[kimitaku]
2012年7月10日 13:00
7月8日午前7時半 小雨降るなか、住吉神社社殿でお祓いを受け、 来月3日からの大祭に向けての作業開始。
昨年は延期になり、4年ぶりの祭りです。
お神酒を神主さんから授かり」、皆さんそれぞれ持ち場に移ります。
この堀の水中に大幟の柱6本と、抱き木が埋まっています。
これを掘り出すのは潮が引いてからとのこと、
まずは 黒木鳥居の建立。
境内から。 巨大な檜材を境内から運びます。 それに二本の柱を組み合わせ、鳥居をつくり、クレーンで吊ります。
360年間この作業形態は、クレーン以外はほとんど昔のまま、江戸時代と変わりません。職人さんは頼まず、すべての作を講中で行います。
慣れない手付きの人も、初めての人も、熟練者の指導で皆さんが一つになって働く姿は一見の価値。 ・・・・・・・・さすが、江戸っ子(先祖は大阪)、佃の粋の良さ。・・・・・
最後に、クレーンで吊り上げ、立てかけます。
よそでは、柱の穴掘り、櫓建て、そして、水中にある、幟柱、抱き木
掘り出しのための砂堀、それぞれ皆さんが、持ち場で、懸命に働いています。
佃堀での作業は、潮時を見て、潮待ちをして、行われます。
午後の柱掘り出し作業は正午から、潮が引いて掘り出しやすくなってから行われました。
佃堀での、砂堀り、土嚢積み、皆さん、泥まみれで大変。 潮は次第に引いて行きます。
海に縁のある、佃の祭り.
長老の「おーい・・・・・」の声に素直に反応。 でもみなさんとても楽しそうでした。
次は、大幟柱建立 7月下旬です。
・・・・ところで この建立された、鳥居の、右の柱のほぞ木が少し欠けています。
これは、外側と内側を間違えて打ち込み、もう一度やり直した際にできたものです。
・・・・・・・・・・・・・・・・いわゆる、 刀傷・・・・・・・・・
[kimitaku]
2012年7月 9日 08:30
朝 月島 佃界隈を散歩すると、
その木々、花々の多さに目を見張ります。
路地裏の木々花々を求めて歩きました。
清澄通り沿いのお医者さんのブドウ
「マスカット」でしょうか。
秋が楽しみです。
こちらこのお店の花々は、月島の立ち飲み酒屋 「越後屋」さんの店先。
月島橋を東に進んだ清澄通りの西仲側にあります。
お客さんから、いただいた花々でいっぱいです。
水遣りも朝の日課、大変だそうです。
写真を撮って お見せしたら、
「これじゃダメ、良く撮れて無いから撮り直し」 を命ぜられ、
もう一度 パチリ それが この写真です。
もう一枚は、通りを東に進んで、次の角を左に折れてすぐのところ、
「ルリカズラ」が美しいです。
水遣りを終えてちょっと一休みの手前で一枚、
おばあちゃんと一緒に笑顔の写真が撮れました。
「こんどは トケイソウが咲きますよ。」
とおっしゃっていました。楽しみです。
それぞれの木々も、花々も、みな月島や、佃の皆さんが、
永年丹精込めて育ててきたものです。
草花も木々も緑深く、生き生きとしています。
西仲橋から西仲商店街に入る十字路を左に行った先に
とても大きな 「金のなる木」があります。
花も咲いていました。
ご主人に逢えないのが残念。
三丁目の路地には、
やはり、緑豊かな木々が育っていました。
この木々も、丹精込められています。
鬱蒼として、涼しそうです。
佃にも 素敵な花々が咲いていました。
玄関から出てこられたご婦人に伺うと、
花がお好きで、水遣りは欠かさないとおっしやっていました。
・・・ところが・・・・・・
「あと一カ月でこの花々たちは、裏に引っ越します。」
とのこと
「ここは、神輿通り道ですから、花たちは、避難します。
「軒先にも、提灯が飾られ美しいですよ、江戸時代と一緒になります。」 「ぜひ いらしてください。」
お写真はとお願いしたら、「めっそうもない、ご遠慮します。」
と、笑顔でご辞退されました。
住吉大祭
八角神輿 獅子頭 もうすぐ出番です。
(8月3日から6日まで)
[kimitaku]
2012年7月 8日 08:30
いま、勝どき 6丁目
THE TOKYO TOWARS SEATOWAR
新月島運河側 のところで、環状2号線の工事が行われています。
豊洲大橋から、勝どきを通り、終点は隅田川を越えて、新橋方面へ
完成はまだ先の話だそうです。
タワーズマンションから、朝潮小橋に向かう歩道を歩くと、
海側のタワーズマンションにさしかかるところに、 無粋な、鉄柵の壁があります。
ここに、なんとも可愛い。
子供たちの絵が飾られています。
題名は、 「あったらいいなこんな家」
何本かの、プラタナスを挟んで、
