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中央区観光協会実施の「中央区観光検定」に合格し、特派員登録をした観光ボランティアメンバーによる中央区の“旬な”情報をご紹介。

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「日本橋」名の由来

[CAM] 2016年6月23日 16:00

 歴史・由来を考える場合に、絶対に行ってはならないのは、「後知恵」で判断することであり、常に当初の時点に立って考えるという態度を失ってはならないのではないか。 

 

 例えば、日本橋の橋名について、『ものしり百科』では、「橋名の由来には諸説あるが、幕府が編さんした地誌『御府内備考』には、『この橋、江戸の中央にして、諸国の行程もここより定められるゆえ、日本橋の名ありと云ふ』と記されている」と述べている(116頁)。この説明は、「橋名の由来には諸説あるが」と言っているし、もちろん誤りではない。しかしながら、『御府内備考』とは文政12年(1829)に幕府が編纂した地誌である。 

 

日本橋は、慶長8年(1603)、徳川家康によって架けられたとされる(『ものしり百科』26頁)。この架設当時は、家康公入府の天正18年(1590)から、まだ10年程度しか経過しておらず、この周辺もまだ葦や薄の生い茂る荒涼たる地帯であったはずである(『ものしり百科』116頁)。それを、その後、230年近くも経過した後に、"お上"が編纂した地誌だけを橋名の由来根拠にしてしまうのは、あまりにも乱暴ではないだろうか。 

 

 池田弥三郎氏は、『日本橋私記』のなかで、「わたしの(日本)橋名起原説」として次のように述べられている。

(1) 日本橋は、もと日本橋川(当時その名はなかったが)に架けられていた、粗末な橋で、その橋の様子から「二本橋」と言われていた。

(2)それが、江戸の町の造成につれて、立派に改修されていき、その途上で、誰言うとなく、二本橋は日本橋だと言われるようになっていった。

(3)そして、誰言うとなく言い出した「日本橋」という名を、誰もが素直にうけいれられるように、日本橋はにぎわしくなり、付近は日本の代表の土地となり、さらに全国里程の中心となり、五街道発足点ともなっていったために、ますます「日本橋」の名がふさわしくなっていった。

――と、こういうような筋道が考えられるのではなかろうか。 (48) 

 

 最近の書物では、『ものしり百科』もそうであるが、(1)の部分は略して、はじめから(2)(3)の経緯を述べるものが多いように思われる。しかし、池田氏が言うように、橋の名に限らず、地名というものは、そもそも単純で端的、直観的な名づけられ方をされるものであること等を考え合わせれば、起原としては(1)の段階があったと考えるべきではないかと思う。

 

 

ひば油〔青森県特産品センター〕

[ジミニー☆クリケット] 2016年6月23日 14:00

青森県のアンテナショップ「青森県特産品センター」のご紹介です

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住所は、新富1-3-9東光ビルの1階、新富1丁目交差点の一角です。

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東京メトロ有楽町線新富町駅下車、3番出口からは徒歩5分都営浅草線宝町駅下車、A1番出口からは徒歩6分東京メトロ日比谷線八丁堀駅下車、A3出口からは徒歩5分の場所にあります

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6月16、17、18日の3日間は、「26周年セール」が行われていたとのことです

歴史があるんですね

海の幸山の幸畠の幸青森県の特産品でお店があふれかえっています

このお店に来たのには目的があって、それは「青森ひば油」を購入するためです。

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我が家の愛犬の脇腹に、100円玉大のハゲができており(毛がフサフサのため、いつからできていたのか不明)、さっそく、「ワンちゃんの皮膚病の悪化を防いでくれる」という「青森ひば油」の情報をインターネットで入手

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ひば油という油があるのも知らなかったのですが、ひば油は 「青森ひば」という樹木から抽出されるオイルで、100㎏の木からわずかに1㎏しか取れない貴重なものだそうです

ひば油には、ヒノキチオールというフェノール系の物質が1~2%くらい含まれていて、このヒノキチオールには、 とても優れた雑菌・カビ・ダニなどの増殖を抑えてくれる作用があるそうです。

はたして、愛犬のハゲに効果はあるのでしょうか

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なお、店内での写真撮影については、ご了解をいただきました。ありがとうございました

青森県特産品センターのHPはこちら ⇒

http://www.aomori-shop.com/index.htm

 

 

「室町」という地名の由来

[CAM] 2016年6月23日 14:00

ある講座で、講師の先生が、京都に在る越後屋京本店についての絵図(「京本店絵図」三井文庫所蔵史料)の中に「室町通り」という表示があることについて、「京都 "にも" 室町があるのですね」と言われた。この表現はおかしい。京都の室町の存在が(はるかに)先で、東京日本橋の室町はその(かなり)後のネーミングであるはずだからである。

言葉尻をとらえるようだが、こうした(専門家でさえもが)無意識に?おかすミスというのは、大阪・京都が先進地帯であって、後進地域である江戸が関西に伍することができるようになったのは、江戸時代もかなり後期になってからであることをつい忘れてしまうからではないか。

 

ちなみに、「日本橋室町」の地名の由来については、中央区のHP「地名の由来」では、

「京都の室町にならったという説と商家が多く集まっており、その土蔵(室)が立ち並んでいたためという説があります」と説明されており、『ものしり百科』では、「昭和6年、中沢彦吉の発案により、めでたい名を選んでつけられた」としている(173頁)から、「京都の室町にならった」という断定はできないかもしれない。

しかし、少なくとも「京都"にも"室町がある」という表現はおかしいだろう。

 

 

橋について考える

[皐月の鯉の吹き流し] 2016年6月23日 09:00

勝鬨橋 かちどきばし、永代橋 えいたいばし、清洲橋 きよすばし 「~ばし」と濁って発音しますが、橋の銘板は 「かちどきはし」、「えいたいはし」、「きよすはし」と書かれています。

以前より、なぜ「~ばし」と発音は普通濁るが、銘板は「~はし」と書かれているのか 疑問に思っていました。

これは、「~ばし」と発音が濁ることが川が濁ることに通じるのを嫌ってのこと (あるTV番組の解説より) ということでした。

そこで、中央区のいくつかの橋の銘板は「~ばし」か、「~はし」か 見てきました

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永代橋_10.JPG永代橋_01.JPG

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勝鬨橋_02.JPG勝鬨橋_01.JPG

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茅場橋_01.JPG茅場橋_02.JPG

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三吉橋_052.jpg.

