ぴっか

茅場町薬師の植木市

『江戸名所図会』国立国会図書館デジタルコレクション

ここは茅場町のお薬師様。

境内地に住んでいた宝井其角の「夕やくし すずしき風の 誓いかな」句が添えられています。

「毎月八日十二日 薬師の縁日には植木を商う事夥しく 参詣群衆して賑わえり」と説明があります。

茅場町に徳川家康が日枝神社の山王御旅所をつくり、別当寺として薬師堂を作りました。これが現在の智泉院の始まりです。

病を治すご利益のある薬師堂は参詣に訪れる人も多く、参詣の人目当てに毎月8日、12日には植木市が開かれました。

江戸の園芸ブーム

江戸の園芸ブーム 茅場町薬師の植木市

芳虎『新板植木つくし』安政4年

国立国会図書館デジタルコレクション

2代秀忠、3代家光は「花癖あり」といわれるほど園芸として花や盆栽を好んだそうです。家光のあまりのご執心を心配した天下のご意見番大久保彦左衛門は家光が大切にしていた松の盆栽を投げ捨てたという逸話が残っているほど。

大名も広大な大名屋敷に大名庭園を造ったため、結果として多くの植木業者が生まれました。

江戸時代中期には庶民階級にも園芸ブームがひろまります。植木屋が生産した植物を天秤棒をかついだ振り売りが町内に売りに来たり、寺社の縁日で売られました。植木を植える庭のない長屋暮らしの庶民たちは盆栽や鉢植えを楽しみました。

上の絵は鉢植えを描き集めた「ものづくし絵」です。このような絵はたくさんの種類が刷られ多くの大人も子供も手に取って楽しみました。「桜」「梅」「松」「菊」「牡丹」「かきつばた」「朝顔」「さぼてん」など季節を問わずたくさんの鉢植えが描かれています。

この絵にはありませんが、「椿」や「つつじ」が載っているものづくし絵もあります。四季折々の草花を楽しんでいたことがわかります。

植物の種類の多さに加え鉢も美しいですね。藍と白が美しい染付鉢は瀬戸(愛知)を中心に制作され江戸にもたらされたものだそうです。

右下の「かきつばた」の上のピンク色の花の小さい鉢植えは「サクラソウ」です。「サクラソウ」と言えば喜多川歌麿が描いた三美人のひとり「富本豊雛」の紋でもあります。

 

 

 茅場町薬師の植木市

「江戸三美人」喜多川歌麿 国立文化財機構所蔵品統合検索システム

一番上の「花」の団扇を持っているのが豊雛です。着物に「サクラソウ」の紋が入っています。富本という名前でピンときた方もいるかもしれません。NHK大河ドラマ「べらぼう」の11回の放送で蔦屋重三郎が浄瑠璃の富本豊前太夫(馬面太夫)の心を動かし、富本節の正本を出版できることに決まりました。富本豊雛はその富本節の名取芸者でした。そして、この三美人の浮世絵の版元も蔦屋重三郎です。

富本豊雛にあやかって可愛らしいサクラソウの鉢を植木市で買い求める人もいたかもしれませんね。

 

 

 茅場町薬師の植木市

一登斎芳綱『新板箱にわ尽くし』国立国会図書館デジタルコレクション

このような箱庭もあります。庭園や名勝などを身近に楽しめますね。見るだけでなく作る楽しみもありそうです。

 

 

 茅場町薬師の植木市

『朝顔三十六花撰』 国立国会図書館デジタルコレクション

奈良時代に薬草として中国から伝来した朝顔は江戸時代の2度の園芸ブームで様々な品種が生まれました。

上の絵は2度目の嘉永、安政期(1848~60)の変化朝顔です。北町奉行の鍋島直孝が品種改良を楽しんだ朝顔の本です。

 

 

 茅場町薬師の植木市

『江戸名所図会』国立国会図書館デジタルコレクション(部分拡大、赤字で植物名加筆)

冒頭の茅場町薬師の植木市の絵でも多様な植物が売られていることがわかります。

植物名を赤字で加筆させていただきました。万が一植物名に誤りがございました時はご容赦ください。

藤、牡丹があることから現在の4月下旬から5月頃の植木市だと思われます。

藤は立派な鉢植えですね。大八車でもないと重くて持って帰れなさそうな大きさです。客寄せのためのディスプレイでしょうか。

絵の中に?付きで示させていただいた「朝顔」ですが、花の形が朝顔というにはとがっていて、てっせん(クレマチス)のようにも見えます。しかし、前出の『朝顔三十六花撰』の左ページの青い朝顔に似ているように見えないでしょうか。

季節ごとに草花が並んだ茅場町薬師の植木市。見てまわるだけでも楽しめそうですね。

 

【参考文献】

『江戸の植物図譜』細川博昭 秀和システム

『ウキヨエ植物大図鑑』大宮盆栽美術館図録

 

【現在の智泉院】

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