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2015年10月20日 19:00
「ものしり百科」では、第2章で「関東大震災から復興したまち並み」という項をおき、「震災復興事業により賑わいを取り戻した銀座」について述べている。(122頁)
ここでは「アクセスが格段によくなった銀座には有名な百貨店が進出し、幅広い客層を受け入れ始めた」と述べられているが、百貨店が銀座へ進出し始めたのは、大震災(大正12年・1923年)の後のことである。
例えば、上野の松坂屋が銀座に支店を出したのは大正13(1924)年で、銀座最古の百貨店であり、初めて土足入店を試みた百貨店であった。
神田今川橋にあった松屋呉服店、現在の松屋デパートが銀座3丁目に銀座営業所を開業したのは、震災約1年半後の大正15(1925)年5月である。なお、商号を「株式会社松屋呉服店」と改称したのは1924年で、商号を「株式会社松屋」に変更したのは1948年である。
さらに昭和3(1928)年6月には、「株式会社三越呉服店」が商号を「株式会社三越」に改めて、昭和5(1930)年4月に銀座店を開店した。こうして、松屋、松坂屋、三越の三つのデパートが出そろったのであった。
銀座松坂屋(大正(不詳))中央区観光協会サイト「移り行く街の姿・建物」
銀座松屋(昭和4年)中央区観光協会サイト「移り行く街の姿・建物」
銀座三越と服部時計店 (1933年10月)(wikipediaからコピー、public domain 確認済)
昭和7(1932) 年には、銀座の象徴ともいうべき服部時計店ビル(現在の銀座和光本店)が完成する。「建て替えは大正年間に計画されていたが、関東大震災の影響で工事は大幅に遅れた。その結果、耐震性を強めた鉄骨鉄筋コンクリート造の建物が誕生した」(ものしり百科;38頁)ということである。
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2015年10月16日 18:00
「ものしり百科」では、「震災復興事業により賑わいを取り戻した銀座」として、
>明治43年(1910)、日本橋区小網町に東京で最初のカフェー「メイゾン鴻乃巣」が開業した。翌年3月には銀座初のカフェー「カフェー・プランタン」がオープンし、・・・同年8月には、現在の銀座5丁目角に3階建ての「カフェー・ライオン」が開店した。・・・・・大正期に入ると、「カフェー・ライオン」の成功が呼び水となり、銀座煉瓦街にはカフェーの開店が相次ぐ。そして銀座は、大正ロマンの香り漂う、華やかな時代を迎えていく。
と述べられている。(122頁)
荷風も盛んにカフェーに足を踏み入れており、大正15(1926)年11月20日の日乗では、当時のカフェーの様子を詳しく述べて、「太牙は震災の翌年春頃より開店し、尾張町の獅子閣と相対して今やその繁栄遥に優るといふ。銀座通にはこの他に松月、銀武羅など呼べる酒肆あり」と述べる。
荷風も述べているように、開店は「カフェー・ライオン」(獅子閣)が早く明治44年、築地精養軒の経営であった。タイガーはそれを追って大正13(1924)年に出来た。
荷風は、大正末頃から昭和の始め、特にこの「カフェー・タイガー」(太牙)に足繁く通っている。昭和2(1927)年9月28日には、カフェー・タイガーの女給お久に130円という慰謝料?を払ったりしている。
タイガーは、一時は女給が200人もいたほどの大型店。菊池寛が多数の友人や文藝春秋の社員を連れてきては、さかんにビールを飲んだ。「銀座行進曲」(昭和3年)には、「タイガー女給さん文士が好きでライオンウェイトレスレディ気取り」とある。
「カフェー・タイガー」(Wikipedia からコピー)
カフェーとは、本来は喫茶店であるはずであったが、その頃のカフェーの性格は純然たるバーであった。
[橘]
2015年10月16日 09:00
例年通り10月19日(月)、20日(火)にべったら市が開催されます。日本橋大伝馬町の辺りでは
