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娘あずきの七五三 その2:当日のヘアセット@人形町の古民家サロン「COTON hanare」

[えだまめ] 2018年11月 9日 14:00

子連れ特派員のえだまめです

前回に引き続き、の「娘あずきの七五三」シリーズです。

前回記事はこちら→ /archive/2018/10/lovstphotostudio.html



さて、お参りをする当日の朝になりました。

この日は朝早く行動開始です。

というのも・・・ヘアセットをして、着物を着て、お参りをしよう・・・という計画なので、美容室でまずは髪の毛をセットしてもらうことになっていたのです。

朝一番に向かったのはこちら。

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えだまめがいつもこのお店で髪を切ってもらっている

COTON hanare です。

こちらは人形町・甘酒横丁から一本裏手に入ったところにある古民家リノベーション物件。

こじんまりと落ち着いていて、穏やかな環境です。

そして・・・どうしてえだまめがこのお店で髪を切ってもらっているのか。

それは、「キッズスペースのあるヘアサロン」だからなのです。


小さい子のいる母たちの悩み。それは「いつ自分の髪を切るか」。

ほんと、出産前に読んだ雑誌「たまごクラブ」に

妊娠8か月ごろにやるべきこと→髪を切っておく、と書いてあった意味が

今ならよくわかりますよ・・・。

結んでおけば大丈夫でしょ?と思ってた私はバカでした。

結んで垂れ下がった髪の毛に赤子はめちゃくちゃ興味を示し、引っ張りまくるんですよ・・・。

そしてそれに気づいて切りたいと思ったときには自由に行けない・・・。

土日などパパたちの休みの日に子どもを預けて・・・というのも手ではありますが

正直それでも心配なことも多かったり。

我が家の場合はあずきを1日見てもらったりすると、

次の1日は使い物にならないくらい一日中寝てる、というトラップにもはまるのです。。。

そんな訳なので、キッズスペースのあるヘアサロン!

というのは神様のようにありがたい存在なのです。

これなら平日のあいている時間を使って髪を切りに行けますから。


もちろん、キッズスペースの存在抜きにしても

アロマを使ったヘッドスパなどもしていただけるので。

そして合間に頂ける美味しいコーヒーで癒されて。

子連れじゃなかったとしても満足していただけるサロンだと思いますよ。

ちなみに、浜町界隈のママ友さんで話していると

人形町の「COTON hanare」(hanare=離れという名の通りこちらが新しくできた方)と

浜町にある「COTON」(こちらがもともとあったところ。本店、といっていいのかな?)

の名前は意外と出てくるのでした。

あずきにしても、ここのキッズスペースで遊んでいるから場慣れしているし

落ち着いてヘアセットできる状態になるのでは・・・と思ったのです。

さて、当日のお話。

自宅から甘酒横丁に行く間。

「おひめさまになりたいひとー?」「はーい!」

なんていう会話を繰り返していたにもかかわらず。

さあはじめるよ、というタイミングで

あずき、イヤイヤ大炸裂。

おひめさまになりたいひとー!「やだ」

え、かわいくなりたいんでしょ?「やらない」

・・・まさかのエンドレスループでした。

ここで助け舟を出してくださったのが

パパさんでもあるオーナースタイリストの萩原さん。

(実はこのCOTONを知ったのは中高時代の友人の保育園パパ・ママ友さん

=萩原さんご夫妻だった、というのがきっかけでした)

タブレット端末で色々な子供向け動画を見られるようにしてくださっていて、

それを貸してくださいました。

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いつもEテレでみている「はなかっぱ」も入っていたので・・・

それで50分間、大人しくじっと椅子に座ってくれました。感謝です。

その間、母えだまめはヘアアレンジ方法を観察。

「ロープ編み・・・自分でもできたらいいなぁ・・・。ふむふむ。」

でも、やっぱりプロの技術はすごいのです。

不器用えだまめ、感心するばかりなのでした。


さて、ヘアセットが終わったらいつも遊んでるキッズスペースをお借りして

着物の着付けに入ります。

COTONでは着付けのメニューはないので、場所だけお借りして

母えだまめが頑張る、という形です。

しかしここでも・・・「いや」「きないよ!」でひと悶着。

ヘアセットだけ・・・の予定だった担当の亀田さんにも

「・・・すみません。手をつないでてもらえますか?」

着せた長襦袢を脱ごうとするのを阻止するお手伝いをしていただいちゃいました。

その後も色々お片付けをお手伝いしていただくなど、最後の最後までお世話になりました。

そんなこんなで、やっと完成!

