
「1902年(明治35年)1月、合名会社大倉組皮革製造所、合資会社桜組、福島合名会社及び東京製皮合資会社の各製靴部門を統合、各種靴の製造、販売を目的とし、東京市京橋区鎗屋町(現 東京都中央区銀座)に日本製靴(株)を設立。」と記載されています。
上の写真は、REGAL SHOES八重洲店(紳士靴専門店)、単独店舗第1号店です
ちなみに、題字の「靴業発祥の地」を揮毫されたのは、「堀田正久」氏となっており、調べてみると、この方は、佐倉藩主堀田正倫の孫に当たられる方で、昭和34年(1959年)に佐倉市長に当選後、昭和50年(1975年)まで4期に亘って、佐倉市の開発に貢献された方だとのこと
滋賀県彦根市長の井伊()直愛氏とともに「殿様市長」と言われた方だそうです
大塚製靴株式会社のHPはこちら ⇒
http://www.otsuka-shoe.com/
株式会社リーガルコーポレーションのHPはこちら ⇒
http://www.regal.co.jp/shoes/
[ジミニー☆クリケット]
2017年1月14日 14:00
[ジミニー☆クリケット]
2017年1月13日 12:00
銀座2丁目、銀座大塚ビルの地下1階にある「メグミオギタギャラリー」で、川野美華 個展「夜行性の庭」が開催されています
開催期間は、1月28日(土)までです
ギャラリーには、川野氏の大作が並びます
個展名の「夜行性の庭」シリーズと西洋の神話や聖書に題材を採った作品は、独特の世界観で、観る者を引き込む強い力を持っています
特に、展示されている作品すべてに共通する背景の肌色は、何か非現実的なものが描かれているにもかかわらず、違和感を感じさせない効果があるのではと思いました(全くの私見です)
また、それぞれの絵のポイントに配されるコラージュ(つけまつ毛だったり、真珠だったり、セミの羽だったり、バンドエイドだったり)は、表現の多彩さを感じさせ、作品の魅力になっていると思います
不気味、残虐、エロティック、夢、さまざまなものが詰まった箱を開けたような作品展です
この個展が、外界の音を完全にシャットアウトした地下1階の静かなギャラリーで開催されたことも、作品展の魅力になっていると思いました
開廊時間は、火曜日から 土曜日の11時から19時までです
日・月・祝日は休廊日です
なお、ギャラリー内での写真撮影については、特別にご了解をいただきました。ありがとうございました
メグミオギタギャラリーのHPはこちら ⇒
http://www.megumiogita.com/
[ジミニー☆クリケット]
2017年1月12日 14:00
月島というと、「もんじゃ」なのですが、その「もんじゃストリート」から大通りを渡ったところにある佃2丁目、Bar & ラーメン店の「月島ロック」です
店内は完全にBarです
このBarでいただく「月島ロック(醤油ラーメン)」がおいしいのです
月島ロック(醤油ラーメン)は、生姜の効いた豚100%のスープです
スープは豚100%とは思えないほど澄んでいてすっきり。生姜の香りが鼻に抜けます
麺は細麺です。
ここには、「ハチロク」という豚スープと魚介系のWスープのラーメンと、鶏白湯系の「とりそば」もあります
寒い冬には、生姜の効いた「月島ロック」がお勧めです
最寄駅は月島駅、4番または6番出口からほぼ等距離です
[ジミニー☆クリケット]
2017年1月11日 16:00
晴海にある「ほっとプラザはるみ」の隣に中央清掃工場があり、その清掃工場の晴海通り沿いの角のスペースに小さな公園(散策路)があります
その公園内には、クライミング遊具やいくつかの遊具が設置されています
ここに、「晴海見本市会場」記念碑があります
ここは、平成8(1996)年に東京ビッグサイト(有明)がオープンするまで、東京モーターショーなどが開催されていた東京国際見本市会場でした
月島3丁目、「西河岸通り」に面して, 「わたし児童遊園」があります
こちらも小さな公園で、すべり台、ブランコ、シーソーなど、いくつかの遊具があります
この公園中に、「月島の渡し跡」という説明板が設置されています
「月島の渡し」は、月島一号地の埋立が完成して間もない明治25(1892)年、手漕ぎの有料渡船に始まりました。その後、昭和15年ごろまで, およそ50年間運航されたそうです(勝鬨橋の完成により廃止)
その間、月島は東京の臨海工業地帯として発展し、明治44年には,乗客の増加に対応するために、徹夜渡船も行われたそうです
どちらの公園も、晴海と月島の歴史を確認させてくれるスペースです