湊っ子ちゃん

連載小説「kimagure湊だより」第10話アメリカ公使館跡記念碑のなぞ 完結編

第10話アメリカ公使館跡記念碑のなぞ

完結編

 連載小説「kimagure湊だより」第10話アメリカ公使館跡記念碑のなぞ 完結編

・・・前回までのあらすじ・・・

明治時代に外国人居留地だった、いまの中央区明石町に残された、アメリカ公使館跡の記念碑。五稜の星、盾形の星条旗、白頭鷲、の三種類の図柄があり、合計5基が中央区民有形文化財になっている。

発見されたときは、荒れ果てた庭の、小高い丘のうえに並んでいた。どんな目的でつくられたのか、誰がつくったのか、いつつくられたのか…。それは今も、謎に包まれたままだ。

中央区ファンの私と黄色い小鳥ちゃんは、生意気にも、この謎を解明しようとのりだした。

・・・・・・・・・・・・・・

 

推理⑧証拠写真

 

 黄色い小鳥ちゃんは、さきほどの本のページを開いて、これらの記念碑が発見されたときの、そのとき写真を見せてくれた。

 雑草にまぎれるようにして、3基の記念碑がよこたわっていた。

 1970年から1989年までに別々に撮影された、数枚の写真。すくなくとも、20年ちかくにもおよぶ長い年月のあいだ、すこしも動かされることなく、手つかずでその場にあったことがわかる。

 五稜の星と盾形の星条旗にいたっては、くりぬかれた図柄の部分から、地面にはえた草が顔をだしている。白頭鷲の記念碑は、ほかの2基よりも、すこし離れた木のたもとにあった。

 ちかくに花が咲いている。モノクロなので、あまりよく見えないけれど、白い花…、つつじかもしれない。そんな花が咲いている。 

 そのなかの一枚、遠景を映した写真に目がとまった。

 記念碑の並ぶその下のほうに、丸石で石垣がつくられているのが、ちらと見えている。石のたぐいは記念碑だけではなくて、草むらのところどころに、ごろんと大きな石が転がっていたりする。

「小高い丘は、石垣で補強されていたんだね」 

 私は写真に顔をちかづけて、くまなく眺める。なにやら、人が歩けるような傾斜がついているではないか。

「丘のうえにのぼれたのかな」 

 それは、ちょっとした散歩コースのようにも見えた。

「たぶん、景色がよかったでしょうね」 

 と、小鳥ちゃんも目を細める。 

 記念碑と、それがよこたわる小高い丘、その後方には数本の木が並んでいる。写真には写っていないけれど、その向こうは海岸のはずだ。あとは、だだっぴろい芝生が広がっている。

「あれ?」

 私は、目をこらした。

 写真をもっとよく見ると、木の棒で2本柱をつくり、そのうえにやはり木の棒をのせただけの、簡単な囲いがあった。棒にはつる植物のようなものが螺旋状に巻きついている。 

「なんか、気になるね」 

 と、私は眉をひそめた。

 ちょうど、五稜の星と、盾形の星条旗の記念碑が、その枠のなかに入っているように見えるのだ。

「もしかして、これが、この石碑たちを記念碑としてあつかっていた証拠になるかしら」

 黄色い小鳥ちゃんも、おもいをめぐらせる。

「うん、この木の囲いは、記念碑をふちどっているつもりなのかも。そうだ、もしかしてつる植物をめぐらせて、花の額縁みたくしていたのかな。それが薔薇だったら、きれいだろうね。そうすると、この石碑たちは、ほんとうに記念碑に思えてくるね!」