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ちなみにヘアセット拡大版はこちら。

くるくる巻いてもらい、可愛く仕上げていただきました。

DSC_4117.jpg

いよいよ水天宮でのお参りに出発です!!


COTON

東京都中央区日本橋浜町2-22-3
日本橋イーストDC2F
TEL:03-6206-2188
平日 10:00 ~ 20:00
土日祝日 9:00 ~ 18:00
定休日 火曜日

http://coton-hair.com/

COTON hanare

東京都中央区日本橋人形町2-20-11

TEL 03-6661-7127

平日 10時〜20時 予約最終受付時間 19時

土日祝日 9時〜19時 予約最終受付時間 17時

定休日 不定休

http://www.coton-hanare.com/

 

 

冷凍カテゴリー "近江牛"を中心にご紹介します  ~ここ滋賀-COCOSHIGA-~

[rosemary sea] 2018年11月 9日 12:00

『ギフト、そして自分も楽しむ』をアーティスティックに取材します、rosemary sea です。

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IMG_20181024_133623 (2).jpg1周年の滋賀県のアンテナショップ、ここ滋賀-COCOSHIGA-さん、改めてご紹介させていただきます。

近江牛のお品、まだご紹介をしていませんでした。

今回は冷凍カテゴリーから、近江牛のお品を中心にご紹介させていただきます。

「ここ滋賀」の矢崎さんに今回もお世話になりました。

それでは5品、ご紹介します。

 冷凍カテゴリー第1位~第3位は10月取材時のランクです。

 画像は全てクリック拡大できます。拡大してご覧ください。

 お値段は全て税込価格です。

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IMG_20181024_133118 (2)a.jpg冷凍カテゴリー「第1位」

岡喜(おかき)コロッケ 1,512円

オカキブラザーズ (竜王町)

天保10年(1839年)創業の老舗です。

古くより拓かれた土地を生かした自家農場「岡喜牧場」よりお届けします。

柔らかな肉質と豊かな香りが特徴のオカキの近江牛をふんだんに使用したコロッケです。

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IMG_20181024_133143 (2)a.jpg冷凍カテゴリー「第2位」はこちら。

近江牛まん 918円

(株)天平(てんぺい) (高島市)

高島市朽木の宝牧場の近江牛を使用しています。

その最高級ランクの近江牛と国産野菜を、すきやき風に煮込んで作られた肉まんです。

幅広い年代の方に愛されている長浜のご当地グルメです。

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IMG_20181024_133212 (2)a.jpg冷凍カテゴリー「第3位」はこちらになります。近江牛のお品ではない逸品がランクインです。

あゆの老舗きむら 鮎の一夜干し 756円

木村水産(株) (彦根市)

淡泊にして高尚な味わい、清流で育った新鮮な鮎を柔らかく仕上げてあります。

素材の持ち味を生かした鮎独特の風味をお楽しみください。

フライパン、オーブンなどで焼くだけで簡単に召し上がれます。

天ぷらやフライもおすすめの、鮎の一夜干しです。

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近江牛コロッケ 5個入 1,404円

カルネ・ジャパン (近江八幡市)

近江牛と国産じゃがいも・玉ねぎを使用しています。

近江牛の美味しさを引き立たせるため、その他の材料はシンプルに作られています。

また、揚げたてを急速に冷凍しているため、美味しさそのままです。

レンジで温めるだけの簡単調理で出来上がりです。

ギフトにも最適。

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最後は10月6日(土)放送のテレビ東京「出没!アド街ック天国」【日本橋】にて紹介され、問い合わせ殺到中のお品。品薄状態です。

近江牛 かっぱ焼き 2,138円

近江牛 池元 (近江八幡市)

