小江戸板橋

広重の江戸に遊ぶ
~嘉永・安政の風景『名所江戸百景』~

 

歌川広重は、後半生を大鋸町(京橋一丁目)に居住するなど、中央区に深いゆかりを持つ浮世絵師である。

本書は、『名所江戸百景』に描かれた119の名所を、江戸切絵図と現代の絵地図で比較しながら、広重の視線や浮世絵に描かれた人物の視線を通して追体験できる構成になっている。

 

表紙がこの本の魅力を、的確に物語っている。

中央に「大はしあたけの夕立」の浮世絵。

その下に広がるのは、天保期の切絵図である。

絵図上に、JRや地下鉄の駅と線路が書き加えられており、現代の位置も推測することができる。

絵図の新大橋のたもとに矢印で「広重はここから名所を描いた」と書き入れてある。

隅田川に架かる新大橋を、浜町側から深川方面を見下ろした図であることが分かる。

 

 広重の江戸に遊ぶ
~嘉永・安政の風景『名所江戸百景』~

 

どっしりとした重量感のある橋脚を持つ新大橋。

上流に架かる両国橋の旧名が大橋であるため、この橋を新大橋と名付けた。

縦と斜めの線が入り交じる雨の描写は、その激しさを表している。

急な夕立に、あわてて走り出す人々。

傘やむしろをかぶり、尻っ端折りで駆け出す姿。

雨雲は暗く立ち込め、対岸の御船蔵を霞ませている。

幕府の御用船安宅丸が係留されていたことから、この付近を安宅(あたけ)とよんでいた。

 

現在、新大橋の中央にある主塔にはめ込まれたレリーフは、この浮世絵が元になっている。

そして、遙か極東の地ジャポンの浮世絵に大きな影響を受けたオランダの印象派画家ゴッホが、油絵で模写したことはよく知られている。

 

 広重の江戸に遊ぶ
~嘉永・安政の風景『名所江戸百景』~

 

著者:堀 晃明。

編集:人文社編集部。

発行:名所江戸百景展実行委員会、中央区江戸開府400年記念事業実行委員会、栄光教育文化研究所。

 

私は、本書を「タイムドーム明石」で購入した。

企画展の挨拶の用紙が挟まれていたことから、展示を見てからの流れだったろう。

広重が大胆に切り取った江戸の情景と、解説の分かりやすさで、かすかな興奮を覚えながら本書を手にしていた。

 

購入後、折り目も付けず紙袋に入れて、書類の奥に保管しておいた。

極力外出を自粛している昨今、うずたかく積まれた資料を整理しているうちに再会した。

著者、編集者の思いが込められた、持っていて嬉しい本である。

しばし、趣味のまち歩きで巡った都内名所からの、江戸時代へのタイムスリップを楽しんだ。

 

 広重の江戸に遊ぶ
~嘉永・安政の風景『名所江戸百景』~

「佃しま住吉乃祭」

 

特派員の「Silver Fox 007」さんが2月26日のブログで、観光検定に出題された佃公園のレリーフについて書いていた。

実は、私も全く同じような勘違いをしていたのだ。

出題者が仕掛けた罠に、まんまと嵌まってしまった。

 

中央区観光検定では、高確率で「歌川広重」関連が出題されている。

それを分かったうえで試験準備をするのだが、毎回正解にたどり着かない。

どうも広重関連問題とは相性が悪いのだ。

幼少のみぎり、即席お茶漬けのおまけとして付いていた「東海道五拾三次」のカードが欲しくて、ひたすら食べていたほどの広重好き?

展覧会にも出向き、図録もきちんと整理している。

そう、本来、歌川広重さまを検定問題の対象として取り上げてはいけないのだ。

 

えーい。浮世絵のレリーフを3つとも貼り付けてやる。

 

 広重の江戸に遊ぶ
~嘉永・安政の風景『名所江戸百景』~

 名所江戸百景「佃しま住吉乃祭」

 

 広重の江戸に遊ぶ
~嘉永・安政の風景『名所江戸百景』~

 東京明細図会「佃島灯明台下汐干」

 

 広重の江戸に遊ぶ
~嘉永・安政の風景『名所江戸百景』~

 富士三十六景「東都佃沖」

 

 ・・取り乱してしまいました。

本題に戻ろう。

 

江戸百景とうたわれているが、描かれたのは100を上回る119景。

揃物(そろいもの)という、あるテーマに沿ったシリーズ作品。

江戸には、まとめようとしても収まりきれない名所があふれている。

江戸の人々も、連載に拍手喝采していたのである。

年譜をたどれば、制作が開始されたのは安政3年(1856年)。

安政5年(1858年)に完結した。

160余年前の江戸の風景。

葛飾北斎と並び、浮世絵風景画を大成させた広重の最晩年の筆により描かれている。

その完結を見届けるかのように同年、広重は62歳で幕末の江戸を襲ったコレラに罹り、命を落としたのである。

 乗り越えられる試練

幕末のコレラから思いが至るのが、村上もとかの漫画「JIN ー仁ー」。

大沢たかお主演でドラマ化され、最終話の瞬間最高視聴率は29.8%を記録したという。

主人公の脳外科医「南方仁」がタイムスリップした時代は、文久2年(1862年)。

大地震や風水害などが連続して発生した幕末。

麻疹が大流行し、追いかけるようにコレラが蔓延した。

その時代においても有効な対処法は、手洗いの励行と、からだと衣服を清潔に保ち、室内の換気を充分に取ることだった。

そして、橘咲を演じる綾瀬はるかが叫ぶ。

「南方先生、ペニシリンでございます!」

そう。「神は乗り越えられる試練しか与えない」んだよね。