Ginza Sony Park 100.80.60展示 5月31日まで開催中
Ginza Sony Parkで、100.80.60展が、5月31日まで開催中です。
数字が示す意味は、「銀座100年」、「ソニー80年」、「ソニービル60年」です。
ソニーパークビルの4F、3FとB2Fに、銀座の1920年代からの100年の歴史、ソニー80年、ソニービル60年の出来事が有名なエッセイスト、アーチスト、作家さんのエッセイや詩と写真で紹介されています。
4Fから3F、B2F へと回遊しましょう
4Fでは、1920年代について「銀座と、モダン。」という題で、ヒコロヒーさんが、
1930年代について「銀座と、時計。」という題で、穂村弘さんが、
1940年代について「銀座と、手直し。」という題で、伊藤亜和さんが、
1950年代について「銀座と、くらし。」という題で、皆川明さんが、
3Fでは、1960年代について「銀座と、まぶしさ。」という題で、小谷実由さんが、
1970年代について「銀座と、歩く。」という題で、いとうせいこう さんが、
1980年代について「銀座と、ネオン。」という題で、金原ひとみさんが、
1990年代について「銀座と、静けさ。」という題で、又吉直樹さんが、
それぞれの方のご経験とご意見を寄せておられて、それぞれの
方々のエッセイや詩、体験談を楽しく読ませて頂きました。
ミュージアムの様であり、画廊の様であり 時を忘れる展示です
B2Fでは、2000年代について、「銀座と、衣替え。』という題で、俵 万智さんが、
2010年代について、「銀座と、撮る。」という題で、川島小鳥さんが、
2020年代について、「銀座と途中。」という題で、柴田聡子さんが、寄稿されています。
皆さんが書かれたエッセーや詩は印刷されたものを記念に頂けます。
ぜひ、手に取ってゆっくりお読みください。
SONY の はなし 1945&1946
別のフリップに展示されたSony の はなし、
1945年 東京通信研究所が、開設。焼け跡の白木屋デパート3階で、東京通信研究所が動き始めます。 壊れたラジオを直し、届かなかった声をもう一度聴けるようにしていく。
戦後という時代には、暮らしを立て直すことと、情報を取り戻すことが、どこか重なっていたのかもしれません。と書かれています。
1946年に電気座布団を販売。
「銀座ネッスル(熱する)商会」と称して、簡易な電気座布団を製造・販売しました。
少しユーモラスな名前の奥には、寒さと物資不足をしのぐための、切実な工夫がありました。
というお話は、第二次世界大戦直後の物資不足の下、80年前のソニーの試行錯誤でご苦労されたことがうかがわれました。
Ginza の はなし 1970
Ginzaのはなし1970は、2枚の説明がありました。
1枚目は、1970年 銀座、制定100年。
1970年は「銀座」という地名が定められてちょうど100年の節目でした。
(なるほど、明治2年に新両替町という町名が銀座に変更されたのですね。)
大銀座には60万人もの人が集まり、街はたくさんの足音で埋めつくされました。歩くことそのものが、銀座の祝祭になった年でもありました。 との説明。
2枚目の説明が、1970年 はじめての歩行者天国を、実施。
街は通り抜ける場所から、歩くことそのものを楽しむ場所へと、少しずつ変わりはじめました。
そして、ひとっ飛びで2025 Sony Building の はなし
1970年以降、ソニーの躍進は凄まじい勢いでした。
1970年にラジカセ1号機「CFM-8120」の発売。
1979年、初代ウォークマン「TPSーL2」が発売。
1982年、「It's a Sony」が、サウンドロゴとして展開。
1994年、 Play Station ®が、発売されました。
1999年には、AIBO「 ERS- 110」が発売されました。
この他にも、沢山のSONY のおはなしが展示されていますが、紙面の都合上、割愛させていただきます。
2025年に、Ginza Sony Park がグランドオープンされたことを写真でご覧下さい。
Ginza の はなし2025
Ginza の はなし も、1970年の歩行者天国の実施から沢山の話題がありました。
1988年に、道路愛称名が決定。
1998年に。地区計画条例の銀座ルールが、策定されました。
2025年については、2つのおはなしが披露されています。
ひとつは、2025年 銀座全体が、歩行者天国となる構想。
人にやさしく、歩いて楽しい街へ。 この場所では、いま、通りをただ通り過ぎるためではなく、過ごし、出会い、文化がううまれる空間として、街をとらえ直す動きが始まっています。そうした変化もまた、いまの銀座らしい、途中のひとつです。と書かれています。
そして、2つ目は、銀座の高速道路 「KK線」が、廃止。というおはなしです。
長く銀座の上を走っていた道が、その役目を終えました。 風景は、建物だけでなく、道のあり方によっても変わっていきます。 というお話です。
素晴らしい銀座100年の歴史、SONYの歴史、ソニービル60年の歴史展を拝見して、銀座の魅力を再発見し、
Ginza Sony Park が発信する文化活動に深く敬意を表し感謝いたします。
(この記事の掲載については、4月28日の取材時にスタッフの方に、広報のご担当者様に連絡をして頂き、ご了解を得ています)
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