味が染みた豆腐をご飯にのせた汁かけ飯「とうめし」。
いかにも江戸っ子発想な、ちゃちゃっと食べられる
ファストフードといったところでしょうか。
豆腐は、人形町 双葉から仕入れ、
この他、おでんのはんぺんやすじ(魚)などは
日本橋神茂の品。どれも秀逸な種がうれしいですね。
ランチの「とうめし定食」「おでん定食」お値打ちです。
◆日本橋 お多幸本店
東京都中央区日本橋2-2-3 お多幸ビル
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名飯 粋なファストフード
味が染みた豆腐をご飯にのせた汁かけ飯「とうめし」。
いかにも江戸っ子発想な、ちゃちゃっと食べられる ファストフードといったところでしょうか。 豆腐は、人形町 双葉から仕入れ、 この他、おでんのはんぺんやすじ(魚)などは 日本橋神茂の品。どれも秀逸な種がうれしいですね。 ランチの「とうめし定食」「おでん定食」お値打ちです。
◆日本橋 お多幸本店
発句也 おかめ求めて 日本橋
「発句也 松尾桃青 宿の春」の句碑は、俳人松尾芭蕉が逗留した、現在の老舗の佃煮屋「日本橋 鮒佐」の店先に建てられています。
ここは江戸時代小田原町と呼ばれていて、1672年(寛文12年)29歳の松尾芭蕉が、故郷である伊賀上野から江戸へとやってきて8年間住んだ場所です。
松尾芭蕉は当時「桃青」と称していて、日本橋魚市場に近い繁華街小田原町に住み俳壇での地位を固め、1678年(延宝6年)に俳諧宗匠として独立しました。句碑にある「発句也 松尾桃青 宿の春」とは、その翌年の正月に宗匠としての迎春の心意気を詠み上げたものです。その後、松尾芭蕉の江戸での住まいは深川に移り、1689年(元禄二年)には「奥の細道」の旅に備えて千住へと転居し、この年46才の松尾芭蕉は「奥の細道」の旅に出ました。
京橋の「東京スクエアガーデン』横の舗道に植えられた「おかめ桜」に見入っているご婦人に、ふと声を掛けられ、「なんていう桜なんですか?」と質問され、 「紅色が濃い、花が下向きである」ことから、「おかめ桜です」と教えて差し上げました。 ここで言う「おかめ」は美人、愛嬌があるという意味で命名されています。 そして翌日、日本橋は室町小路を散歩して、満開の「おかめ桜」を堪能してきました。
「神茂」さん周辺の、桜は必見です。お早目にどうぞ。
「デビュー50周年記念 池田理代子―ベルばらとともにー」展開催中―日本橋高島屋
「ベルサイユのばら」が週刊マーガレットで連載開始となったのは1972年確か5月だった。以来毎週楽しみに発売を待っていた。勤め人になっていたのでちょっと恥ずかしく顔なじみの本屋は避けて購入場所をあちこち変えたのを懐かしく思い出した。多分私たちが「大人になっても漫画を読んでいる」最初の世代でしょう。やはりそれには「ベルばら」の影響大と感じます。会場にはその原画が展示され、それぞれの場所に舞台化された宝塚の公演写真が添えられている。漫画の吹き出しを〇十年ぶりに読みながら、いつの間にかアントワネット、オスカル、フェルゼン、アンドレなどの物語に夢中になっていた時代にタイムスリップ。会場には何と宝塚での衣裳まで展示されていて写真OK。高島屋さん有難う。
50周年インタビューのビデオの中の池田理代子さんの巻き髪が似合う変わらぬ華やかさはどこか彼女の登場人物に似ているよう、50代目前で少女時代の夢だった音楽学校に入りオペラ歌手として舞台に立ったのもよく知られているところです。オスカルとフェルゼン様に再会してまたまた元気になりました。 「デビュー50周年記念 池田理代子ベルばらとともにー展」日本橋高島屋8階ホール 3月20日まで 10時30分から19時30分まで最終日は18時まで 大阪、京都、横浜高島屋へ巡回します。 入場料一般800円 ゲゲゲの人生展〔松屋銀座〕
