往年の名優の記憶
小伝馬町にある〔十思公園〕をご存じでしょうか。江戸時代に牢屋敷があったところとして知られ、安政の大獄で処刑された吉田松陰の「終焉之地」という石碑が建っています。
明治になって跡地は寺院や学校の用地に充てられました。当地にあった十思小学校は教育制度を充実させるプロセスの中で設けられました。「十思」とは、古代中国の歴史書『資治通鑑』に天子がわきまえるべき10の心得として書かれていた教訓だそうです。高尚なネーミングですね。後に、関東大震災の復興公園として整備された際に、この区画は〔十思公園〕と名付けられました。
公園の隣にある〔身延別院〕には、珍しい「油かけ大黒天」が祀られています。大黒様に油をかけたところ難を免れたという伝承が各地にあるということですが、東京ではここだけという珍しい存在です。
この大黒様は往年の名優・長谷川一夫夫妻が寺の住職に掛け合って建立したと説明板に書かれています。長谷川一夫といえば映画スター二枚目の代表格として全国に名をとどろかせた人です。
この方は数々の映画に出演していますが、NHK朝ドラ『おちょやん』のモデルになった浪花千栄子さんとも何本かで共演しています。なかでも溝口健二監督の作品『近松物語』はお二人のほか役者がそろっているうえに、内容的にも評価が高く、一見の価値ありです。
芝居に縁の深い中央区に、役者の足跡が見られるというのは何となく嬉しいような懐かしいような気がします。大黒様のしぐさもどことなく役を演じているようにも見えます。