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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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思いの儘 <浜離宮恩賜庭園>

[サム] 2014年3月18日 14:00

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 先の記録的な大雪で、都内の公園でも倒木・枝折れの被害が広範囲に発生しました。浜離宮恩賜庭園も例外ではなく、一時期、倒れた木や落下した枝葉で園路が塞がり、頭上枝折れ箇所も多数あり、安全確保のため一部通行が不能となりましたが、漸う梅園周辺に関しては撤去作業も終了し、遅咲きの梅も咲き揃い、仄かな甘い香りを漂わせています。

今回取り上げるのは「思いの儘」。

古典的な漢字の名前が多い梅の中にあって珍しい命名で、"変わり種" とされる野梅系の八重咲きの中輪。

一本の木に紅・淡紅・斑・白の4色の花が混じり合って咲きます。

年によって、どこに、どういう混じり具合で咲くか、特定されず、毎年様相を異にすると云われています。

梅自身 "思いの儘" に咲き分けているのかも知れませんが、ここにも自然の神秘性を感じざるを得ません。

年替わりの色彩パターンを楽しみにしているファンも多いとも聞きます。

 

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山岸荷葉  日本橋生れ、日本橋に死す《3.10東京大空襲》

[与太朗] 2014年3月18日 09:00

IMG_0269.jpg 3月といえば、まず3年前の3.11東日本大震災ですが、東京人としては69年前、10万人もの命が奪われた3.10東京大空襲も忘れることが許されない惨害ですね。このとき、浜町の明治座に避難して命を落とした方々の中に、日本橋生れの小説家・劇評家・書家の山岸荷葉(1876-1945)の名があります。

 山岸荷葉は本名・惣次郎、当時のメインストリート本町通り、通油町(現在の日本橋大伝馬町)にあった硝子・眼鏡問屋の加賀屋(通称加賀吉)に生れました。同じ町内に育った文化人に川尻清潭、長谷川時雨がいます。時雨の『旧聞日本橋』には、彼女の父が大店加賀吉を会場にして憲法発布の祝賀の演説をしたとあります。

 彼は幼少から書道に秀で、書家巌谷一六門下で神童といわれ、(後には「かがのや流」で一家をなします。) 一六の息子小波の紹介で硯友社に入り、尾崎紅葉の下で小説家となります。代表作『紺暖簾』をはじめ明治期の日本橋の商家や花柳界を舞台に下町情緒を描いた作品は「日本橋文学」と呼ばれました。後年は演劇に関心を移し、荷葉翻訳の劇を川上音二郎一座が明治座で上演するなど、西欧演劇の大衆化に貢献したほか、歌舞伎の劇評にも腕を揮いました。彼の人柄は気さく・洒脱で誰からも慕われたといわれます。画家の鏑木清方とは互いに心を許す友人でした。

IMG_0828.jpg 昭和20年3月10日の大空襲には、自宅に近く、翻訳劇を上演した縁もある明治座の建物に避難したが、ここも被災して落命。硯友社最後の文人,山岸荷葉は日本橋に生れ育ち、日本橋を描き、日本橋で生涯を閉じたのでした。享年69歳でした。

 【写真上】 旧通通油町の現在、大伝馬本町通り。石町通り(現在の江戸通り)に電車が走るまでは、こちらが幹線道路で、大店が   軒を連ねていました。江戸時代には蔦屋重三郎の書肆・耕書堂もここにありました。

 【写真下】 谷中霊園にある山岸家の墓。近くにある川上音二郎の銅像台座には、荷葉書の碑文が彫られています。

 

 

築地はじめ鮮魚店

[杏葉牡丹] 2014年3月16日 09:00

築地・明石町エリアのランドマークと言えば、市場と本願寺と聖路加国際病院。

狭い中に全く違うものがあるので、ちょっと道一本隔てただけで、雰囲気が全く変わってしまいます。

特に6・7丁目辺りは、かつては小田原町と呼ばれていた場所で、昭和の初期に建てられた木造の民家や看板建築がたくさん残っていて、隠れ家的なお店の多いエリアです。

一部の築地マニアには「裏築地」などと呼ばれることもあります。


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そんな中で、前を通る度に気になっていたのが、この「築地はじめ鮮魚店」。


鮮魚の販売もしていますが、お昼にはランチがあって、夜にはお酒も飲めるとのこと。

ランチのメニューには、美味しそうな旬の鮮魚が常に並んでいます。


たまたま最近、築地を紹介した本の中では1番だと私が思っている、おざわゆきさんの「築地はらぺこ回游記」の中に、ご主人は場外市場にあった「魚河岸野郎」の店長の渡邊一(わたなべはじめ)さんだったと書いてありました。

そのお店でしたら、確かな目利きで、本当に良い鮮魚があるので、何度も行っていたお店。

ここなら間違いない!と早速ランチに行ってみました。

 

ck1203_20140314 (4).jpgすると、その日のメニューはただ一品「海鮮カレー」とだけ書かれといました。

 

中に入って、渡邊さんに伺って分かったのですが、以前に出した海鮮カレーがとても評判が良かったので『金曜日はカレーの日』ということにしたのだそうです。

ck1203_20140314 (2).jpg勿論、ただのカレーではなくて、ぷりぷりの海老にイカ、ホタテ、つぶ貝がたっぷり入って、しっかりとだしも効いている、これこそまさに、海鮮カレーという逸品!

