下町トム

住吉神社のルーツに想いを寄せて

中央区・佃の〔住吉神社〕は江戸開府以来の伝統と歴史を持ち、徳川家康公との縁も深いことから、江戸~東京の海の守護神として永く信仰されてきています。
八月初めに、5年ぶりの例大祭が挙行され、佃・月島・勝どき・晴海の氏子地域一帯は大いに盛り上がりました。「水」に縁の深い神様ということもあり、水かけもすっかり風物詩になっています。

ご存じのように〔住吉神社〕は徳川家康公が大坂から漁師を呼び寄せ〔佃島〕の地を与えた後に、父祖の地から「勧請」されました。今でも大阪の〔佃〕にはそのゆかりの〔田蓑神社〕があります。

〔田蓑神社〕も明治初めまでは〔住吉神社〕という呼称でした。もちろん全国に約600あるという〔住吉系〕神社の総本宮は大阪の〔住吉大社〕です。かつては正面はすぐ海だったそうです。

 住吉神社のルーツに想いを寄せて

歴史的には、福岡県にある現在の〔住吉神社〕の地に最初に住吉三神(底筒男命、中筒男命、表筒男命)が祀られたのが住吉信仰の始まりとか。その後神功皇后が戦いの際に海の安全を祈願し、現在の大阪・〔住吉大社〕を創設したと伝えられています。

当時は〔安曇族〕に代表される「海の民」が大きな力を持っており、住吉三神を信じる一族もきっとあったのだろうという説が私は有力と思っています。実際に全国の〔住吉系〕神社はほとんど海のそばにあります。西日本に多いのは当然ですが、関東にもいくつかあります。

中央区の〔住吉神社〕とは違って、山の中の青梅市や山梨県にもあるんですね。往古の人々の流れに沿って進行が伝播したのかもしれません。

そんなことを考えながら神社の秘められたヒストリーを想像するのも楽しいのではないでしょうか。