浜ちゃん

中央区とご縁の深い、この桜並木はどこでしょう?

この桜並木は、中央区に長く住んでいらっしゃる方であれば、ご覧になったことがあるかもしれません。中央区内にも桜の見所はたくさんありますが、中央区とご縁が深い場所の中では、ここの桜並木が最も美しいのではないでしょうか。

中央区とご縁の深い、この人物は誰でしょう?

中央区とご縁の深い、この人物は誰でしょう? 中央区とご縁の深い、この桜並木はどこでしょう?

タイトル画像の桜並木は、静岡県伊東市の伊豆高原駅から、中央区の保養施設「伊豆高原荘」(↓)まで、約3㎞にわたって続く桜並木で、約550本のソメイヨシノが植えられています。

伊豆高原荘: https://www.city.chuo.lg.jp/a0013/bunkakankou/kankoujouhou/hoyou/izukougensou.html

上の画像の人物は、「三浦按針(みうらあんじん)(ウィリアム・アダムス)」(以下、アダムス)で、同じく静岡県伊東市の伊東駅の近くの海岸に、このモニュメントが設置されています。

三浦按針(みうらあんじん)(ウィリアム・アダムス)

三浦按針(みうらあんじん)(ウィリアム・アダムス) 中央区とご縁の深い、この桜並木はどこでしょう?

アダムスは、徳川家康の外交顧問に就き、家康から名字帯刀を許され、三浦半島逸見(へみ)に250石の領地と100人近い小作人を賜るという厚遇を受けた英国人で、「青い目のサムライ」とも呼ばれています。アダムスは、現在の静岡県伊東市において日本で初めて洋式帆船を建造したことに加え、家康の期待に応えて、スペイン、ポルトガル、オランダなどの各国の情報を収集するなど、家康に多大な貢献をしたと言われています。

アダムスは、1564年生まれ、1620年没、その55年の生涯は、イギリス時代の前半33年間と、2年間の大航海、日本で生活した後半20年間とに大別されます。

①前半33年間(イギリス時代):12歳までの幼少期、12歳から24歳までの造船所で徒弟としての修業期、24歳から33歳までの貿易会社(バーバリ会社)勤務期。

2年間:オランダから日本に至る大航海。

③後半20年間(日本時代):関東・駿河を生活拠点にした前半10年間と、平戸(長崎)時代の後半10年間。

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慶長5年(1600年)、アダムスが乗ったリーフデ号が豊後(現、大分県)に到着しました。徳川家康から呼び出しがあり、アダムスは、家康と大坂城で引見しました。

家康は、軍事技術や航海術、西洋船の操舵、および世界情勢の把握など、船員たちには利用価値があると考え、「船員たちは日本に留まらなければならない」とし、船員たちには住居が斡旋され、各自が日本で新生活を築くことになりました。アダムスも、家康から日本橋(按針町)に居宅を与えられ、日本人妻を迎えました。写真は、アダムスの屋敷があった、日本橋室町1丁目にある「按針通り」の標識です。

その後、アダムスは、家康から要請され、伊豆国伊東(現、静岡県伊東市)の松川河口で日本初の洋式帆船2隻を建造しました。さきほどの画像のアダムスのモニュメントの横にあるのが、アダムスが2隻目に建造した「サン・ブェナ・ヴェンツーラ号」です。

2隻の西洋船を建造したアダムスは、以後ますます家康の寵遇を受けるようになりました。慶長13年(1608年)ごろ、家康はアダムスに、相模国三浦郡逸見(へみ)(現、神奈川県横須賀市)にある石高250石の領地を与えました。アダムスは名字帯刀を許され、「三浦按針」と名乗りました。この名前は、「三浦の舵手」の意味です。拝領後も、アダムスは、いつでも登城できるように、大部分の時間を日本橋の江戸屋敷で過ごし、逸見には時々訪れる程度だったといわれています。

後年、アダムスは、平戸に赴きオランダ領事館の顧問となり、元和6年(1620年)、平戸で亡くなりました。

静岡県伊東市

アダムスは、適切な河口があることや、天城山には良質の木材があり船の建造に適しているため、船大工が大勢いることなどから、船の建造場所として伊東を選びました。

静岡県伊東市には、「あんじん通り」やアダムスゆかりの記念碑などが多数あり、毎年810日前後には「按針祭」が開催され、約10000発の花火が打ち上げられます。また、静岡県伊東市は、アダムスの生地であるイギリスのメドウェイ市と友好都市になっています。

写真①~④は、アダムスが日本初の洋式帆船を建造した松川河口の公園に設置されています。アダムス胸像の後ろに映っている河口が建造場所です。

    ウィリアム・アダムス胸像

    サン・ブェナ・ヴェンツーラ号(アダムスが建造した2隻目)

    「日本初洋式帆船建造の地」のモニュメント

    エドモンド・ブランデン碑(アダムスを称えた石碑)

    按針碑

    按針音頭歌碑

    川口公園タイル絵(建造の様子を描いた絵)

    東海館:かつて木造旅館として使用されていた建物(伊東温泉観光・文化施設)で、この中に、三浦按針の肖像画や資料などが展示されています。

 中央区とご縁の深い、この桜並木はどこでしょう?
 中央区とご縁の深い、この桜並木はどこでしょう?

【出展、参考資料】(ホームページ含む)

伊豆伊東ガイド(伊東観光協会)、中央区ものしり百科、日本橋区史、長崎出島

三浦按針の謎に迫る-家康を支えたイギリス人臣下の実像-(玉川大学出版部)、按針と家康-将軍に仕えたあるイギリス人の生涯(出帆新社)、三浦按針-その生涯と時代(東京堂出版)、ウィリアム・アダムス-家康に愛された男・三浦按針(筑摩書房)、さむらいウィリアム-三浦按針の生きた時代(原書房)、日本に来た最初のイギリス人-ウイリアム・アダムズ=三浦按針(新評論)、徳川家康のスペイン外交-向井将監と三浦按針(新人物往来社)、三浦按針の足跡(サガミヤ)