おじさんは、カワイイの?「広重おじコレ」の件
日本橋から銀座を通る「中央通り」と、東京駅から東へ延びる「八重洲通り」の一角が京橋1丁目です。
今回のお話は、その周辺が舞台となります。
「アーティゾン美術館」は、ブリヂストン美術館を前身として、2020年1月に開館しました。
収蔵する美術品は、日本の近代洋画、19世紀のフランス印象派、20世紀美術を中心に多岐に及びます。
更に最先端のIT技術を導入した未来型の美術館として、この街区のシンボル的な位置を占めています。
この美術館のある建物が「ミュージアムタワー京橋」です。
中央通りに沿った南側に建設中の建物が「(仮称)新TODAビル」です。
この二つの高層ビルを中心とした文化貢献施設部分を「京橋彩区(きょうばしさいく)」と名付け、誰もが気軽に多彩な芸術文化にふれられる新しい街づくりが進められています。
京橋地区は、交通輸送の拠点となる東京駅周辺という好立地にも関わらず、オフィスビルの立ち並ぶビジネスの街としての印象が強く、日本橋と銀座に挟まれた比較的地味な位置にありました。
昭和通りから西側に一本入った東仲通りは、「骨董通り」と愛称される、美術館、ギャラリー、古美術商などが集まる、玄人好みの粋な街でもあったのです。
毎年春に開催される「東京アートアンティーク~日本橋・京橋美術まつり」は、古美術、工芸、日本画、彫刻、版画など、約150の専門店が集積していることを再認識できるイベントです。
歌川広重住居跡
※ 撤去前に掲出されていた説明板
さらに江戸の昔にさかのぼれば、この地域には狩野安信を祖とする中橋狩野家の屋敷があり、歌川広重が最晩年の10年を過ごした住居もありました。
中央区観光検定のテキストである「歩いてわかる中央区ものしり百科」の歌川広重住居跡には、説明板は「再開発により一時撤去中」と記載されています。
ちょうど新TODAビルの工事が進められている一角に住居があったようです。
KYOBASHI ART WALL
新TODAビルの工事現場の防護壁には、その広い側面を活用して、芸術作品が期間限定で映し出されています。
さすが「京橋彩区」。誰もが気軽に芸術・文化を体感できるところです。
そして、歌川広重住居跡にちなんでいるのか、『名所江戸百景 京橋竹がし』も描かれていました。
さて、ここでいよいよ「おじさん」の話に入りますよ。
「中山道広重美術館」は、岐阜県恵那市にあります。
収蔵品には、「木曽海道六拾九次之内」、「東海道五拾三次之内」、「名所江戸百景」、「近江八景」など浮世絵版画を中心に広重作品が並んでいます。
これまでに「ゆる旅おじさん図譜」と銘打って企画展を行ってきました。
歌川広重は、情緒的な風景画の名手として知られています。その作品の中に躍動するたくさんの名もなき人々に焦点を当てていったのです。表情豊かに活き活きと表わされた旅人やその土地に暮らす地元の住民達。「おじさん」
ことのほかキュートなおじさんが多いのです。
作中の人物をクローズアップしてみます。
そのおじさんに、「いい天気だのう」「こりゃこまった」「そうじゃなぁ」「わっはっは」と吹き出しを付けてみます。
そのとき、広重の絵自体の印象が、さっと変化しました。
そのおじさん達が、手ぬぐいやらタオルやら、クリアファイルやら定規やらマスキングテープやらに乗り移っていきました。
ミュージアムショップやWebショップで、増殖して行ったのです。
愛らしくて、気になる~。カワイイ~。癒やされる~。
「あなたはどのおじさん推し?」
若い女性の間に、妙にハマっていたりしているようなのです。
あぶない、あぶない。だまされないぞ。
おじさんが、カワイイわけないじゃん。
女性が支持しているといったって、二次元世界のこと。
ついに時代が来たぁ、などと淡い期待をいだいてはいけません。
オジサン臭い生身のおじさんがカワイイなんて、夢のまた夢のお話だ。
※ 工事現場の防護壁は、まるで屋外美術館の様です。
目の前に置いてある本は、内館牧子さんの「老害の人」。
こっちの方が、現実味があって共感できます。
長い説教、現役時代の手柄話、病気自慢の繰返し。そうかと思えば無気力。そしてクレーマー。
いるいる、こういう人。
いや、自分がそうなってはいないだろうか。
新しい情報は学んでいるし、言葉や表情には気を使っているつもりなのだが。
つもりなのだが・・・。
※ 東京ミッドタウン八重洲を背に稼動する、巨大クレーン。
世の中には、おじコレ(おじさんコレクション)なるファンシーグッズも出回っているんだそうだ。
「おじさんって、カワイイの?」
幻想をいだいてはいけません。
はっきりと言ってやれ。
「ンなわけないじゃん!」
視点を変えたとき、それまでの絵画が全く別の見え方をしたように、かわいい いや 格好いいおじさんはその存在感を出してくるかもしれません。