. 中央区役所前の三吉橋

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南高橋_01.JPG

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.南高橋_02.JPG

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豊海橋_02.JPG

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豊海橋_01.JPG

「~はし」と書かれたものが 多いと思っていましたが、調べたかぎりでは同じくらいでした

 

 

山野楽器 演歌まつり"元祖ぎんざ演歌まつり2016"春の部

[銀造] 2016年6月22日 18:00

銀座4丁目の銀座山野楽器本店で、

「山野楽器各店にて演歌/歌謡曲商品1点お買い上げごとに専用応募はがき5枚セットを差上げます。ご覧になりたい回をご指定の上、ご応募下さい、各回抽選でご招待いたします。ご応募締切:2016年5月20日(金)消印分まで有効」というチラシを入手して応募したところ、招待状が届きました。

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私は、大江裕さんと羽山みずきさんの出演する6月20日に応募して、素敵な歌を聴いてきました。

 

銀座本店に着きますと、北島三郎さんのデビュー55周年を祝うイベントが開催中でした。

後で、さぶちゃんの黄金像と大江裕さんとのツーショットの写真を撮影できました。

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羽山みずきさんは、「出羽三山から舞い降りた歌う巫女さん!」という触れ込みです。本当に昨年まで巫女さんのお仕事をなさっていて、今春デビュー3か月とのことです。

デビュー曲「紅花慕情」と「折鶴海峡」を披露してくれました。澄んだ声と初々しい話し方、清楚という言葉と可憐という言葉のどちらで表現したらい良いのでしょう。すっかり、ファンになりました。

 

大江裕さんは、早やデビュー9年目とのことで、声量も豊かで、ベテランの域です。デビュー曲の「のろま大将」と新曲「こころ雨」、さぶちゃんの「函館の女」、「北の漁場」を熱唱してくれました。

「演歌まつり」が終わった後は、それぞれの歌手のCDを買い求め、3P撮影会と握手会に参加。(初めての体験です。どき、どき)写真は、肖像権を考慮して、秘蔵とします。

 

こちらのお店では、ボサ・ノヴァのCDを探して、よく買い求めていました。店頭では、リオ・オリンピック、パラリンピックの開催を控えて、ボサ・ノヴァの名曲、新曲のCDを発売中でした。

最近、いろんなお店でボサ・ノヴァの名曲を耳にします。心地良いですね。 イパネマかコパカバーナの涼風が吹き抜けるような感じになります。私が好きなのは、Garota de Ipanema、Agua de beber、Felicidade などです。

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春の部ということは、きっと秋もあるのですね。

次も応募して、楽しいひと時を過ごしたいと思います。

 

 

名所・旧跡を歩いて、江戸和菓子と出会う(日本橋・茅場町編)

[達磨] 2016年6月22日 14:00

今回は八重洲1丁目、弓矢師の住居と魚市場があった「日本橋(1)・2・3丁目」、今は寂しく感じる「兜町」、葦の茂る水辺と与力・同心の敷地だった「茅場町」・・・外堀通り、八重洲通り、新大橋通り、日本橋川、亀島川に囲まれたエリアを歩きました。

 

和菓子店は明治23年組合結成以来120年を迎える「中央区和生菓子組合」の案内図により、この地区の銘菓を賞味記録として、ご紹介します。因みに6月16日は後醍醐天皇の時代から受け継がれる「嘉祥の祝」を現代に甦らせた「菓子の日」でした。

 

【スタート】銀座線日本橋B1出口(海抜3.8m)国重文「高島屋日本橋店」→中央通りを渡って「桜通り」を歩くと和菓子『長門

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享保年間(1716~1735年)創業で、徳川家に菓子を献上していた老舗「長門」、人気の[久寿もち][切羊かん]は江戸の風を感じる味わいです。

 

東京駅を背にして桜並木を歩く→昭和通りを越えると兜町~茅場町の街並み→坂本小学校「明治6年第一番官立小学の説明版」→3丁目茅場町商店会和菓子[茅場町伊勢屋】     

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いつも餅をつく音が聞こえる『茅場町伊勢屋』は昭和の創業。八丁堀伊勢屋と親戚筋で、伝統の技が光るお店です。売れ筋は豆大福、重みのある「栗どら」。 

            

人気焼き鳥屋もある茅場町商店街を後にします。新大橋通り→「智泉院(区文化財)」→山王祭の余韻「日枝神社日本橋摂社」→「兜の渡し跡」→「東京証券取引所」→「NHK・とと姉ちゃんのロケ地(山二証券)」→みずほ兜町支店の壁に「銀行発祥の地説明板」「海運橋親注」「日本橋」まで近い、日本橋1丁目和菓子『ときわ木

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『ときわ木』は明治43年に創業の老舗。ケース上に置かれた三段重箱に商品見本を披露していただける。写真は評判の「黒糖まんじゅう」、「もなか」は香りと上品な甘さ。三代目が手技で作る生和菓子には、やさしさと美しさがあります。

 

【ゴール】東西線・銀座線・都営浅草線D2口「日本橋駅」(海抜3.1m)

 

 

 
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