「いいじゃない!いいじゃない!」

 と、黄色い小鳥ちゃん。

「でも…ブランコのようにも見える」

 と、私はきゅうに言う。

「手作りのブランコで、椅子がどこかへ行ってしまって、枠だけ残ったパターンとか。ううん、これはやっぱり竿だよ。洗濯物を干す場所だったのかも」

 私は頭を抱えてしまった。

「それとも、藤棚かな。ほら、佃には、立派な藤棚があって、観光名所になっていたっていうじゃない?対岸だものね、真似をしたのかも…」

「ぴぴーっ!」

 黄色い小鳥ちゃんは、ストップ!とでも言いたげに、まるで笛のように鳴いた。

「・・・」

 私は愛想笑いをして、黙ることにする。

 黄色い小鳥ちゃんは笑いだし、

「たしかに、この木の枠はなにかの手掛かりになりそうね。ただ、もっと鮮明な写真があればいいのだけれど」

 と、言った。

「でもさ、私やっぱりこれ、記念碑だって思う」

 私は、みょうに確信めいた気持ちになった。

 黄色い小鳥ちゃんも、賢そうな瞳をこちらに向ける。

「いっぱいつくってさ、さいごはきれいに並べるつもりだったのかも」

「すると、まだあの記念碑は、制作途中だった…っていうこと?」

 私は、うん、とうなずく。

「これからもっともっと、つくるつもりだった」

「それが完成しないうちに、時が過ぎてしまった」

 黄色小鳥ちゃんは、じっと考えてから、

「または、もうすでに完成していた」

 私はうなずく。

「もしかしたら、ほかにも図柄があったかもしれない」

「まさか!」

と、黄色い小鳥ちゃんはくちばしを羽根でおさえた。

「長い年月のなかで、バラバラになってしまった。そして最終的に、今ある8基が残った」

「たしかに、本当はもっとあっただろうけれど、破損したり持ち出されたりしたものもあるだろうって、『築地外国人居留地』のなかで川崎晴朗氏も言っているわ」

「れいの故老が、10個と記憶していたのも、そのためだったのかもしれないね。その数が正確かはべつにして、それ相当の数があったんだよ、きっと」

 

 連載小説「kimagure湊だより」第10話アメリカ公使館跡記念碑のなぞ 完結編

 

 

推理⑨なぞのU字

 

「ねぇ、さっきの、明治16年の測量地図にある、U字形のしるしのことだけど」

 と、黄色い小鳥ちゃんは、思案顔で言った。

「ほんとうに、18個あったのかもしれないわね」

 その地図によると、アメリカ公使館の庭のなかに、U字形のしるしが18個ある。北川氏は『築地明石町今昔』のなかで、これが記念碑の所在を表すものに見えてしかたがない、と述べている。

 私は、その可能性について考える。そして、その数の意味について考える。

「毎年、ひとつずつつくったのかもしれない…」

 ふと、ひらいめいてそう言うと、黄色い小鳥ちゃんははっとしたように振りむいた。

「アメリカ公使館がいまの明石町にあったのは、明治8年から明治23年よ」

「1年ごとに、記念の意味でつくっていったのだとしたら…」

 私は指おり数えて、黄色い小鳥ちゃんはそれを見守った。

「15」

 ふたりして、顔を見合わせる。

「う~ん、微妙にあわない」

 光が見えたと思ったのに…。

「あきらめるのはまだ早いわ」

と、黄色い小鳥ちゃんは言った。

「ようは、答えが18になればいいのよね」

 そう言って、アメリカ公使館が赤坂に移った明治23年からさかのぼり、18を数えてみる。

「明治6年だわ」

「その年に、なにかあったかな」

 心細そうな私に、黄色い小鳥ちゃんはたのもしく言った。

「ビンガム公使になったときだわ」

 そうなのだ、ビンガム公使が就任した明治6年から数えれば、赤坂に移転する明治23年まで、ちょうど18の年をまたいだことになる。

「すごい!」

 私は手をたたいた。

 ビンガム公使は、日本のために大きな功績を残した人だという。まず、公使館を築地外国人居留地に移し、形容をととのえ、日本における不平等条約の改正に熱心に取り組むなど、こんにちの日米友好の礎を築いた人物とされている。

「それだけ、日本を大切に想っていた人ですもの、なにか記念碑をつくろうって思ったんじゃないかしら」

 すると、麻布善福寺から記念碑を持ってきた、という一説も、的を得ていることになる。はじめの2個ないし3個は、もうすでにつくっていて、築地外国人居留地に移転するときに持ってきた。そして、そのあとも、毎年ひとつずつつくった。

