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近代的刑務所の源流「人足寄場」とは?


こんにちは。アクティブ特派員のHanes(ハネス)です。
中央区内には歴史的建造物が点在していますが、佃にある「灯台」にも歴史を感じませんか?
こちらは「石川島燈台跡」と呼ばれるモニュメントで、約30年前の佃公園整備の際に設けられ、地上階部分は公衆トイレになっています。
歴史の浅いモニュメントではありますが、実在の六角二層の石川島燈台をモデルにしていることもあってどこか歴史的。
その燈台の前身となる常夜灯は、隅田川河口や品川沖を航行する船舶のため、慶応2年(1886年)に油絞りの益金を割き石川島の人足によって築かれました。

18世紀末よりこの辺りには石川島人足寄場(にんそくよせば)が置かれ、清水純畸(しみずじゅんき)が人足寄場奉行を務めていたということは中央区観光検定の公式テキストにも載っています。
しかし世界史選択だった私には、「人足寄場って何?」というレベルからのスタートでした。

 近代的刑務所の源流「人足寄場」とは?


そもそも人足寄場とは、寛永2年(1790年)に徳川幕府の執政松平定信が石川島・佃島中間の葭原に建設した無宿養育所のこと。
無宿は、罪を犯したり、勘当されたりして戸籍から外された人のことを意味します。
江戸時代には、親族が子どもの借金や犯罪の連帯責任を取らされる場合があったため、子を戸籍から外すことがあったのです。

そのような人足寄場では、収容者がそれぞれの技能に応じた労役に服しながら更生と社会復帰を目指しました。
したがって「近代的刑務所のはじまり」と表現されることもあります。
その一方、江戸時代から明治8年(1875年)まで区内に存在した伝馬町牢屋敷は、今でいう警察署の留置場に相当するのだとか。
牢屋敷では未決の罪人を拘禁はしたものの、労役はさせなかったという点で人足寄場と大きく違います。

 近代的刑務所の源流「人足寄場」とは?

護岸前面に設置されている歌川広重の東京明細図会「佃島灯明台下汐干」


人足寄場での労役ですが、冒頭でふれた常夜灯関連で油絞りがよく知られています。
しかし、無宿が釈放後に就きたい職業の訓練を行ったため、実際は木工、藤工、鍛冶工、石工、靴工、竹工、鋳物工、喞筒工、瓦工、石灰工、陶器画、藁工、裁縫工、米麦搗、機工、味噌製造などと実に多岐にわたりました。
ここまで多様な訓練を行うとなると、設備や指導員の手配にそれなりに費用がかかったことでしょう。
訓練品が売れると、売上代金の2割が経費として差し引かれ、残りの3分の1が人足の貯金、3分の2は毎月10日支給となり、貯金が一定額に達した際に釈放される仕組みになっていました。
就職の際には資金の援助や職人道具の贈与も行われるなど、社会復帰まで手厚いサポートがあったようです。

しかし、労役は人足寄場内に限られたものではありませんでした。
開国の動きを受け、横須賀に建てることが決まった製鉄所(造船所)の敷地の埋め立て工事に石川島から人足200人が派遣されたことがありました。
その他、奥州富岡村(現・福島県双葉郡富岡町)にも開墾人足が派遣され、江戸市ヶ谷の堀淩え(ほりざらえ)にも多くの人足が出役させられるなど、時代を経るにつれ内役から大幅な外役に切り替えが行われ、経費節減の国策に振り当てられるようになったそうです。

調べれば調べるほど興味深い発見のある人足寄場。
深掘りすると長くなるので、今回は人足寄場と牢屋敷の違い、労役の詳細と移り変わりに焦点を絞りましたが、収容施設の環境や実際に社会復帰した例も気になります。
今後も人足寄場について調べ、在りし日の石川島に思いを馳せてみたいと思います。

 近代的刑務所の源流「人足寄場」とは?


【余談】
石川島人足寄場は、油絞りの労役が始まって90余年で人足600余人と過剰収容を記録。
弘化3年(1846年)の大火で寄場が類焼し切り放ちが行われた際、周囲では人足を恐れ休業するお店も出たそうです。
しかし安政3年8月(1856年)、寄場が強風・大津波で大破し切り放ちが行われた際には、70余名の人足は避難せず役人と共に寄場の保全に従事したと言われています。
人足寄場にもモラルはあったのですね。
(伝馬町牢屋敷の切り放ちについては「令和に生きる江戸の掟~知られざる牢屋奉行・石出帯刀吉深の決断~」をご覧ください。)

参考文献・ウェブサイト

【文献】
高塩博『江戸幕府の「敲」と人足寄場:社会復帰をめざす刑事政策』汲古書院,2019.
人足寄場顕彰会・編『人足寄場史:我が国自由刑・保安処分の源流』創文社,1974年.

【ウェブサイト】
國學院大學「手厚い“更生”施設、松平定信の「人足寄場」:無宿や罪人の社会復帰を助けた“施設”のさまざまな仕掛け」
https://www.kokugakuin.ac.jp/article/65993(2022年7月10日閲覧)
職業訓練法人 日本技能教育開発センター「第13回『人足寄場』」
https://www.jtex.ac.jp/site/?p=91(2022年7月10日閲覧)
法務省「府中刑務所」
https://www.moj.go.jp/kyousei1/kyousei05_00080.html(2022年7月10日閲覧)
松山郁夫「人足寄場における福祉的処遇」,佐賀大学文化教育学部『佐賀大学文化教育学部研究論文集』17 (1),99-109,2012.
http://id.nii.ac.jp/1730/00020715/(2022年7月10日閲覧)