滅紫

「面白漢字」を探す中央区の名所・史跡散歩 「椙」「凧」

中央区街歩きのお手伝いで「森神社」をご案内した時「画!この字《すぎ》って読むの!?」と驚かれる方が結構いらっしゃり、質問があると「国字」だとご説明をしていますが、中には「国字って何?」という方も。区外の方には珍しいのかも知れないとちょっと面白そうな漢字をもつ名所を探してみました。

 「面白漢字」を探す中央区の名所・史跡散歩 「椙」「凧」

まずは「国字」を使っているところ。この「椙森神社」とたいめいけんさんの「の博物館。

 「面白漢字」を探す中央区の名所・史跡散歩 「椙」「凧」

中央区役所は土佐藩の中屋敷の跡ですが、ここから武市半平太や岡田以蔵などが通った士学館のあった「蜊河岸」の「蜊」は一見国字ですが、同じ意味の「鯏」が国字でこれは「国訓」。漢字自体は中国にあるが日本で独自の意味で使っているものです。

 「面白漢字」を探す中央区の名所・史跡散歩 「椙」「凧」

それからちょっと面白いのは京橋の親柱の橋名の表記。明治8年の佐々木支陰の書ですが、2つあり「きやうはし」ともう一つは「橋」です。「亰」の字、「京」の異体字で読みは「ケイ、キョウ」。

ご存知のように江戸が東京都なったのは慶応4年(1868)7月の事、9月に明治に改元となります。この時には「東京」の読みは定まっておらず、「明治初年には新首都・東京を「東亰」と表記し「とうけい」と読むことがあった。」(新潮社日本語国語辞典)とあるように、明治中期ごろまでこの「亰」は京都大学の表記、明治天皇の東京行幸を描いた錦絵「東幸図」(明治9年)などにも見られます。江戸と東京の間にある「江戸の延長線上にあって江戸とも違う」(「江戸と東京の間で」小木新造)ほんの一時期使われた漢字。文明開化の香りがする漢字です。明治に変わってもガス灯が灯される明治7年までは東京の夜は漆黒の闇でした。魑魅魍魎の跋扈する江戸川乱歩の探偵小説の世界もイメージさせますね。そんな雰囲気を感じることのできる「亰」という漢字が好みなのでしょうか、「十二国記」シリーズなどでファンの多い小野不由美さんにも「東亰異聞」という作品があります。

「面白漢字を探してみよう」-そんな目で見て歩くと見慣れた街にもまた新しい面白さを感じられるかも知れません。面白漢字を見つけられたら是非ご一報ください。

「椙森神社」日本橋堀留町 1-16-2

「凧の博物館」日本橋1-12-10たいめいけんビル5階

「蜊河岸」銀座1-25 京橋公園