限定30食なので、日によっては早めに完売してしまうこともあるとか。

私の後から来店した方は、「今日はまだある?ラッキー!」とおっしゃっていました。

 

ランチ時も夜も、1階は椅子が無くて立食スタイルですが、2階には座敷もあるそうです。(事前にご予約下さいとのこと)

 

ck1203_20140314 (3).jpgそして、後日やっぱり海鮮丼も食べたい~!ということで、金曜日以外の日に行ってきました。

メニューは日替りで、この日は、生ほたてとイクラ丼、天然生まぐろ中とろ漬け丼、上しらすに生うに丼の三種類で、いずれも小鉢(この日は山長の玉子焼き)、漬物、あら汁つき。

こんな豪華なメニューなのに、なんと千円!

限定20食です。

 

私が頼んだのは、生ほたてとイクラ丼。

本当に新鮮でほのかな甘味を感じる生のほたてが、丼にたっぷりのっています。

しかも、イクラがのっている大葉の下にまで、キッチリ、とほたてがあるのです。

もう幸せ~っ!と顔が綻んでしまいます。

あら汁は、お椀を近づけると、とても良い匂いが!

魚のあらのだしが本当によく出ていて、さすがにです。

小鉢は、築地市場の山長さんの玉子焼きで、こちらに漬物が付きます。

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やっぱり魚の目利きのお店、本当に大満足でした!

 

夜には、刺身や焼き魚、煮魚等、渡邊さんがその日仕入れた新鮮な魚のメニューが並びます。

本当に美味しい魚を食べたいっ!と思ったら、絶対にオススメのお店です。

 

 

築地はじめ鮮魚店

築地7-16-14

電話(6264)0873

 

 

日本橋から日光街道、奥州街道へ

[銀造] 2014年3月15日 14:00

 日本橋で熈代照覧を見て、日光、奥州街道への旅の夢を膨らませ、歩き始めました。

日本橋ユイトの角を右折し直進します。

この角は、日本初の  眼鏡専門店である村田眼鏡店さんの手前です。

両側には大手製薬会社のビルがあります。「くすりミュージアム」まで来ると、

高速道路にぶつかります。高速道路の向こうは、小津和紙さんの店舗ビルが見えます。

本町2丁目か本町3丁目の横断歩道を渡ります。

 そして、小津和紙さんのビルを左手にして、直進します。

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江戸時代から続く、刷毛の専門店、江戸屋さんの向かいは、現在駐車場になっています。

その片隅に、黄銅色の石碑があります。これが、日光街道道標です。

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 そのまままっすぐ行くと、横山町の問屋街で、道なりに進むと浅草橋の交差点に出ます。

ここでは、浅草橋、浅草見附跡へ行くには、地下道を利用します。

  交番のところが、郡代屋敷跡、そして浅草橋、浅草見附跡の説明版があります。

 ただ単に、日光街道を正直に歩くより、

小津和紙さんのギャラリーを訪れたり、そのビルの裏手にある佐竹大日如来の井戸跡や宝田恵比寿神社を参詣したり、

十思公園内の時の鐘、小伝馬町牢屋敷跡(囚獄 石出帯刀)、かつて囚われていた吉田松陰の無念の声を聴くのも良いかなと思います。

旅のお供には、古地図か安藤広重の名所江戸百景を携えて歩くのをお勧めします。

名所江戸百景が一冊になった本は、中央区観光協会でもお買い求めできます(数に限り有り、ご確認下さい。電話(03-6228-7907)

それでは、良い旅を! 