「18個あるっていうのも、ウソじゃなかった!」

 私と黄色い小鳥ちゃんは、なんだか嬉しくなって、手と羽根をとりあいながら、にぎやかに飛び跳ねた。

「やったね、小鳥ちゃん!」

「ブラボー!ブラボー!」

 ベンチでお弁当を食べていた人たちが、びっくりしたように振り向いた。

 と、つぎの瞬間、

「ちょっとまって」

 と、黄色い小鳥ちゃんは、ぴたっととまった。

 たっぷりと息をのんでから、

「そういえば、U字形のしるしのあるその地図って、いつのものだったかしら…」

 と、やけにかしこまったようすできく。

 私は、ん?と考え、

「明治16年!」

 と、にこにこして言った。

 やだなぁ~小鳥ちゃん、なんども一緒に見たでしょ?なんて、言いながら。

 黄色い小鳥ちゃんは、なにもこたえずに、ただとても穏やかに、微笑んでみせるのだった。

「ん?」

 黄色い小鳥ちゃんと目が合うと、ふたりして、黙ったまましばらくいた。そして、次の瞬間、私はいっきに、血の気がひくのがわかった。

「うそー!」

 ほとんど、悲鳴にちかい響きかたをした。

 

 

「しかたないわ…」

 黄色い小鳥ちゃんは、私をなぐさめるように言ったのだ。

 ようするに、たったいまたどりついた素晴らしい答えは、まったくをもってはずれもはずれの大はずれだったのである。

「もし、あの地図が明治23年か24年のものだったら、今の仮説は成立したわね。でも、私たちはとんでもないミスをおかしたわ。あの地図は、明治16年の地図だということを、すっかり忘れていたの」

「だよね、私たちの仮説のうえでは、明治16年の時点で18個あるわけないよ。時がはやすぎる。明治16年には、11個じゃなきゃ、おかしい」

「完全に、ぬか喜びに終わってしまったようね」

 と、黄色い小鳥ちゃんはため息をついた。

 すっかり気落ちしてしまったので、私たちは聖路加ガーデンのなかのカフェで、あったかいカフェ・オレと、小鳥ちゃん用にホット・ミルクを買って、すこし歩いた。

 明石町河岸公園にでて、並木道をあるき、カーブのある坂道をくだる。このあたりは木が鬱蒼としていて、どことなく、時間から切り離されたような感覚がある。そのとき、木々のすきまから、聖路加ガーデンの窓のなかに、灯りがともっているのが見えた。

「アメリカ公使館だ…」

 と、私はおもわずつぶやく。

 黄色い小鳥ちゃんも、

「たぶん、こんなふうに見えていたのかしら。あの頃も」

 と、夢みごこちに言った。

 どこかひんやりとした木の陰。草のにおい。

 いつか、この場所に暮らしていた誰かが、木の古いベンチに座る。石造りの記念碑の並べてある、小高い丘を眺めながら…。やわらかな、けれどどこかうら寂しい汐風が、頬をなでる…。この辺りは、ほんとうに静かだ…ふと、そんなことを思う。そして、赤みがかった淡い空に、水鳥たちの影がうつる。

 ほんのつかのま、私たちは明治時代の、アメリカ公使館の庭に、いるような心地になった。

 

 

 ふたたび、アメリカ公使館跡の記念碑のある、親水公園にもどる。

「きみは、いったい誰なの?」

 祈るような気持ちで、記念碑にちょっと触ってみたら、いがいにさらっとしていた。もっとごつごつしてるのかなって思ったけど。

「安山岩って、思ったより手触りがいいんだね」

「あら、ほんと」

 黄色い小鳥ちゃんも、記念碑のうえにとびのって、羽根でさらっとなでると、そう言った。

 すると、次の瞬間!

