挑む
執筆者一覧最近のブログ記事 |
挑む<尾上松也丈・歌舞伎自主公演>
お盆休みの帰省ラッシュがピークを迎えた8月13日、日本橋公会堂「日本橋劇場」にて尾上松也さんの自主公演「挑む」が初日を迎えました(15日まで)。今年で6年目を迎えるそうです。初日は1回公演。17:30開演でした。
開場時間とほぼ同時に中に入り、ロビーのお花やポスターを眺めていました。松也さんのお母様を発見。関係者の方々に挨拶をされていました。大変なお勤めだと思います。
そして、松也さんプロデュースによる、人形町の「江戸甘味處水天宮つくし」さんとコラボレーションした「風鈴(ぷりん)あんみつ」が、有田焼の小さなそば猪口に入って販売されていました。こちらは、各公演時に50個販売されるそうですが、全公演終了後も店頭でもお買い求めいただけるようですよ(事前予約制。8月16日〜31日)。
***
まずは口上から。松也さんが演目とその見どころを説明されました。ちなみに今回私は、花道真横の席を取ることができたのです。「これが歌舞伎座だったらな・・・」と心の中で欲深く考えておりました。口上が始まって数分経ったところで、ドタドタと花道を歩く足音が・・・。ん?と思い振り返ると、なんと、遅れて入場されたお客様が臆することなく花道の上を渡ってご自分の席に着かれたのです。確かに、歌舞伎専用の劇場ではないし、小規模の劇場かもしれませんが、まさか花道の上を歩いてくるとは。こうなると「歌舞伎座がただ五月蝿過ぎるだけなのか?」と、思いもよらぬ出来事に動揺した自分に問いかけながらも、なぜ係員の誘導がなかったのかと不思議でなりません。口上途中の松也さんも少し驚かれていたように見えましたが、まぁ最近なにかと世間を騒がせているお方、もちろん滞りなく口上を終え、幕開きとなりました。
最初の演目は「双蝶々曲輪日記 引窓(ふたつちょうちょうくるわにっき ひきまど)」。
口上で、外の明かりを採るために屋根に取り付けられた「引窓」と、庭に置かれた「手水鉢」がキーになります、と説明があった通り、はっとさせられる場面があり、この作品の慈しみや情愛を表現していました。
二つ目の演目は、赤坂日枝神社の「山王祭」で賑わう江戸の町が舞台の「お祭り」。
歌舞伎座六月大歌舞伎で、片岡仁左衛門さんによる同じ演目を拝見したときは、復帰公演ということもあり、非常に華やかで、舞台と客席が一体となった演目であったと記憶に新しかったのですが、今日の「お祭り」も、尾上徳松さんと上村吉弥さん演ずる芸者と若い者たちが、松也さんと尾上音一朗さん演ずる鳶頭を引き立てる、これも軽快でそして晴れやかな踊りを披露する舞台となっていました。
幕間には抽選会もあり、飽きさせない演出が観客を喜ばせていました。残念ながら私は何も当たりませんでしたが・・・。
8月の日本橋公会堂のスケジュールはこちら。歌舞伎イベントがいくつかありますが、今月はすでに歌舞伎座も観に行ったし我慢ガマン・・・
歌舞伎って楽しいですね
挑む 日本橋公会堂「日本橋劇場」
中央区日本橋蛎殻町1−31−1 日本橋区民センター内
十思湯、そして東京銭湯お遍路巡礼
今回は十思スクエア(別館)にある、十思湯に行ってきました。 既に新しくできた銭湯を紹介された記事は出ていましたが、少し異なる視点で十思湯の訪問について書いてみたいと思います。
蒸し暑い夏の夕べにさっぱりできる銭湯は最高です。都内の銭湯はかっては2千軒以上あったと言われていますが、今は800軒を切ってしまっていると聞きます。毎月のように閉店の話が聞こえてきます。時代の流れの中で止められないことかもしれませんが、銭湯好きの私としては悲しく感じていました。そんな中、新しい銭湯が中央区でオープンしたことは非常にうれしいニュースです。
実は私は、東京の銭湯組合(東京都公衆浴場業生活衛生同業組合)に所属する銭湯のスタンプラリーである、東京銭湯お遍路巡礼を地道に進めている銭湯マニアでもあります。 このスタンプラリーの台紙は、銭湯で300円で売られている「東京銭湯ぶらり湯めぐりマップ」を買うといっしょについてきます。湯めぐりマップには都内の銭湯の地図や情報が充実していて訪問の際には非常に便利です。
この湯めぐりマップによると、中央区にはこれまで10の組合所属の銭湯があることがわかります。また、各銭湯にはお遍路番号が付されています。金春湯が中央区1番、勝どき湯が中央区11番となっています。6番が廃業してしまった木村湯に対応していたため今はありません。 そして今回、十思湯は中央区12番ということになりました。写真のようにしっかりスタンプを押してもらいました。これで中央区の銭湯、全制覇です。満足感を感じていざ入浴。
銭湯は新しいこともあり、ホテルなどの大きいお風呂のようです。落ち着ける感じがあります。十思公園というと江戸時代は牢屋であり吉田松陰を始め多くの人が命を落としている悲しい歴史の地ですが、今は平和なお風呂で浮き世の疲れを癒せる地に変わったのではないでしょうか。
その後、私は順調に都内の銭湯巡礼の旅を続けています。 まだ先は長いですが、もうすぐ400軒です。まだまだ悟りへの道は遠い。 銀座中心から少し離れると、、、。
銀座ブロッサムの斜め前に小さな煎餅屋さんがあります。
田吾作正面
このお店は、千葉に本店があります。支店も千葉県に2か所あります。 お店がそれぞれ説明した内容をご紹介します。 ・煎餅の原料としてはほとんどの米が使えますが、 ・醤油は古代から味噌とともに発達してきたわが国の調味料の代表格といえましょう。 千葉県には野田のキッコーマン、銚子のヤマサ、ヒゲタと有名なメーカーの他に中小の醤油メーカーが数十社あります。 ・当店では煎餅を焼く燃料には炭を用います。今は炭で焼く煎餅 はだんだん少なくなってきました。電熱、ガスなど取り扱いが便利 で、しかも燃料代が安いので仕方ありませんが、しかし良い米で出 来た塩煎餅本来の味を出すには、やはり炭火です。
薄くて香ばしい煎餅です。
これがお江戸の盆ダンス!
