すっとこどっこい

入船一丁目 T-シャツ 継承していくもの

入船一丁目町会の町会員・青年部員・婦人部 が着用している T-シャツ です。

ベースの色は紺地の T-シャツ です。

背中のデザインは 波の上に舟があり、丸く描かれた祭りの字のマークが入った帆に、舟のマストの一番上はるという字とその下に漢数字の で入船一丁目を表現しています。

数年前 青年部員 U が提案しました。

青年部員のうち、これからの青年部を支えて行ってもらう若手メンバーは黒ベースで統一しました。

 

因みに現在の町名は 入船 ですが、昭和48年までの町名は 入舟町 でした。 のほうが小型の乗り物のイメージです。昔、八丁堀界隈に出入りしていた は小型でしょう。デザインする時イメージされたと思われるのは小型のと思い敢てこの字をつかいます。

 入船一丁目 T-シャツ 継承していくもの

これは現在の入船一丁目 袢纏 です。波の上に入一と書かれた帆の舟のデザインです。この 袢纏 はいつ作られたものでしょうか。昭和52年のお祭りで、すっとこどっこいが着用していた写真を見つけました。少なくとも47年以上の歴史があります。入船一丁目町会防災センターの二階に飾ってある歴代のお祭り集合写真の中でも現在一番古い写真は昭和52年です。その時この 袢纏 を着用していたのを確認できます。

青年部員 U は、これ以前の昭和30年代40年代に着用されていた 袢纏 を、先輩から譲られます。

その 袢纏 の背中のデザインが一番最初の T-シャツ の写真のものです。

入船一丁目町会に青年部が結成されたのは昭和47年以降です。譲られた 袢纏 はまだ青年部の活動以前から着られていたものでした。

 U はこういった伝統的なものを後輩たちにも受け継いでもらいたいと考えました。青年部員 T に依頼してデジカメでデザインを残してもらい新たに T-シャツ のデザインに調整します。

 入船一丁目 T-シャツ 継承していくもの

T-シャツ の左前胸の デザインです。

 入 という字はつながっています。 は漢数字の の旧字で領収書などで使われる 壱 と同じ意味です。

この二文字は今の 袢纏 の両襟に縦書きで入っている字と同じです。 U が譲られた以前の 袢纏 も、貸袢纏で使っている俗にいうビートルズ袢纏にも同じ字体で入っています。

 入船一丁目 T-シャツ 継承していくもの

青年部員 SK から子供サイズの T-シャツ をつくったらどうでしょうと相談されました。すっとこどっこいは孫の為に買うよと答えると価格やサイズを調べてくれました。大手のメーカーでは出来なかったのですが作成できる業者を見つけてきてくれました。色は紺地ともう一色、女の子用を考えて欲しいと言われました。すっとこどっこいはピンクか赤しか浮かびません。 SK は ”アナと雪の女王” の影響でパープル系のラベンダーカラーが大人気だと言います。もうお任せするしかありません。いざ業者との打ち合わせに行ってもらった時、白地も提案してきました。紺地の逆色で、白地のシャツで左胸も背中の舟も紺の提案でした。サイズは100・120・140の三サイズ。個人的にはそれでいいと返事をしました。その後 、SK の判断で白地にシルバーの舟、祭りのマークは赤で再提案されました。

納品された現物を初めて見た時、小さいから可愛いと思ったのと同時に、特に白地はカッコイイと思いました。

 SK を中心に販売してもらった結果、鉄砲洲神社の例大祭での子供神輿の時も、そして翌日の連合神輿渡御の時にも周りでこのJR T-シャツ を着ている子供を何人も見かけました。すっとこどっこいも入船一丁目の神輿が神社に宮入する直前に姪が子供二人を連れて見に来ているのに気付きました。白の T-シャツ を着た男の子とパープルの T-シャツ を着た女の子です。すごく嬉しくなりました。

 入船一丁目 T-シャツ 継承していくもの

五月に鉄砲洲神社の例大祭が行われました。コロナ渦で前回は中止となり、6年振りの本祭りです。

理由はよくわかりませんが、出店の屋台がほとんど出ていませんでした。すっとこどっこいが子供のころは神社と鉄砲洲公園、現中央小学校の周りの道は屋台が連なって出店されていて、おじいちゃん、おばあちゃんからもらった小遣いを握りしめて、朝から夜まで遊んでいました。その点は少し寂しく思いましたが、お祭りが終った後は少なからず虚脱感があるほど楽しんだ気はします。

商店や戸建ての家が減り、町会の活動も以前とは変わって難しい問題もあると思います。

今回の T-シャツ のことは 入船一丁目町会 の活動をアピールすることの一助になったことは間違いありません。

そして何よりも地元青年部の若手部員からの活動で行われたことがとても嬉しく思います。

残していくもの、継承されていくものは、何も形のあるものだけではありません。