『恋文』のPXはどこに?~三島由紀夫にしてやられた話~
今、東銀座の東劇ビルには、6月4日から上映予定のシネマ歌舞伎『鰯賣戀曳網(いわしうりこいのひきあみ)』の看板がかかっている。運命の恋に落ちた遊女と鰯売りのおとぎ話のようなラブストーリーだが、その原作を書いたのは実は三島由紀夫である。
三島由紀夫は生涯6本の歌舞伎劇を書いたそうだが、恥ずかしながらそんな事実を知らなかった私は『鰯賣戀曳網』の看板に「原作・三島由紀夫」の文字を見つけてたいそう驚いた。
三島のストーリーテリングに舌を巻く『橋づくし』
へー、三島由紀夫ね…、なんて呟きながら晴海通りを北側へ、つまり東劇ビルのある側から銀座松竹スクエアビルのある側へ渡ろうとしたところ、ふと頭に浮かんできたのが三島由紀夫の小説『橋づくし』だった。
東劇ビルの脇には首都高速都心環状線が走っている。
この首都高環状線に沿って400mほど北東方向へ進むと、中央区役所の前にかかる珍しいY字型の橋「三吉橋」に行きつく。
そしてその三吉橋は三島由紀夫の小説『橋づくし』に登場する最初の橋なのだ。
三吉橋の北西詰に建つ石碑
『橋づくし』に登場する橋の名前が確認できる
図下部の左から右に流れている築地川本流部分が現在の首都高環状線となっている。東劇ビルがあるのは、本の右下角あたりだ。
小説『橋づくし』は、4人の女性が陰暦8月15日の満月の夜に築地川にかかる7つの橋を渡り願掛けをする物語。
わずか1kmほどのルートを歩いている間に小さな事件が起こり、1人、2人と脱落していく。
誰が橋渡りに成功するか最後までわからない展開やオチの意外性など、三島由紀夫のストーリーテリングが巧みで、ぐいぐい引き込まれてしまう作品である。
『恋文』に登場するのは、どこのPX?
三島由紀夫と言えば、長らく埋もれていた彼の掌編小説(いわゆる超短編小説)が最近見つかったということを、ある新聞記事で知った。
その掌編小説の名は『恋文』。
「支店長」と呼ばれる男性が宴席でハンカチを取り出そうとしたところ、知らないうちに入っていた封筒を発見。そこには「明日五時PX前でお待ちします。X子」と書かれた紙片が入っていた。妻子ある堅物支店長に、いったい誰がこの恋文をよこしたのか――?
逢引相手の存在をにおわすメモから、支店長を取り巻く人間模様が原稿用紙1枚にも満たない文字数の中で見事に展開されていく。こちらも三島由紀夫のストーリーテリング技術がいっそう光る作品である。
ところで、この謎の恋文に書かれた「PX前でお待ちします」というくだりを新聞で読んだ時に、私の中である疑問がわいてきた。
PXというのはPost Exchangeの略で、もともとはアメリカ軍の基地内にある売店を指す言葉である。
戦後、日本では進駐軍によって多数の商業施設が接収され、米兵向けのPXとして使われた歴史がある。東京では銀座4丁目の服部時計店(現在の和光)や銀座3丁目の松屋本店、日本橋の白木屋などが、また大阪ではそごう大阪本店が、神戸では大丸百貨店などがそれぞれPXとして接収されていた。つまり日本中の都市にPXは存在していたのだ。
小説『恋文』が書かれたのは1949年。まだ日本のあちこちにPXが存在していた時期であり、そのことを知っている人間なら、(このX女史は、いったいどのPXを待ち合わせ場所に指定しているのだろうか?)という疑問がごく自然にわいてくる。
昭和21年(1946年)頃の松屋銀座本店
出典:国立国会図書館デジタルコレクション「モージャー氏撮影写真資料」より
そこで、どうしてもその謎を解明したくなった私は、三島由紀夫の『恋文』が掲載されている文芸誌「新潮」をつい買ってしまった。
さて、小説『恋文』を読んでみた感想はというと…
(うーん、またしても三島由紀夫にシテヤラレタ!)
なぜシテヤラレタ!と思ったか気になる方は、是非ご自身で『恋文』を読んで確かめてほしい。
アクセス情報
■東劇
〒104-0045東京都中央区築地4-1-1 東劇ビル
東京メトロ日比谷線「東銀座駅」6番出口より徒歩1分
https://www.smt-cinema.com/site/togeki/access.html
■三吉橋の碑
〒104-0061 東京都中央区銀座1丁目28
東京メトロ有楽町線「新富町駅」2番出口より徒歩1分