銀造

渋沢栄一氏を兜町に慕う 大河ドラマの舞台を行く 銀行発祥の地 

 渋沢栄一氏は、東京商工会議所編「日本を創った実業人」として出版されており、その前書きに、

「日本がいまだ黎明期にあったその時代、「日本経済を隆盛に導かん」と実業立国日本を目指したのは、東京商工会議所(当時は商法会議所)の初代会頭を務めた渋沢栄一をはじめとする時の実業人たちでした。 500ともいわれる企業を起こし資本主義の父ともいわれる渋沢栄一翁は、まさに先見の明を持つフロントランナーでした。」と記されています。

中央区観光協会編集の「歩いてわかる中央区ものしり百科」には、渋沢栄一氏の関係した企業などが解りやすく簡潔に記されています。

 その渋沢栄一氏がかかわった代表的な企業が兜町にあります。 その一つが、「銀行発祥の地」として記念碑が残っています。 江戸時代、両替商が銀行の役割を果たしていたが、明治維新後、破産する両替商が続出しました。 混乱する金融市場の安定を図るため、国家統制のもとに国立銀行を設立しようという動きが強まり、明治5年(1872)、政府は国立銀行条例を制定しました。 そして、明治6年(1873)、三井八郎右衛門、小野善助ら8名が協力し、海運橋の東詰め北側に第一国立銀行を創設しました。 二代目清水喜助が設計・施工した建物は、5階建て(塔屋を含む)の和洋折衷様式で、完成後は国内外から高い評価を受けたと言われています。

第一国立銀行は、その後、帝国銀行、第一銀行、第一勧業銀行、みずほ銀行へと変遷しました。

現在、みずほ銀行兜町支店の正面の壁には、「銀行発祥の地」と記した銅板がはめ込まれています。

そして、西側の外壁には、「銀行発祥の地」、初代建物、二代目建物(辰野金吾設計)、三代目建物(西村好時設計)の説明パネルが展示されています。 四代目が現在のビルです。

 

渋沢栄一氏を兜町に慕う 東京証券取引所

渋沢栄一氏を兜町に慕う 東京証券取引所 渋沢栄一氏を兜町に慕う 大河ドラマの舞台を行く 銀行発祥の地 

 東京証券取引所の前身である「東京株式取引所」は、明治11年(1878)に、渋沢栄一氏らにより設立されました。

戦中、戦後の混乱を経て、昭和24年(1949)に取引再開が認められ、東京証券取引所開設されました。

平成2年(1990)には立会場の業務にコンピューターが導入され、永く続いた場立ち取引も幕を閉じ合理化されました。 取引所内には、株式投資を疑似体験したり、売買管理業務を行うマーケットセンターを見学できる施設「東証アローズ」があります。2015年に、私も内部を見学したことがあります。(2021年2月12現在、見学は中止となっています。見学の際には、同社HPで御確認下さい)。 https://www.jpx.co.jp/learning/tour/arrows/index.html

日証館 平和不動産株式会社様の保有建物

日証館 平和不動産株式会社様の保有建物 渋沢栄一氏を兜町に慕う 大河ドラマの舞台を行く 銀行発祥の地 

日証館の立つ土地は、明治21年(1888)に、辰野金吾設計の渋沢栄一氏の邸宅が建てられました。この建物は、惜しくも関東大震災で焼失しました。

現在、その跡地に立つ日証館の内部は見学は出来ませんが、渋沢栄一氏ゆかりの「赤石」が展示されています。

平和不動産株式会社様のHPでは、同社と兜町の歴史も紹介してくれています。

https://www.heiwa-net.co.jp/urban_development/history.html

兜町歴史地図 みずほ銀行兜町支店の外壁に

兜町歴史地図 みずほ銀行兜町支店の外壁に 渋沢栄一氏を兜町に慕う 大河ドラマの舞台を行く 銀行発祥の地 

兜町の歴史散策に大変親切な地図が掲示されています。お散歩をお楽しみ下さい。