着々と市の準備が進められています。
べったら市と言えば"切り山椒"ですね。
"切り山椒"は"ぎゅうひ"の様な感触で、丁度"すあま"に山椒が入った様な大人の味です。
"切り山椒"はべったら市の期間だけ「梅花亭」小伝馬町店で販売されます(霊巖島の本店でも
買えるはずです)。又、「梅花亭」ではこの期間だけ"喜利羊肝"(栗蒸し羊羹)も販売されます。
べったら市に行かれたら、べったら漬けだけでは無く、是非ともとっても美味しい"喜利羊肝"と
縁起物の"切り山椒"をお試し下さい。
"梅花亭"小伝馬町店
住所:中央区日本橋小伝馬町12-5
TEL:03-3661-7604
*日比谷線小伝馬町駅1番出口すぐ横ですが、間口が1間位の小さなお店なので
見逃さない様ご注意下さい。
**"切り山椒"と"喜利羊肝"の写真は以前のものです。
[pont]
2015年10月14日 16:00
10/25(日)まで、東銀座の
歌舞伎座で「芸術祭十月大歌舞伎」が
開催されています。
どれもすばらしい演目ですが、
昼の部では「矢の根」一幕、
夜の部では「壇浦兜軍記」一幕が
親しみやすい作品です。
一幕だけ見られる4階の自由席の
「幕見席」で見れば、もしも混んでて
立ち見になっても
たいしたことのない上演時間です。
お値段も1,500円程度と
指定の通常席で見るよりも
はるかにリーズナブル。
「矢の根」は歌舞伎十八番の
荒事の豪快さ、「壇浦兜軍記」は、
遊君阿古屋役の玉三郎丈の、
琴・三味線・胡弓の
演奏を楽しむことができます。
芸術の秋、伝統芸能を
お楽しみいただければと思います。
[巻渕彰/写楽さい]
2015年10月13日 14:00
中央区立郷土天文館(タイムドーム明石)で、企画展「谷崎潤一郎と日本橋~文豪のルーツをたどる~」が10月10日(土)からはじまった。日本橋蛎殻町で生まれた谷崎は「細雪」「春琴抄」「谷崎訳源氏物語」などの作品を執筆した作家で、ことし没後50年を迎えたことから企画展を開催したもの。会期は12月13日(日)まで、月曜休館、入場無料。同館HP こちら>>
展示は2部に分かれている。第1部は「谷崎潤一郎と日本橋」で、自身の回想録「幼少時代」(昭和30年掲載)をもとに、誕生から阪本小学校、府立一中、一高、帝大と日本橋界隈で過ごした様子や町の情景を、幼少時代の文章とともに写真や絵画で紹介している。当時、谷崎が投稿した雑誌や原稿なども展示されている。
第2部は「文学作品の世界」で関東大震災後、活動拠点を関西に移し、創作に精力を注いだ。「細雪」の原稿や家族の写真などゆかりの資料が一堂に展示されている。生涯研究の集大成である「潤一郎新訳源氏物語」(昭和30年刊)の愛蔵本や装画なども見どころである。晩年の作品を彩った版画家棟方志功の装丁・装画などの貴重な資料も揃っている。
関連企画として、ギャラリートークやシンポジウムの開催が予定されている。@巻渕彰
[サム]
2015年10月12日 14:00
10月10日、築地波除稲荷神社では、秋の実りを感謝する「お初穂祭」が開催されました。
9:30から祭典執行の後、参拝者には旧暦の重陽の節句(菊の節句・栗の節句)に因み、食用菊を「萬歳楽 <菊のしずく>」(石川県白山市小堀酒造店)に浮かべた「菊酒」が振る舞われました。
菊酒とは、菊の花びらを浸したお酒のことで、その芳香と高貴な気品により邪気を祓い、寿命を延ばすと考えられており、早朝に菊花に溜まった朝露を飲むと長寿を保つとも伝わるようです。
江戸末期に焼失した「厄除天井大獅子」が、石川県白山市在住の加賀獅子頭の木彫師知田清雲氏の手により再興された縁で、現在、神社の「お神酒」は白山市在の「萬歳楽」醸造元 小堀酒造店で醸されています。
13:00からは、古来から宮中などで行なわれていた素手で触れずに魚をさばく「四條流 包丁式」の奉納が境内で執り行なわれました。
因みに今年は昨年同様 "鯉" 、一昨年は "蛸" だった由。
尚11月23日の、収穫を祝う 波除神社秋季大祭 新嘗祭では、石川県白山市鶴来の御神饌田の稲より造られた濁り酒「幸穂」が振る舞われる予定です。