現在、松屋銀座の8階イベントスクエアで、「追悼 水木しげるゲゲゲの人生展」が開催されています 期間は、3月8日(水)から20日(祝・月)までです。 本展は、「ゲゲゲの鬼太郎」の作者である水木しげる氏の人生の軌跡を辿るもので、水木氏の作品や、書斎の再現、水木氏が世界を旅して集められた妖怪コレクション、奥様へのインタビュー映像などが、展示・放映されています 水木氏の少年期の習作のすばらしさ、デッサン力の確かさが確認できる展示会です また、「総員玉砕せよ」に描かれたご自身の戦争体験が、その後の水木作品に与えた影響なども、考えさせてくれるイベントです 水木氏が世界を旅して集められた妖怪コレクションのコーナーは小部屋のようになっており、圧倒されます 会場には、1か所だけ写真撮影が可能なスポットがあります 松屋銀座のHPはこちら ⇒ 河東節開曲300年記念「助六由縁江戸桜」―三月大歌舞伎―歌舞伎座
「助六」は歌舞伎十八番の中でもよく上演され歌舞伎に余りなじみのない方にも知られている演目の一つですが、今回は成田屋が「助六」を上演する時だけ演奏する河東節が始まって300年を記念しての上演です。「助六」は人気狂言なので成田屋以外の役者さんも演じますが、其の時は外題が「助六曲輪初花桜」「助六曲輪菊」等となり河東節ではなく長唄や清元と替わるのは皆様ご存じのことと思います。「助六」と河東節の組み合わせがいつから始まったのか、今月の筋書きに古井戸秀夫さんが執筆されているので引用しますと「二代目團十郎の「助六」の初演は正徳3年(1713)。再演は3年後でその時から江戸節の浄瑠璃による「助六の出端」がつくことになる。語ったのは元祖河東。詞章はほぼそのまま現在まで語り継がれている」とのこと。元祖河東の生家は岡山藩御用達の日本橋の魚問屋で天満屋。築地本願寺に墓碑があり「酒と遊芸に遊んで豪家を破産させた」とあるそうです。(見に行かなくては)新潮日本人名辞典にも「江戸半太夫の門下で出藍の誉れ高く享保元年独立」とありました。
さて、お芝居です。幕が開き口上を述べるのは1月襲名した三代目右團次、作品の由来の説明(助六の鉢巻、下駄、蛇の目は江戸時代は贔屓筋のご祝儀でしたが、今回の鉢巻も魚河岸からのものだそうです)のあと「河東節ご連中様お始め下さい」の挨拶と共に舞台正面の朱塗りの大籬の御簾の中から三味線が聞こえはじめ、客席の興奮が段々高まってくるのがわかります。助六の出で興奮は最高潮。揚巻は雀右衛門、意休は左團次、白酒売りは菊五郎さんです。通人役の亀三郎さんがご自身の5月の襲名公演のPRで笑いを取っています。
桟敷席に舞妓さん4人をみかけました。「?!」幕間に売店で声をかけてみました。「うちら京都の祇園からどす」と返されました。やはり海老様凄い人気ですね。同行者も「睨んでもらうと風邪が治る」と信じています。「今日は少し舞台から遠いので(凄い人気で今日は6列目)効き目が薄いかも・・」と憎たらしい。 売店で見つけたのは「走井の鳩もなか」(250円)夜一幕目の「引窓」(「双蝶々曲輪日記」)の舞台が「翌日の放生会の供物の準備をしている」という設定なのでその放生会が行われる石清水八幡宮の鳥居前で営業している「走井餅本舗」の新作です。それにしても毎月よく探し出してくるものだと感心しています。
中に藤十郎さんと仁左衛門さん二人の「女五右衛門」。「絶景かな」の石川五右衛門を女にしたパロディですが、満開の桜の咲き誇る南禅寺山門の舞台の美しさ。大物二人の贅沢な組み合わせとあって目を奪われる一幕です。
三月大歌舞伎は27日千穐楽 チケットのお問い合わせはチケットホン松竹0570-000-489 10時から18時まで |
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