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中央区ものしりクイズ 32

 中央区ものしりクイズ 32

解答と解説

1   リバーシティ21です

リバーシティ21は、中央区佃に位置する隅田川沿いの広大な再開発エリアです。超高層マンション群を中心に、商業施設、公園、教育施設が調和した美しい街並みが広がっています。

公園・散策: 隅田川に沿って「隅田川テラス」や「石川島公園」が整備されており、桜並木や夜景を楽しめるウォーキングコースとして人気です。

2  三井本館です

1929年に竣工した、日本を代表する近代洋風建築(重要文化財)です。

1923年(大正12年)の関東大震災で被災した旧本館に代わり、1929年(昭和4年)に再建されました。当時の三井合名会社理事長・團琢磨が「関東大震災の2倍の地震が来ても壊れないもの」を目指して建設を指揮しました。

1998年(平成10年)には、大規模オフィスビルとして初めて国の重要文化財に指定されました。

 地上1階から伸びる22本の巨大なコリント式丸柱(柱頭にアカンサスの葉の装飾がある柱)が特徴で、アメリカン・ボザール様式の傑作とされています。

 地下には「モスラー社」製の巨大な大金庫があり、その扉は重量が50トン以上もあります。あまりに重いため、運搬時には日本橋の上を通ることが許可されず、船で近くまで運び、深夜に陸揚げして運んだという逸話が残っています。

3 東をどり(あずまをどり)です

新橋芸妓によるこの華やかな舞踊公演は、大正14年(1925年)の新橋演舞場の開場記念として始まりました。

例年、5月下旬に新橋演舞場で開催されます。

普段は一見さんお断りのお座敷でしか見られない芸妓衆の踊りや、地方(唄や三味線)の演奏を舞台で堪能できます。

演目には、伝統的な古典舞踊だけでなく、現代的な演出が加わることもあり、初心者から通まで楽しめる構成になっています。

4   外国人居留地です

日本の近代化において極めて重要な役割を果たした場所です。特に江戸末期から明治時代にかけて、西洋の文化や技術が流入する玄関口となりました。

1868年(明治元年)に築地に置かれました。当初は横浜のような貿易拠点を目指していましたが、隅田川の河口が浅く大型船が入港できなかったため、実際には商館よりもキリスト教の布教、教育、医療の拠点としての性格を強めていきました。

ここから多くのミッションスクール(立教、明治学院、聖路加など)が誕生しました。また、西洋料理やパン、ホテルなどの「ハイカラ」な文化が日本橋や銀座へと広がる起点にもなりました。

 現在の明石町周辺には、当時の教会・病院や洋学・教育発祥の地の記念碑が多く残っています。

5   明治座です。

日本橋・浜町に位置する明治座は、東京で最も長い歴史を持つ劇場の一つです。

明治座は、その名の通り明治時代(1873年・明治6年)に「喜昇座」として誕生しました。1893年(明治26年)には、初代・市川左團次が中心となり「明治座」となりました。

火災や関東大震災、空襲などにより何度も焼失しましたが、その度に日本橋の人々の手によって再建されてきました。現在の建物は1993年に完成したもので、高層ビル(浜町センタービル)と一体化した近代的な劇場になっています。

歌舞伎、時代劇、歌謡ショー、ミュージカル、そして現代劇まで、非常に幅広いジャンルが上演されるのが明治座の大きな特徴です。

 

中央区立シニアセンター

〒104-0051 東京都中央区佃1丁目11−1

※中央区立シニアセンターの入口にクイズが置かれています。