「あ!星がうかんでる!」

 黄色い小鳥ちゃんが、羽根をぱたぱたとさせて、そう言ったのだ。

「どこどこ?」

 私は、盾形の星条旗の記念碑をのぞきこんで、顔を輝かせた。

 そこには、ほんとうに星がうかんでいた。

 盾形の星条旗のなかに、星の形をしたひだまりが、いくつもうかんでいた。

「くりぬかた部分に太陽があたって、なかの空洞が照らされたんだわ」

「それが、星の形になっているんだね」

 私たちは顔を見合わせて、にこっとし、うなずきあった。それはまるで、とっておきのヒミツを、わけあうように。ほかのだれにも気づかれないように、そっと隠しておくように。

「さっきはなかったよね?」

「なかった!」

「とつぜんあらわれた!」

「ほんと、とつぜん!」

 しばらくすると、星はふたたび、跡形もなく消えてしまった。

「消えた…」

「消えた…」

 私たちは顔を見合わせて、しばらく、真っ暗闇の、盾形の星条旗のそのなかを、そっと見守る。

「ちょうど、見える時間帯っていうのがあるんでしょうね」

「天気はもちろん、季節によっても変わるだろうね」

「太陽の位置や、光の強さにもよるでしょう」

 私たちは、できるだけちいさな声で、そう交わした。

「私たち、ラッキーだね!」

「ほんと、ラッキー!」

 

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<私と黄色い小鳥ちゃんなりの結論>

 

「けっきょく、わからないままだったね。でも、謎は謎のままでもいいような気がする」

 私と黄色い小鳥ちゃんは、聖路加ガーデンをあとにして、隅田川テラスを歩いていた。

「そうね、アメリカ公使館跡の記念碑は、過去からのブレゼントじゃないかしら。私たちに、いくらでも想像できる無限のストーリを残してくれたのよ」

 ほかの史跡や記念碑にも、言えることかもしれない。

「それが、歴史のおもしろさだね!」

 私は晴れやかに、そう言いながらも、あっとなにかに気づいたような顔になる。

「あら、またなにかひらめいた?」

 黄色い小鳥ちゃんは、おもしろそうに、私を見る。

 私は愛想笑いをうかべ、それでもやっぱり、言わずにはいられなくて、

「もしかして、13基あったのかも!」

 と言った。

「ほんとうは、アメリカ公使館跡の記念碑は、ぜんぶで13基あったんだよ。それこそ、グラント前大統領が明治12年に来日したときに、ビンガム公使が歓迎の意をこめてつくった記念碑だとしたら、13基あったんだよ、きっと」

「でも、どうして13なの?」

 と、黄色い小鳥ちゃんはもうすでに気づいているらしく、いたずらっぽい笑みをこちらに向けた。

「独立当時、13州だったから!」

 黄色い小鳥ちゃんは、満足気にうなずく。

「たしかに。盾形の星条旗にほどこされている星の数は…」

「13!」

「白頭鷲を囲んでいる星の数も…」

「13!」

 私たちは顔を見合わせて、にっこり笑った。

「ほんとうに、あなたはこりないわね」

 と、黄色い小鳥ちゃんは笑う。

 私たちは、たくさんの謎を抱えたまま、なにひとつ解明などできなくて、それなのに、とんでもなくわくわくした気持ちでいた。

 時代の落とし物を拾い集める者たちにとって、謎が謎を呼ぶことは、じつに歓迎すべきことであり、うたがいようもなく喜ばしいことだ。とくに、歴史の宝箱のような、ここ中央区を愛する者たちにとっては。

 そして、私と黄色い小鳥ちゃんも、ゆるされるなら、そのひとりだと胸をはって言いたい。


(第10話おわり)

 

つづく

 

 

♪参考文献「歩いてわかる中央区ものしり百科」中央区観光協会/「中央区区内散歩(三)」川崎房五郎 中央区企画部広報課 平成4年/「中央区の区民文化財」中央区教育委員会 平成3年/「郷土室だより第61号」安藤菊二 京橋図書館地域資料室 昭和63年/「築地外国人居留地」川崎晴朗 雄松堂出版 2002年/「築地明石町今昔」北川千秋 聖路加国際病院 昭和61年/「クララの明治日記」上・下巻 クララ・ホットニー 一又民子訳 講談社 1976年/「日記で読む日本史18 クララ・ホイットニーが綴った明治の日記」佐野真由子 臨川書店 2019年/中央エフエム84.0 中央区街角スケッチ

 

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中央区観光協会特派員 湊っ子ちゃん
第223号 令和5年3月2日