「かっぱ」とは・・・

牛の前腹の皮と脂身の間の赤いすじ肉。

この特殊な部位の牛肉の余分な脂をしっかり落とした「かっぱ焼き」は、濃厚な味わいなのにヘルシーで大変食べやすい逸品です。

「近江牛のお肉をスライスしたものですが、解凍してそのまま食べていただけるので、とてもお手軽です。」・・・矢崎さん。

ここで「近江牛」のお話・・・

400年以上の歴史を誇る日本最古のブランド牛、「近江牛」。

江戸時代、彦根藩より将軍家に「牛肉の味噌漬け」が献上されました。

品質と美味しさの地位は揺るぎなく築かれ、抜群の知名度となっております。

豊かな自然環境と水に恵まれた滋賀県内で肥育された近江牛は、肉質の霜降り度合いが高く、芳醇な香りと柔らかさに特徴があります。

加えてとろけるような美味しさ、きめ細かく独特の粘りとツヤを持つことから「食べる芸術品」と称されるほどです。

・・・滋賀と言えば近江牛、ぜひご堪能下さい。

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ここ滋賀-COCOSHIGA-

日本橋2-7-1

東京メトロ・都営浅草線 日本橋駅至近、COREDO日本橋のななめ前です。

1階 03-6281-9871  2階 03-6281-9872

営業時間 1階マーケット 10:00~20:00

       地酒バー「SHIGA's BAR」 10:00~23:00

       総合案内 10:00~20:00

     2階レストラン 日本橋 滋乃味(じのみ)

       昼:11:30~14:00(ラストオーダー13:30)

       夜:18:00~23:00(ラストオーダー22:00)

ここ滋賀-COCOSHIGA-さんのホームページはこちら

⇒ https://cocoshiga.jp/

 

 

日本橋発祥のもの

[みど] 2018年11月 9日 09:00

慶長9年(1604年)、日本橋が五街道の起点となってから、様々な産業 や文化がこの街に誕生したことは言うまでもありません。 そしてこの日本橋から誕生した"日本橋生まれ"もたくさんあります。

 

(1)商品券  1830年<にんべん>

鰹節と引き換えるために銀製の薄板が発行されたのが商品券の発祥です。 にんべんの六代目が考案したもので、現在なら3,500円くらいの価値が ある銀製の薄板を徳川時代末期に発行されたとのこと。

 

(2)銀行  1873年<現 みずほ銀行>

初の銀行(第一国立銀行)が兜町で開業しました。 江戸時代に金融経済を統一する目的で、三井組と小野組を中核にした 初の国立銀行が日本橋に設立されました。渋沢栄一が総監役を務めたとのこと。 現在、ここには みずほ銀行兜町支店があり、「銀行発祥の地」の案内板が 設置されています。

 

(3)人力車  1870年

明治3年に人力車の営業許可を受けた和泉要助らが日本橋に初めて 人力車を走らせました。小回りが利き手軽だったために普及しました。 今では全国の観光地でよく見かけ、日本らしさを醸し出しています。

 

(4)郵便制度  1871年

郵便制度を確立したのは、"近代郵便の父"として知られる前島密です。 交通の利便性がある日本橋に駅逓司(後の郵政省)と郵便役所(現在 の東京中央郵便局)が置かれ、郵便事業が開始しました。 現在この地には「日本橋郵便局」があります。

 

(5)日本橋発祥の食べ物

 ・お子様ランチ  日本橋三越が1930年に『御子様洋食』として提供したもの。

  ・はやしライス  丸善の創始者・早矢仕有的が友人たちに振る舞った料理。

 ・天ざる&天もり  室町砂場が夏でも天ぷら蕎麦を美味しく食べるために、つけ麺状にした。

  ・親子丼  人形町の「玉ひで」が軍鶏鍋に残った割下を卵でとじ、ご飯とともに食べるお客を見て考案した。

  ・甘納豆  初代榮太樓が、金時豆を蜜で煮詰めたものを考案した。

 ・いなり寿司  人形町の志乃多寿司の初代店主が創意工夫をこらし、売り出した。

  ・味附海苔  明治天皇の京都行幸のお土産として、山本海苔店二代目が海苔に味をつけることを創案。現在では『おつまみ海苔』として販売している。

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波除稲荷神社 一の酉

[サム] 2018年11月 8日 18:00

DSC07563ELS''.jpgDSC07524RS'G.jpg 江戸時代から続く、年の瀬に向けての恒例の年中行事である、11月酉の日に開かれる「酉の市」。

築地・波除稲荷神社では11月1日、一の酉が開催されました。今年は二の酉(11月13日)、三の酉(11月25日)まであります。

当日は、境内で熊手の縁起物が売り出され、神社では開運、商売繁盛の開運熊手神符「かっこめ」が授与されます。

熊手は、福運や財宝を "掻き込む"、"掃き込む" に通じることから、開運招福、商売繁盛、家内安全の縁起物となったとされます。

気風のいい遣り取りを楽しんで買うものとされ、商談が成立した後の、シャンシャンと威勢のいい手締めが響く賑わいは、年末の風物詩です。

 

 

