[まぴ★]
2014年3月13日 15:00
銀座コアビルの7階にあるレストラン。
イタリアンをベースに和とフレンチを融合したお料理だそう。
店内が何しろ広くて立派で、最大250人のパーティもできるみたいです♪
この日は女子2人で、OZmallのプランのランチで予約しました(*^^*)
店内もとってもいい雰囲気ですが、テーブルセッティングもゴージャスです★
ごぼうのポタージュ
パンも美味しい♪
前菜盛り合わせ(ズワイ蟹とポテトのプチタルト、大山鶏のテリーヌ、根菜のラタトゥイユ、サーモンマリネ)
カニやサーモンとシャンパンがばっちり★
飲み足りなくなり、濃いお料理に合わせてイタリアの赤ワインを♪
フェットチーネ オマールエビの濃厚なアメリケーヌソース
牛ロースステーキ 柚子風味のジャポネソース
デザートは銀座プリン★
シェフが野菜ソムリエの資格をお持ちだとかで、野菜の焼き菓子も販売されていました。
お料理どれも美味しく、大満足のランチでした(*^^*)
銀座クルーズクルーズのホームページ
[kimitaku]
2014年3月13日 13:00
浜離宮恩賜庭園では、今菜の花が見ごろです。
園内を散歩しました。
大手口から入ると紅白梅が満開です。
更にまっすぐ進むと,大雪のあとにも関わらず、菜の花が咲き誇っていました。
多くの花房をのぞくと、やはり雪で花弁が痛めつけられています。小道を散策。汐留のホテル群が日に輝いています。
「御亭山」(おちんやま)まで、足を伸ばしました。まだまだ冬の風情です。
山のふもとに,スイセンが咲いています。
ここは北風のあたらない場所の様です。
ニャンコもこのすぐそば「松のお茶屋」でお昼寝タイム。
菜の花は中旬には、満開の表示がありましたが、これから暖かくなるにつれ、多くのお客様の眼を楽しませてくれるでしょう。
[下町トム]
2014年3月13日 09:00
中央区はグルメの町でもあります。日本橋、銀座、築地、人形町・・・・おいしい店をあげたら数え切れません。
いつもは手ごろな値段のお店を探索して気軽に食事を楽しんでいますが、たまにはちょっと気取って高級フレンチを楽しんでみたくなります。
この日は、銀座一丁目にある「レストラン ドン・ピエール」を訪ねてみました。もともと「ペリニィヨン」という名前で30年の歴史を誇る老舗です。昨年京橋の店と融合して新たに「レストラン ドン・ピエール」として再スタートしました。
決して気取らない温かな雰囲気の店内には、大切なゲストを迎えてわくわくするような雰囲気があふれています。メニューには食指をそそられる品が並んでおり迷ってしまいます。特にステーキは柔らかくジューシーでとろけるようです。テーブルのたたずまいも非日常空間をたっぷりと楽しめるようにセッティングされています。隙のないサービス精神に脱帽します。
デザートも充実しています。今回はプリンをいただきました。ほのかな苦みと深い甘さが口の中で広がります。コーヒーを飲みながら今日いただいたものを振り返るのも至福のひとときです。大都会の真ん中でこうして落ち着いて食事を楽しめるなんてなんと贅沢でしょう。
お店の方にうかがったところ、今月20日にグランドオープンする「コレド室町」1~3のうち、「コレド室町2」地階に、系列店としてコンソメスープ専門店「ジュレ・ドール」を出店されるそうです。常に新しい形の味覚を求める姿勢に感心します。
中央区にまた新しい味のスポットが増えるのは楽しみなことです。
しっかり満腹、すっかり満足、のまま家路につきました。"銀座フレンチ"はとても魅惑的な美食でした。
[kimitaku]
2014年3月12日 18:00
3月6日の午後、中央区主催「船上ガイド研修会」が開催されました。
江東区高橋乗船上から船に乗り、江東区の小名木川をでて隅田川を下流に。中央大橋を右に見て相生橋をくぐり、豊洲貯木場へ。
豊洲運河から船は東進し、砂町運河、南進して曙運河から東京湾へ。
このあたり、多くのオリンピック施設が建設されます。
その後、西進北上して東雲運河から晴海埠頭へ行きました。
左手にレインボウブリッジが美しいです。このあたり波も高く大きく揺れ、船の醍醐味を。
