中央区でアイヌ文化に触れてみる~アイヌ文化交流センター
今年4月に北海道白老町に大規模オープンする「ウポポイ」(民族共生象徴空間:国立アイヌ民族博物館を含めた、アイヌ文化復興・創造の拠点)については、みなさんどこかで聞いたことがあるのではないかと思います。しかしながら「行ってみたいな~、でも白老(苫小牧の近く)は遠いな~」と思っている人も多いかもしれません。
ところが、ここ中央区にもアイヌ文化に触れるための拠点があるのです。その名はアイヌ文化交流センター(中央区八重洲2-4-13)。公益財団法人アイヌ民族文化財団が運営している施設です。
入口を入るとアイヌ工芸品の展示もいくつかあって、博物館のような雰囲気も醸し出していますが、なんといっても驚くのは蔵書数の多さ。アイヌに関連する資料ばかりが約4000冊も並んでいるのは圧巻です。
貴重な資料も多いため、残念ながら原則として貸出しはしていませんが、私のような初心者にとっては、ここで出会った資料を起点にして書店や図書館で入手していくというガイドにもなりますし、細かな資料を探し求めていた研究者にとっては、ここで出会った資料がゴールになることもあるのかもしれません。
とにかく、アイヌ文化に興味を持つすべての人にとって役に立つ施設です。
※画像はアイヌ文化交流センターのページから
Web閲覧・ダウンロード可能な資料も多彩
アイヌ民族文化財団は文化交流センターというリアル施設を運営しているだけでなく、財団のWebサイトを通じて、アイヌの歴史や文化、アイヌ語や北海道とその周辺地域の自然についてなど、膨大な資料を提供しています。
また、文化交流センターの蔵書検索もこのサイトで行うことができます。
私のお気に入りはソンコdeソンコ(JR北海道発行の旅の情報誌「THE JR Hokkaido」で連載中の人気コーナー「ゆうことみゆきの ソンコdeソンコ」のアーカイブ。ソンコとは「お便り」というような意味)です。
イラストで描かれるアイヌの人たちがみんな現代風のイケメンや美人だったり、ギャグ漫画ふうだったりするのは、もしかすると賛否あるのかなとは思います。
ただ、私は昔のアイヌの人たちとの「心象風景の共有」という意味では適切なアプローチのような気がします。(たとえば平安時代の美人は現代人にとっての美人基準とはかなり違うといわれていますが、源氏物語のイラストが当時の基準に忠実なものであるよりも現代風であったほうが当時の恋愛事情に共感しやすい、という意味です)
※画像は「ゆうことみゆきの ソンコdeソンコ」から
ゴールデンカムイ
ゴールデンカムイ(作:野田サトル、ヤングジャンプ連載中)は、漫画大賞(2016)や手塚治虫文化賞の漫画大賞(2018)も受賞している有名な作品なので、すでにご存じのかたも多いかもしれません。
そして文化交流センターの書棚に(たぶん唯一)並んでいるコミックがこの作品です。アイヌ語監修、ロシア語監修、そしてウィルタ(オロッコ)語監修まで入っているという稀有な漫画で、TVアニメのほうではアイヌ語の会話に日本語字幕が出たり、アイヌの楽器の音色も流れたりという、アイヌ文化ファンにとっては見逃せないものになっています。
アイヌ語監修を担当しているのが言語学者の中川裕氏で、その中川先生ご自身が「アイヌ文化で読み解く ゴールデンカムイ」という解説本も出していて話題を呼んでいます。(上の画像)
強いアイヌのイメージ
ゴールデンカムイの中でのアイヌは、一部の和人から蔑視されている姿も若干登場するものの、総じて「強くて賢明で平和好き」な姿です。
実は私、「強い(強そうな)アイヌ」の姿を見て驚いたのは二度目でした。一度目は『夷酋列像』という連作画を始めて見たときです。夷酋列像というのは、18世紀の後半、画家でもあった松前藩の家老、蠣崎波響が12人のアイヌの大酋長を描いたもので、上の画像はクナシリ島の酋長ツキノエの姿。
松前藩というのは幕府から蝦夷地の管理を任されていた藩で、アイヌとは利害関係が真正面から対立し、簡単に言うとアイヌを支配していた側なので、彼らが描いた絵は「リアルな肖像画」というよりは「こんなに強い奴らを私たちは従えたのだ」というフィルターをかけて見るべきものだとは思いますが、それにしても強そうです。
実際、ツキノエはカリスマ的なリーダーでもあったようで、和人だけでなくロシアとも対等に交易を行っていたという話もあるそうです。着ている服も洋風ですね。
もしも北海道がもう少し小さければ、ハワイ諸島を統一したカリスマ、カメハメハ1世のように、ツキノエのような大酋長が北海道全土を統一できていたのかもしれないなという妄想も湧いてきます。
(画像はwikipediaから)
アイヌの文化と歴史についての雑感(もちろん私見です)
私のイメージでのアイヌの社会は、狩猟や漁撈を中心とした小さくても豊かで美しい文化を持つ社会、カムイへの信仰・信頼というかたちで環境の保全も続けてきたサステナブルな社会というものです。
一方、社会自体が小さかったことで、軍事力や経済力において桁違いに勝る和人やロシア人に対しては理不尽な服従を強いられ続け、また、文字を持たなかったために、アイヌの歴史の大半は支配者側によって語られてきたという悲しい現実があります。差別から逃れるために和人との結婚が推奨された結果、今では純血のアイヌといえる人は残っていないとも言われています。
その結果、①「先祖(民族?)の尊厳の復活」を重要なテーマとする、アイヌの末裔のかたたち。②「少数民族を尊重する、民度の高い国」という姿勢を打ち出したい日本政府。③それらの時流に乗ることで、「ドル箱の観光資源」としてアイヌ文化を扱う自治体や観光業者。④さまざまなPR活動に乗せられながらかつてのアイヌの姿に単純に感動してしまう私のような観光客。
・・・という四つ巴の構図が生じているような気がしています。あと、①~④のそれぞれについて「アンチ」もいて時折大きな声を上げているのも話をややこしくしていますね。
かつてハワイでも似たような状況がありました。ハワイ諸島にハワイアンが群雄割拠していた中に白人が訪れたことで結果として純血のハワイアンは存在しなくなった(ごく一部に例外有)にも関わらず、今ではフラをはじめ古代ハワイアンの文化や歴史が極めて重要なハワイの観光資源になっているという意味で。
そして思い至ったのが、(唐突だとは思いますが)『銃・病原菌・鉄』(ジャレド・ダイアモンド)という本です。長い人類史の中で強大な力によって滅亡や縮退に至った小さな民族の事例が数多く引用され、滅亡に至った原因や、原因の原因が冷静に分析されている名著です。
もちろん、読んだからといって何か答が出るようなものではないと思いますが、アイヌの文化と歴史をとりまく状況を俯瞰的に捉えるには良い本ではないかと思っています。。。