中央区の歩道っておもしろい!19【居留地通り】

[湊っ子ちゃん] 2018年11月 8日 14:00

kyo01.JPGこんにちは、湊っ子ちゃんです。

今日は、明石町1番から、明石町8番までの「居留地通り」を歩きたいと思います。明治時代、現在の明石町一帯には、築地外国人居留地がありました。

♪ 江戸幕府と開国

安政5年(1858)、江戸幕府はアメリカと日米修好通商条約を結び、これまでの鎖国を停止し、実質的な開国へと歩み始めたのです。同年、オランダ・ロシア・イギリス・フランスとも締結し、これを「安政五カ国条約」といいます。
この条約に基づき、箱館(函館)・神奈川(横浜)・新潟・長崎・兵庫(神戸)の五港を開港し、江戸・大坂(大阪)を開市しました。

さて、開港と開市(かいし)の違いですが、開港は外国船の出入りが許されていたのに対し、開市は外国船の出入りはできない点にあります。そのため、商取引の利便上から、開市場は開港場に近いところに設けられる必要がありました。

また、日本における外国人居留地は、条約締結国の外国人の居住や、商取引のための専用特別区として、開港場と開市場に設けられました。

明治3年(1870)、ようやく整備された「築地外国人居留地」でしたが、すでに開港場として発展していた横浜に出遅れたばかりか、明治5年(1872)、新橋と横浜間に鉄道が開通されると、外国の商人たちは築地に住まわず、横浜から日帰りで取引を済ませるようになりました。

そのため、築地外国人居留地にはあまり人が集まりませんでした。しかしそのことが、築地外国人居留地に独特の文化をもたらし、日本の近代化に多大な影響を与える一地区を形成することになるのです。


kyomap200.png♪ 築地外国人居留地の特色

横浜や神戸が、貿易の町として発展する一方で、築地外国人居留地には、次第に宣教師や教師、医師などが住み始め、日本における布教活動の拠点となり、宣教師館や教会などが建ち並ぶなど、文化的な色を濃くしてゆきました。

明治6年(1873)に、キリスト教禁制の高札が撤去されたことも、このような布教活動を後押ししたと言えるでしょう。

kyo05.png宣教師たちは、それぞれに教会を建て、神学校やミッションスクールを創って布教活動に活躍しながら、医療事業や慈善活動にも貢献しました。築地外国人居留地で生まれた教派は13にものぼり、同じく13校がここで発祥しました。今日でも名高い学校の多くが、ここ築地外国人居留地で発祥しているのです。また、教会は10棟を数え、異国情緒漂う町並みが造られていったのです。

kyo02.jpg♪ 今も残るレンガ塀とガス灯

築地外国人居留地内の番地は、1番から52番までありました。そのうち、隣り合った「52番」と「42番」の間に築かれていたレンガ塀が、今も残っています。現在、消防署と明石小学校の校庭がある並びです。


明治11年(1878)から32年(1899)まで、「52番」には聖パウロ教会がありました。「42番」には、明治9年(1876)から22年(1889)まで新栄女学校、同28年(1895)から32年まで東京中学院があったのです。このkyo04png.pngレンガ塀は、「イギリス式」と呼ばれる積み方をされているのが特徴です。


kyo03.jpg明治末年のものと思われるガス灯も残っています。
コリント式の鋳鉄製で、左右に広がった腕金や、その下に見られる帯状の繰り形など、特徴的な装飾が施されています。照明部分は、後に電気灯として使用された経緯が伺えます。今も、日が暮れると灯りがともり、往年の居留地時代を思わせてくれます。


大通り(明石町緑道)に出たところに、かつては浦堀橋が架かっていました。下を流れていたのは鉄砲洲川です。この橋を渡ると、左手には明治学院大学の前身である東京一致神学校があり、隅田川に向かいB6番女学校、A6番女学校と続きました。kyo06.png
A6番女学校があったのは、居留地「6番」、隅田川畔に位置します。明治3年(1870)、宣教師ジュリア・カロゾルスにより創設された、のちの女子学院です。築地外国人居留地に初めて建った洋館で、人々の注目を集めました。

henry100.png♪ ヘンリー・フォールズと医療活動

浦堀橋を渡って右手には、指紋研究で名を馳せた、スコットランド一致長老教会の宣教医師、ヘンリー・フォールズ(1843-1930)の住居がありました。居留地「18番」にあたります。
ヘンリー・フォールズは、明治7年(1874)から同19年(1886)まで日本に滞在し、布教や医療活動、医学生の指導にあたり、築地病院を開いたほか、貧民救済のために謝礼なしで診察を行うこともありました。