 

 

「スーパー歌舞伎Ⅱ」幕開けー新橋演舞場

[滅紫] 2014年3月15日 09:00

二人の「並行宙乗り」が話題の「空ヲ刻ム者」を見に演舞場へ。発売日を勘違いして慌てて申し込んだらほとんど満席になっていました。4月の大阪公演も完売状態とか。。。「スーパー歌舞伎」の新作への期待の高さが伺えます。三代目猿之助さんのスーパー歌舞伎第一作の「ヤマトタケル」が上演されたのが86年2月、10か月ロングラン、動員数50万人という一大ブームを起こしたのはまだご記憶の方も多いかと思います。話題になった先月の日経「私の履歴書」で猿之助さんが上演までのあれこれをお書きになっていましたね。それから28年・・・


100_1357.JPG幕が開きパッと照明がつくと浅黄色の裃姿の役者さん勢ぞろいの「口上」です。右近、笑也、笑三郎、猿弥さんの澤瀉屋一門に佐々木蔵之介、福士誠治、浅野和之さんの現代劇俳優がずらりと並び客席大拍手!「冷や汗に顔面蒼白」と佐々木蔵之介さんが笑わせてくれます。

作・演出は人気の前川知大さんです。お話は平安時代、仏像を彫ることの意味に悩む若き仏師十和(猿之助)と農民を救うため都に出て役人になる幼馴染の一馬(佐々木蔵之介)の友情と成長の物語です。「Ⅱセカンド」と銘打っているのは猿之助さんのインタビューによれば「歌舞伎と現代劇が同化するのではなく互いに自立して手を結ぶことで新しいものが生まれてくる」と話しています。お待ちかねの「宙乗り」猿之助さんは慣れたものですが歌舞伎初出演の佐々木蔵之介さんにとっては「全く初めて」です。8日目だっだので少しは余裕が出てきたようで途中から2人で手をつないで空中遊泳するとまたまた大拍手。かなり長い遊泳で大サービスです。宙乗りのあとは「大立ち回り」流石の身体能力でスピード感あふれ舞台狭しと動き回ります。凄い!の一言です。拍手鳴りやまずカーテンコール。それにしても蔵之介さん、「白塗り」ぴたりと決まりすぎ!です。立ち姿も堂々と様になっていてとても「歌舞伎初出演」とは思えない「舞台映え」のする姿です。笑也さんの女盗賊首領もカッコいいですし、文句なしに楽しめます。

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「スーパー歌舞伎Ⅱ」の第一作を是非ご覧ください。

上演記念の限定版チョコレート(500円)29日までです。

チケットホン松竹0570-000-489(10:00~18:00)

 

 

 

第一大学区第一中学区二番小学~久松学校

[橘] 2014年3月14日 09:00

第一大学区第一中学区一番小学校の阪本小学校や泰明小学校は、中央区観光検定のテキスト「歩いてわかる 中央区ものしり百科」にも登場しますが、阪本小学校より1ケ月遅れで創立された中央区で2番目に古い久松小学校は(実は母校なのですが)余り知られていないので、紹介させて頂きたいと思います。

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久松小学校は阪本小学校と同じ明治6(1873)創立なので、昨年(2013)には創立140周年を迎えました。全国的に見てもかなり歴史のある小学校です。

sikitenn.jpg        (2012年に行われた周年関連行事の航空写真です)

               「久松小学校内資料館より」

久松小学校の校名の由来は、伊予松山藩主の末裔・久松伯爵の献金を基に創られた学校なので、校名が久松と付けられました。

 

卒業生には各分野でご活躍された方々がおられます。

政治では、蜂須賀貴族院副議長、川島正次郎氏

建築家又詩人として有名な立原道造氏

テイジンやキャノンのポスター等グラフィックデザイン界をリードしてきた伊藤憲治氏

日本橋や浜町に近いので芸能関係も盛んでした。

 山田五十鈴(女優、文化勲章)、芳村五次郎(歌舞伎長唄、人間国宝)

 鳥羽屋里長(歌舞伎長唄、重要無形文化財保持)、四代目江戸屋猫八(

 帯模写)

等色々な方が各分野で活躍されています。

 

久松小学校の特筆すべき点は、1963年の創立90周年式典に昭和天皇の行幸啓を仰いで以来、節目の10年毎の式典に皇族の行啓・お成りを仰いでいる点です。

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100周年には皇太子同妃両殿下(平成天皇)

koutaisi.jpg               「久松小学校内資料館より」

 

110周年には浩宮徳仁親王殿下(皇太子殿下) 

hirohito.jpg               「久松小学校内資料館より」

 

120周年には秋篠宮同妃両殿下 

akisino.jpg               「久松小学校内資料館より」

 

130周年には常陸宮同妃両殿下 

mikasa.jpg               「久松小学校内資料館より」

 

140周年には秋篠宮妃殿下及び内親王佳子殿下

 

以上の様に10年の節目ごとに此れだけの皇族方にお祝い頂ける小学校は大変貴重であるとともに、大変名誉なことと思われます。

 

私が卒業した1963年頃は1学年160人位いましたが、現在は60~100名位だそうです。しかし、ここにきて中央区の夜間人口の回復努力が実って月島・晴海地区程ではないにしても、久松小学校の区域内でもマンションが増えてきたこと等もあり、本年の入学予定者は30人ほど卒業生より増加するそうで、校舎の建増しも予定されているようです。

 

"強く 正しく 豊かに"を教育目標としている久松小学校に光あり。