晴海客船ターミナルの左手がオリンピック選手村になるとのこと。
船は朝潮運河を右に見て隅田川へ、月島埠頭の冷蔵施設が圧巻です。
新橋方面に抜ける環状2号線(俗称マッカーサー道路:近年開通予定)橋梁工事現場、そして築地市場から勝鬨橋へ。
聖路加(せいるか)病院から右手に佃島。
海からの佃の家並はとても素敵です。 海からの景観が大切に造られて居ます。
中央大橋をくぐると、後方に石川島マンション群が逆光に美しいです。
そして、日本橋川から豊海橋。繋留中のて釣り船がアクセントに。湊橋では帆かけ舟のエンブレムを発見。
無粋な首都高を屋根にさらに船は西進。
日本橋双十郎河岸に着岸。
これから、中央区は海への門戸を拡大するそうです。
[ジミニー☆クリケット]
2014年3月12日 13:00
3月中旬なのに、寒いなあと思いながらの出勤途上、亀井橋公園でみごとな霜柱を見かけました。今年は3月6日が啓蟄で、啓蟄とは、大地が温まって冬眠していた虫たちが穴から出てくる時季のはずなんですけどねぇ
その亀井橋公園は、銀座と築地を結ぶ亀井橋の横(北側、下を首都高速道路が走っています。首都高速が走る前は築地川が流れていました)にある公園で、公園の広場にはペレニアルガーデンという宿根草の花壇があります
下の説明板のまわりの地面一面に、霜柱がみっしりと立ち上がっていました。なんでも、関東地方の関東ロームは土の粒子が霜柱を起こしやすい大きさであるため、霜柱ができやすいとのこと。へぇ~
ちなみに、亀井橋の名前の由来は、明治5年の「銀座大火」の後、この地に縁のあった元津和野藩主、亀井茲監(これみ)子爵が、私費を投じて、木橋を架けたことによるものだそうです
なにはともあれ、亀井橋公園の桜が満開になる暖かい春はもうすぐ(のはずです)
[巻渕彰/写楽さい]
2014年3月12日 09:00
近年、住んでいる土地や地形への関心が高まっている。中央区の地形の成立は、江戸前島と呼ばれる半島状の砂州を中核として、その後、周辺が埋め立てられた、といわれている。
今回の歴史散歩は、その江戸前島の周縁付近を歩きながら沿道の名所旧跡を、4月、2回にわたって探訪するコース。主催は中央区まち歩きボランティアガイドの「中央区文化財サポーター協会」
→ただいま、申込受付中! 詳しくは「区のおしらせ中央」 3月11日号をご覧ください。こちら>>
(左図)「江戸の原型」(鈴木理生著『江戸はこうして造られた』ちくま学芸文庫版、2000年1月発行、p21から部分) (右図)国土地理院の電子国土ポータルサイトから「土地条件図」と「明治前期の低湿地図」を合成
江戸前島と現代の地形を見ていこう。
左図で中央の半島状一帯が江戸前島と呼ばれている。御茶ノ水と記された本郷台地の南に位置し、日本橋台地ともいわれる。尼店が日本橋付近で、将門首塚は大手町辺りであろうか。江戸前島の西は日比谷入江、東が海上である。
この江戸前島の地形をもとに江戸が造られていったといわれている。神田山を取り崩して日比谷入江を埋め立て、旧平川を外堀や日本橋川の源流とし、堀割で水路をつくる。旧東海道は江戸前島の尾根部辺りを通したとされる。江戸初期の町の様子は絵地図『武州豊嶋郡江戸庄図』が物語っている。
右図は最近公表された、地形構造が分かる最新データである。中央に逆「く」の字に折れ曲がった黄色の場所は「砂州」と分類される微地形で、左図の江戸前島とほぼ重なることが分かる。東京駅辺りはやや異なるが、新橋辺りが江戸前島の南端であることは合致している。右図は明治前期、つまり幕末期の中央区の姿ともいえる。水路が張りめぐらされ、月島はまだ存在しない。
この2図を重ね合わせると、今日の中央区中心部は江戸前島と呼ばれる砂州から誕生したといえるようだ。では現在、その痕跡はあるのだろうか。晴海通りや永代通りを東西にわたる地点で標高差を調べてみると、江戸前島の尾根部、現在の中央通りは周辺より標高(海抜)が高くなっている。外堀跡や楓川跡は江戸前島の外縁部付近と思われる。
今回の歴史散歩は中央区の地形形成の原点を探り、江戸・東京の歴史を見つめる、これまでにない新しい試みである。@巻渕彰