また、日本における視覚障害者教育の必要性を感じ、明治13年(1880)、「訓盲院(くんもういん)」を創設しました。
訓盲院は、、ロマネスク風二階建て、総レンガ造りの校舎で、築地三丁目(現在の築地四丁目)に建設されました。設計は、ジョサイア・コンドルによるものでした。その後、明治20年(1887)、東京盲唖学校と改称し、同23年(1890)、小石川へ移転しています。


明治32年(1899)、条約改正により居留地制度が解かれたあとも、築地外国人居留地に漂う雰囲気や町並みは、すぐには変わらなかったそうです。しかし残念ながら、大正12年(1923)の関東大震災において、その面影はすべて失われてしまいました。

白川晃は「ちよろぎ」(昭和48年刊)のなかで、

― 赤煉瓦の異人館は外壁に蔦を這はせて、青葉や紅葉の時が見事だった。家々の窓は大抵上げ下げ窓で、外側には一様に古風な鎧扉がついており、それは永い間に塗り重ねられた暗緑のペンキの色で、彫刻のやうに重厚な落付きを示していた。―

と、築地外国人居留地の様子を懐かしく振り返っています。

現在、レンガ塀とガス灯は、居留地通りと居留地中央通りとの交差点に保存されています。かつて築地外国人居留地がこの地にあったことを物語る、数少ない遺構として、たいへん貴重な存在です。



中央区観光協会特派員 湊っ子ちゃん

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第26号 平成30年11月6日

 

 

第20回 へそ展 中央区産業文化展 時代を築き、次代を拓く

[銀造] 2018年11月 8日 12:00

 「第20回 へそ展 中央区産業文化展」は、2018年11月4、5、6日の三日間開催されました。

「時代を築き、次代を拓く 故きを温ねて新しきを知る、 中央区の産業・文化」と銘打った文化展です。また、平成時代最後のへそ展ですね。

晴海アイランドトリトンスクエアのグランドロビーにて、沢山のお客様、特に近くの小学校のお子さんたちが社会科見学で大勢来場していました。 中央区観光情報センターのブースが入口にあり、組みひも、中央区の「千社札ふろしき」などが展示販売されていました。 私は、この千社札ふろしきは、頭を覆うバンダナにも良いと思います。 鞄に入れておくと、風が吹いた時に首回りを覆うマフラー代わりにもなると思います。 

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 会場に入ると、一般財団法人織貿会館 東京織物卸商業組合の着物に目が釘付けになりました。天皇、皇后陛下が皇室祭儀の時に着用される衣装です。 この他にも、十二単などの着物が展示されていました。

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 小学生のお子さんに人気のクイズでは、✖クイズが行われ、

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全問正解者に、名探偵コナンの解説による「まんがでわかる東京商工会議所」という小冊子が配布されました。私にもくれました。

大成印刷株式会社(日本橋マーチング委員会)発行の、日本橋百景イラスト集を頂きました。

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 「日常の光景、思い出の学校、橋、歴史ある建物、美味しいお店など、身近な景色や街並みを風情あふれる水彩画で表現し、変わりゆく街を楽しんでいただきたいと思います。」とのご挨拶が書かれています。

地元の月島工業会、東京消防庁臨港消防署、中央区和生菓子組合、株式会社東京証券取引所なども出展されていました。

鰻の登亭、築地玉寿司、魚久さんなどの食品売り場もありました。

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小津和紙、江戸屋のブースも沢山の人が詰めかけていました。

 入場して直ぐに貰った、クイズラリーを楽しみました。

東商140周年記念〇Xクイズでは、「?」へそ展は、何年に初めて開催されました?」かとか、(答えは、昭和55年です)

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中央区で初めて出来た産業、初めてつくられた食べ物とかのクイズでした。

 クイズも終わって、景品を貰い、本日の成果を並べ、購入した昼食を広げます。 

この他に、月島工業会から頂いた紙風船、へそ展の便箋、なんでも中央区「町名の移り変わり」の冊子も頂戴しました。

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 暫く食べていなかった、登亭の鰻弁当は、ふっくらして本当に美味しゅうございました。 

クイズの景品に頂いた、「超吸水マイクロファイバー傘カバー」は、濡れた傘の持ち運びに便利なだけでなく、ペットボトルの保温にも有効で使い勝手が非常に良いです。 有難うございました。 次代もよろしくお願いします。