浜ちゃん

「三浦按針(ウィリアム・アダムス)」:中央区とのご縁は日本橋の「三浦按針遺跡」だけではないのをご存知でしょうか?

中央区観光検定を受験された方であれば、テキスト「中央区ものしり百科」に記載されている、タイトル画像の「三浦按針遺跡」についてはご存知かと思いますが、実は、中央区との繫がりは、それだけではないのです。

三浦按針(みうらあんじん)(ウィリアム・アダムス)

三浦按針(みうらあんじん)(ウィリアム・アダムス) 「三浦按針(ウィリアム・アダムス)」:中央区とのご縁は日本橋の「三浦按針遺跡」だけではないのをご存知でしょうか?

「三浦按針(ウィリアム・アダムス)」(以下、アダムス)については、以前のブログ(↓)で、家康から与えられた日本橋の屋敷に住んでいたことをご紹介させて頂きました。

https://tokuhain.chuo-kanko.or.jp/detail.php?id=6879

 

アダムスは単に日本橋に住んでいたというだけではなく、アダムスと中央区との間には、もっと深い繫がりがあります。

慶長5年(1600年)、アダムスが乗った船が豊後(現、大分県)に到着しました。徳川家康から呼び出しがあり、アダムスは、ヤン・ヨーステン(以下、黄色ハイライトは中央区とご縁のある人物)と共に家康と大坂城で引見しました。

アダムスは、最初の引見後も度々、家康から江戸城に呼び出されましたが、江戸滞在中に宿泊する家を探してくれたのが、「向井将監(むかいしょうげん)」でした。アダムスは、向井将監の斡旋により、「馬込勘解由(まごめかげゆ)」の屋敷に宿泊することになりました。

アダムスは、1603年ごろに、家康から日本橋に居宅を与えられ、日本人妻を迎えました。大正59月発行、(当時の)東京市日本橋区役所編纂の「日本橋区史 第四冊」に、「アダムスは家康に勧められ、馬込勘解由が斡旋する、ある未亡人と結婚した」、との記載があります。

その後、アダムスは、家康から要請され、向井将監と共に、伊豆国伊東(現、静岡県伊東市)で日本初の洋式帆船2隻を建造しました。写真は、静岡県伊東市にある、当時の建造の様子を描いたタイル絵で、アダムスが武士たちと話をしている様子が描かれています。武士の中の一人が、向井将監なのでしょう。

アダムスと中央区とのご縁

アダムスが関東・駿河を生活拠点にしていた10年間のうち、最も長い時間を過ごしたのは中央区(馬込勘解由の屋敷、並びに、日本橋安針町の自宅)でした。更には、中央区内に屋敷のあった馬込勘解由や向井将監、また、八重洲に記念碑のあるヤン・ヨーステンとも深いご縁がありました。

 

①按針通り、三浦按針遺跡

日本橋には、アダムスの江戸屋敷があり、その周辺は昭和初期まで安針町と呼ばれていました。今も、「按針通り」と、「三浦按針遺跡」(タイトル画像)が残っています。

 

②向井将監(むかいしょうげん)(海運橋親柱)

日本橋一丁目と日本橋兜町との間は現在、高速道路になっていますが、かつては楓(もみじ)川が流れており、そこに海運橋がかかっていました。海運橋の東詰に江戸幕府御船手頭の向井将監の屋敷がありました。現在、海運橋の親柱が残されています。

アダムスの江戸屋敷と向井将監の屋敷は、日本橋川を挟んだご近所にあり、二人は親しい友人であったと伝えられています。

 「三浦按針(ウィリアム・アダムス)」:中央区とのご縁は日本橋の「三浦按針遺跡」だけではないのをご存知でしょうか?
 「三浦按針(ウィリアム・アダムス)」:中央区とのご縁は日本橋の「三浦按針遺跡」だけではないのをご存知でしょうか?

 

③馬込勘解由(まごめかげゆ)屋敷跡

日本橋大伝馬町には、道中伝馬役を務めた馬込勘解由の屋敷がありました。馬込勘解由については、以下(↓)ブログをご覧ください。

https://tokuhain.chuo-kanko.or.jp/detail.php?id=6102

 「三浦按針(ウィリアム・アダムス)」:中央区とのご縁は日本橋の「三浦按針遺跡」だけではないのをご存知でしょうか?

 

④ヤン・ヨーステン記念碑(八重洲)

⑤ヤン・ヨーステン記念像(東京駅八重洲地下街)

ヤン・ヨーステン(以下、ヨーステン)は、アダムスと一緒に豊後に来航し、家康に引見しました。記念碑④(画像上段)は八重洲通りの中央分離帯にあり、記念像⑤(画像下段)は東京駅八重洲地下街にあります。八重洲の地名は、ヤン・ヨーステンの和名「耶楊子(やようす)」が転じて「八代洲(やよす)」「八重洲(やえす)」となったと伝えられており、彼の拝領屋敷があったことにちなんだものです。

八重洲地下街の記念像⑤の画像は、普段は見ることができない「クリスマスバージョン」です。

 「三浦按針(ウィリアム・アダムス)」:中央区とのご縁は日本橋の「三浦按針遺跡」だけではないのをご存知でしょうか?
 「三浦按針(ウィリアム・アダムス)」:中央区とのご縁は日本橋の「三浦按針遺跡」だけではないのをご存知でしょうか?

アクセス

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①日本橋三越新館の中央通りを挟んで向い側

②日本橋一丁目と日本橋兜町との間の高速道路わき

③小伝馬町駅そば

④中央通りと八重洲通りの交差点そば

⑤東京駅八重洲地下街

【出展、参考資料】(ホームページ含む)

中央区ものしり百科、日本橋区史

三浦按針の謎に迫る-家康を支えたイギリス人臣下の実像-(玉川大学出版部)、按針と家康-将軍に仕えたあるイギリス人の生涯(出帆新社)、三浦按針-その生涯と時代(東京堂出版)、ウィリアム・アダムス-家康に愛された男・三浦按針(筑摩書房)、さむらいウィリアム-三浦按針の生きた時代(原書房)、日本に来た最初のイギリス人-ウイリアム・アダムズ=三浦按針(新評論)、徳川家康のスペイン外交-向井将監と三浦按針(新人物往来社)、三浦按針の足跡(サガミヤ)

新たに中央区観光協会特派員に登録された皆様へ

新たに中央区観光協会特派員に登録された皆様へ 「三浦按針(ウィリアム・アダムス)」:中央区とのご縁は日本橋の「三浦按針遺跡」だけではないのをご存知でしょうか?

今年も、中央区観光検定の上位10名程度の方が、新たに中央区観光協会特派員に登録されたと伺っています。おめでとうございます。「浜ちゃん」も、年齢的には還暦を迎えましたが、昨年4月に初めて特派員に登録され、やっと若葉マークがとれたばかりです。ブログは素人で、初めは、読者の方に内容がうまく伝わらないことも多々あったかと思います。それでも、ブログを作成しているうちに、読者のお役に立つ情報や新たな情報など、多少は付加価値のある情報を読者の方にお届けできるようになったかな、と思っています。

皆さんも、身近な情報など、どのような内容でも結構ですので、まずは、ブログを作成してみませんか。私個人だけではなく、中央区観光協会としても、新たなメンバーの皆様のブログは大歓迎です!