地下鉄銀座駅 地下コンコース
歩いてみますといろいろなモニュメントがあります ⑤
「Procession Spin」
~ 銀座駅 地下コンコース ~
リモートで、小出しに中央区をナビゲートします、『翼の折れたエンジェル』rosemary sea です。
「地下鉄銀座駅 歩いてみますといろいろなモニュメントがあります」シリーズ、今回はその第5回、「Procession Spin」をご紹介します。
それでは・・・
Procession Spin
2025 大友克洋
縄文から現在へ、そしてその先へと続いていく美術の流れを、ひとつの形にしました。
時代ごとに人が表現したかった想いや祈りのようなものが、形を変えながら受け継がれていく。
その連なりの中から、自分が惹かれ、心に残り続けている断片を並べています。
多くの人の手が加わり、色が生まれ、立体として立ち上がっていきました。
ここから先は、もう作品は見る人のものです。
通りがかりにふと立ち止まって、近づいたり離れたりしながら、それぞれの中に何か感じるものがあれば嬉しいです。
大友克洋
協賛 セイコーグループ株式会社
公益財団法人メトロ文化財団
陶板レリーフ:クレアーレ熱海ゆがわら工房
作者: 大友克洋さんは・・・
大友克洋さんは、「AKIRA」や「童夢」などの超有名作品の生みの親・漫画家です。
ただ、他にも映画監督、イラストレーター、デザイナーなどの顔も持ち、はたまた脚本やキャラクターデザインなどもこなすマルチな才能を発揮される方です。
大友克洋さん プロフィール
1954年生まれ、宮城県登米市出身。
1973年、「漫画アクション」(双葉社)にて「銃声」で漫画家デビュー。
「気分はもう戦争」(原作:矢作俊彦)で星雲賞コミック部門を受賞。
「童夢」で日本SF大賞、星雲賞コミック部門を受賞。
「AKIRA」で講談社漫画大賞を受賞。
「幻魔大戦」(1983年 監督:りんたろう)のキャラクターデザインを担当した事をきっかけに、アニメーションにも携わるようになる。
1988年には、自ら監督した自作漫画の「AKIRA」が劇場公開。
その後もオリジナルアニメ「STEAMBOY」などを監督する。
実写映画では、1991年「ワールド・アパートメント・ホラー」、2007年「蟲師(むしし)」(原作:漆原友紀)などの作品で監督を務めた。
2012年、東北チャリティを目的とした「大友克洋GENGA展」では自らプロデューサーとなり、3000枚もの原画展示を実現。
収益の約3割を被災した地元団体に寄付した。
2013年には紫綬褒章を、2014年にはフランス芸術文化勲章オフィシエを授与され、同年アニー賞ウィンザーマッケイ賞を受賞。
2015年フランスのアングレーム国際マンガ祭でグランプリを受賞。
2015年、東北震災で被災した仙台空港には復興をテーマに、2020年東京工業大学大岡山キャンパスには五大エレメントをモチーフにしたレリーフを、それぞれデザイン監修として担当した。
~ 講談社 ホームページ より ~
・・・それではこちらの作品、4分割してご紹介してみましょう。
どうやら右が頭、左が尾の「龍」のようです。描かれている時代風物も右から左へ流れているように見えます。
なので、右から左へ、「1/4」「2/4」「3/4」「4/4」とさせていただきます。
1/4
さあ、最初の頭部です。一番古い時代でしょうか。
仏像の頭部のようなものや土器、土偶、勾玉(まがたま)、瓦、烏天狗や鬼のお面、・・・いろいろ重なっています。
2/4
2番目は龍のお腹の部分です。
様々な顔、はたまた鶴のような白鳥のような鳥の集団、他に赤い獅子と言いますか狛犬のようなものも。
妖しき花や木々も見えますでしょうか。
3/4
3番目、龍の腰の部分です。
歌舞伎役者のような、人形浄瑠璃のような、能面のような。妖しさが増しています。
腹の部分とは違う種類の、トンビのようなハヤブサのような鳥の一団も飛んでいます。
4/4
最後は尾になります。時代は少し前のところから未来へ向かっているようです。
電車関係の変遷から船(戦艦大和?)・飛行機(ゼロ戦)、はたまた宇宙飛行士、宇宙ロケットの類いまで。
建物もいろいろあるようですが、旧:銀座和光(現:セイコーハウス銀座)のビルもおわかりになれますでしょうか。
ロズマリは大ナマズに乗った着物の一団が気になりました。
この作品は2025年12月15日より公開されました。
縦2.4m、横7.0m、陶板製164ピースにブロンズ製の4ピース、計168ピースで構成されています。
作品名の「Procession Spin」は行列とか行進の「うねり」という意味でしょうか。
・・・この作品はB1出口(和光)のところにあります。
時計、宝飾品などの大型専門店・和光の入っている建物は銀座4丁目交差点角の、時計台のあるランドマークとしての「セイコーハウス銀座」と、現在は呼ばれていますね。
奥に進むと銀座線・日比谷線、手前は丸ノ内線に行けます。
セイコーハウス銀座
2020年4月17日金曜日午前11時に撮影しました。
コロナ対策で不要不急の外出自粛が叫ばれていた中、必要な外出要件(健康診断)があり銀座4丁目交差点を通りました。
普段なら自動車も人通りも絶えないところですが、この日はとても静かでした。
セイコーハウス銀座
ー 様式美はいまも健在 銀座のランドマーク ー
銀座4丁目の交差点の角に本社を移した服部時計店(現在のセイコーグループ株式会社)は、明治27年(1894年)に初代時計塔を完成させた。
2代目の時計塔のビルディングが完成したのは昭和7年(1932年)。
大正年間に計画された建て替え工事は関東大震災の影響で大幅に遅れたが、耐震性を考慮し、天然石を使用した建物が誕生した。
昭和22年(1947年)、服部時計店の小売部門が独立して和光を設立。
時計塔をもつビルは、進駐軍のPX(軍人専用の物品販売施設)としての接収が解除された昭和27年(1952年)に商業施設および社屋として再スタートを切った。
当初、時計塔の大時計はドイツ製だったが、昭和41年(1966年)にセイコー・クオーツに変更された。
現在もこのビルは古典的な洋式日と格調の高さを誇り、銀座のランドマークとして有名で、時計塔竣工から90周年にあたる令和4年(2022年)時の記念日に、ブランド発信拠点として再整備し名称を変更した。
(銀座4-5-11)
~ 歩いてわかる 中央区ものしり百科 より ~
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