先週週末は東京湾大華火祭が悪天候の影響で中止となってしまい、がっかりしているナタリーでございます。 しかし! 中央区には、まだ大きな夏祭りのイベントが残っています。 それは、毎年8月下旬の週末に開催される「中央区大江戸まつり盆おどり大会」です。 今年は8月22日、23日に浜町公園で開催されます。実は、去年初めて参加しましたが、私が今まで参加した盆踊りの中でも最大級! 大きな公園のグラウンドに何重もの大きな輪になってみんなで同じ曲を踊る光景は壮観です! 今年ももちろん参加したいと思ってます
でも、盆踊りなんて小学生以来踊ってないから、踊れるかしら・・なんて不安な方も安心! 中央区の国際交流サロンでは、23日(土)開催の大江戸まつり前に、盆踊りの練習ができます。加えて、盆踊りを通して外国の方と交流もできちゃいます 練習の後は、希望者する人たちで、盆おどり大会に参加しますヨ。これで安心ですね〜
詳しくはこちらへ↓
参加申し込みは、中央区在住・在勤の方が優先されますが、申し込み状況により、参加できる場合もありますので、他区の方でもご興味があれば、お問い合わせください。
※タイトルの「これがお江戸の盆ダンス」は中央区オリジナルの盆踊り曲の曲名です
銀座ミキモトラウンジ★横田シェフのデセール
中央通りにあるミキモト本店の建て替えに伴い、 プランタンの近くにあるミキモトブティックの3階にあった ミキモトラウンジが8月末で閉店になります。
ここでは、横田シェフのデセールが食べれるのですが、宝石のように美しいものばかりです。 2009年にたまたま前を通りかかって、パールというデセールの写真に惹かれてふらふらっと。
そして先日その横田シェフのデセールを頂けるというイベントがあったので参加しました。
こちらが以前食べたパール タピオカ、シロキクラゲ、アロエを添えたパンナコッタ
ここからが今回イベントで食べたもの。 大石プラムのソルベ。マスカットワインゼリー添え 右下はハピネスプレート ブルーベリーのクランブルタルト、ミ ゆずのパンナコッタ・オレンジソ
どれも夏らしいメニューで、見た目も味も最高です★
季節のパウンドケーキとアールグレイ
閉店後は、地元の春日部で新しくお店をオープンされるそうです。 お値段も春日部価格だそうです(*^^*)
ミキモト本店はクリスマスツリーや、季節ごとのオブジェが楽しみだっただけに、 閉店となると寂しいですね・・・。 (※ミキモト本店は2017年春 竣工・グランドオープン予定のようです)
◆時代の大転換期を描く ~長谷川渓石画『江戸東京実見画録』刊行~
日本橋難波町(のちの浪花町)生まれの江戸っ子が、幕末から明治初期までの出来事や風俗を描いた画・文をもとに解説を加えた書籍『江戸東京実見画録』が岩波文庫(青577-1)から刊行された(写真)。
描いたのは長谷川渓石、初の女流歌舞伎脚本家で、『旧聞日本橋』を著した長谷川時雨(1879-1941)の父である。
渓石は本名深造。天保13年(1842)に生まれ、千葉周作道場入門のかたわら玄冶店の歌川国芳に絵を学んだという。明治2年(1869)、刑部省に入った後、代言人(のちの弁護士)になる。大正7年(1918)77歳で死去。
本書には52図が載っている。「至尊の御入城」「西丸大手前」など江戸城(宮城)関係のほか、現在の中央区周辺の画題が多いので興味が沸く。「迷子さがし」「市中の読売」「子供遊び」といった庶民の暮らしの中の一場面が描かれている一方、「旧幕府牢屋敷全図」(小伝馬町牢屋敷)、「敲放し」「手鎖に入墨」といった刑罰関係の図もある。
渓石が描いたのは画と見聞記だが、本書には専門家の注解があるので、時代背景などが理解できる。江戸から東京へ、変容の時代における中央区界隈の様子が浮かび上がってくる。@巻渕彰
|
メニューアーカイブリンク集 |