ひっそりと、でも、とても 想像力のある、未来を感じさせる、絵画がたくさん。
この殺風景な場所を、明るく彩っています。
工事の騒音を忘れさせてくれますよ。
朝の散歩、昼のひと時、夕方の、街歩きの際にぜひ お立ち寄りください。
子供たちの明るい笑顔が、はずんだ声が聞えてきますよ。
それに、朝潮小橋を渡ると、朝潮運河では、あの震災時に活躍した、
深田サルベージの、
大きなクレーンも望めます。
マンションの10階をはるかに越える大きさです。
散歩の途中 ぜひご覧ください。
[杏葉牡丹]
2012年7月 7日 08:30
ただ今はお中元シーズン真っ盛り。
もう全部終えて、ホッとしている方もいらっしゃれば、まだ何にしようか迷っているという方も、いらっしゃることと思います。
我が家では、ずいぶん前に、佃島の佃煮をお贈りしたところ、皆さん大変に喜んで下さったので、それ以来、お中元・お歳暮はいつも、佃島の佃煮と決めています。
何軒かある老舗の佃煮屋さん、それぞれみんな美味しいのですが、私がいつもお世話になっているのは、「天安」さんです。
立派な箱入りもありますが、簡易包装で1000円という物もあって、あまり気を遣わない親戚等は、こちらにしています。
また小袋入りの海苔の佃煮は、200円とお手軽なので、お中元・お歳暮に関わらず、ちょっとしたご挨拶がわりにも使えて重宝しています。
佃煮は、その名の通り、佃島が発祥の地。
江戸時代の初めに、摂津国西成郡佃村(今の大阪市西淀川区)から移って来た漁師さん達が築いたのが、佃島で、彼らが『保存食』として小魚を煮たのが、佃煮の始まり。
当初は、まだ醤油が普及していなかったので、塩で煮ていたのだそうですが、どんな味だったんでしょうね。
その後、醤油が入ってくるようになって、今の様な味付けになったのだそうです。
贈られた方は、美味しいのは勿論ですけれど、そうした歴史のある品なので、余計に喜んでくださるのでしょうね。
[kimitaku]
2012年7月 3日 14:33
梅雨の晴れ間、朝の散歩と洒落て、下町を散歩しました。
すがすがしい気分で、勝どきの 「しなそばや」さんを通過。
(見上げてごらん、朝顔がいっぱいです。)
手書きのお知らせにつられて、上を見ると、ご覧のとおり。
「あさがおにつるべ(電線、これもつるべ)とられて、もらい水」
のごとく、空いっぱいに、朝顔が満開です。無数の群青の花々が咲
き誇っています。
すこし東に足を運び、月島西仲通りの路地をさんぽ。
花に楽しそうに、水遣りをされていました。
伺うと、その女性は
「ルリカズラ」です。この左のは、「トケイソウ」
これからたくさん、花が咲きますよ、とのこと。
西仲商店街から佃へ進むと、駐禁の隣に、また色とりどりに懸命に咲いています。
住吉神社にお参りしました。
春日灯篭のアジサイが、蔵の色とマッチして、色鮮やかです。。
佃堀のアジサイも朝露に濡れています。
皆さん、
のんびり釣り糸を垂れていました。
新佃に行くと、清澄通りの脇に、朱鷺色の花。
東中通の路地裏には、真っ白な ハマユウ。
露の晴れ間、下町の花たちは、可憐に、路地裏を彩っていました。
花を、慈しむ皆さん、ありがとうございました。
夏に向かい、熱くなります。おからだにご留意ください。
[サム]
2012年7月 3日 08:33
七夕(たなばた)は「しきせき」とも読み、五節句のひとつに数えられる。
琴座のベガ「おりひめ<織姫>(しょくじょ<織女>)」と鷲座のアルタイル「ひこぼし<牽牛>」が最も近寄る7月7日、年に一度の男女の逢瀬に擬え、願い事を書いた色とりどりの短冊を笹の葉に吊るし、星に祈りをする習慣が今も残る。
七夕の起源には諸説あるが、日本古来の豊作祈願の祖霊の祀り(お盆)に、①奈良時代に中国から伝わったとされる女性の技芸上達を願った「乞巧奠<き(っ)こうでん>」、 ②元々日本の神事で、乙女が着物を織って棚に供え、神様を迎え、人々の穢れを祓った「棚機<たなばた>」、③織女・牽牛の星合伝説 等が習合したものと考えられている。
晴海トリトンスクエアではこの伝統的行事を子供から孫の代に伝え、地域のつながりを育む願いを込め、6月30日から7月7日まで、「笹に願いを」という催事が開かれている。
①ロビー受付 ②花のテラス ③ふれあい通り ④トリトン通り 合計4ヶ所に七夕飾りが設置され、短冊・筆記具が用意されている。
また7月6日(金)12:20~13:00にはグランドロビーで「七夕コンサート」の開催が予定されている。
<ロビー受付> <ふれあい通り> <トリトン通り>