蛎殻町の松 プロフィール
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山王祭をきっかけに日枝神社のルーツを知る(大津の巻)
中央区内でも盛り上がった山王祭。赤坂・日枝神社のルーツは、川越市内の大きなお寺「喜多院」の山門前方にある日枝神社(国指定重要文化財)です。ここにお詣りしてきたときのことをこちらの記事に書きました。喜多院のホームページには「近江日枝神社を勧請したものといわれます」と書いてあります。近江日枝神社とは、滋賀県大津市にある「日吉大社」のことでしょう。日吉大社は全国3,800あまりの日吉・日枝・山王神社の総本宮です。比叡山の麓にあり、天台宗の守り神。社殿の建つ場所が平安京の表鬼門(北東)にあたるため、平安時代より都の守護神としても信仰されてきました。関西に行く用事があったため、お詣りしてきました。JR京都駅から湖西線に乗って16分、比叡山坂本駅で降りて、歩いて20分で日吉大社に着けます。ドボクの観点で注目すべきものがありました。一つは、日本最古の石橋といわれる3つの橋。豊臣秀吉が天正年間(1573~1592)に寄進したと伝えられ、1669年に石橋に架け替えられました。もう一つは、石積み。この地域には昔から穴太衆(あのうしゅう)と呼ばれる石工集団がいます。穴太衆積みは、特別な加工をせずに自然石を巧みに組み合わせる積み方です。駅から日吉大社へ至る道でたくさん見ることができました。今回の一連の旅で、総本宮というものに興味を持ちました。中央区に神社は多数ありますが、稲荷神社の総本宮は伏見稲荷大社。住吉神社の総本宮は住吉大社。行ってみたい場所が増えました。
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山王祭をきっかけに日枝神社のルーツを知る(川越の巻)
2024年の山王祭は、6月7日から17日まで開催されました。中央区内においては7日の神幸祭、8日の各町会神輿渡御、9日の下町連合渡御などで連日盛り上がりました。東京のど真ん中で、こんなに多くの人々が共通の思いで祭りに全力投球しているのを間近で見られて感動しました。現在、日枝神社は赤坂(住所は永田町)にあり、その摂社・日本橋日枝神社が中央区茅場町にあります。日本橋日枝神社のホームページによれば「日本橋日枝神社は天正十八年(1590)徳川家康公が江戸城に入城、日枝大神を崇敬されて以来、御旅所の存する『八丁堀北嶋(鎧島)祓所』まで神輿が船で神幸された事に始まります。」とのことです。私の手元にある江戸時代の古地図「新添江戸之図」(1657(明暦3)年)には、この地に「山王御旅所」が明確に掲載されています。赤坂の日枝神社は、そのホームページによれば「当社は武蔵野開拓の祖神・江戸の郷の守護神として江戸氏が山王宮を祀り、さらに文明10年(1478)太田道灌公が江戸城内に鎮護の神として川越山王社を勧請し〜」とされています。この川越山王社が、現在川越市内の大きなお寺「喜多院」の山門前方にある日枝神社(国指定重要文化財)です。ある晴れた休日の昼間、川越まで足を運びました。赤坂の日枝神社と比べればとても小規模な境内ですが、徳川家と深いつながりのある喜多院とともに続いてきた社ということで何とも言えない大きな存在感がありました。西武新宿線本川越駅から徒歩15分くらいの閑静な住宅街にあります。赤坂の日枝神社の氏子地域に関係する皆さま、お時間あればぜひ川越へ!次は、この神社のさらにルーツを訪れたいと思っています。
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