rosemary sea

人形町駅から行ける、静かな佇まいの神社 NO.24
 ~ 椙森神社 ~

『ギフト、そして自分も楽しむ』をゴージャスに取材します、rosemary  sea  です。

 

「人形町駅から行ける、静かな佇まいの神社」シリーズ、第24回の今回は、椙森神社(すぎのもりじんじゃ)をご紹介します。

それでは・・・

 

ご由緒

ご由緒 人形町駅から行ける、静かな佇まいの神社 NO.24
  ~ 椙森神社 ~

当椙森神社は、遠く1000年の昔、未だ江戸が「武蔵野の原」と言われた時代の創建です。

江戸時代には、「江戸三森」のひとつであり、また、江戸商人の発祥の地としても栄えてきましたが、神社が街の中心にあるため、江戸三富のひとつにも数えられるほど、数多くの富くじが興業されたことが記録に残されています。

この富興行は、江戸庶民の楽しみのひとつであり、庶民の泣き笑いが今に思い浮かべることができます。

この「富塚」は庶民の心の記念として大正9年(1920年)に建立されましたが、関東大震災(大正12年:1923年)によって倒壊してしまいました。

その後、「富塚」の話を知った氏子の人々は有志を募って、昭和28年(1953年)11月に再建されたのがこの「富塚」です。

この「富塚」は他に類を見ない、と言われ、日本で唯一のものです。

今日では、宝くじの元祖として多くの人々が心中祈願をしているようです。

 

 江戸三森(えどさんもり)

竹森神社(8月15日掲載「人形町駅から行ける、静かな佇まいの神社 ⑮」)の表示では、「江戸七森」と拡大されていまして、

 椙森  烏森  初音森(はつねのもり)  柳森  あづまの森  笹森(ささのもり)  竹森

 

 江戸三富(えどさんとみ)

通常言われているのは、

 谷中感応寺(現:天王寺【てんのうじ】)

 湯島天神

 目黒不動尊(瀧泉寺【りゅうせんじ】)

 

中央区教育委員会 説明板

中央区教育委員会 説明板 人形町駅から行ける、静かな佇まいの神社 NO.24
  ~ 椙森神社 ~

椙森神社の創建は、社伝によれば平安時代に平将門の乱を鎮定するために、藤原秀郷が戦勝祈願をした所といわれています。

室町中期には江戸城の太田道灌が雨乞い祈願のために山城国(京都府)伏見稲荷の伍社の神を勧請して厚く信仰した神社でした。

そのために江戸時代には、江戸城下の三森(烏森・柳森・椙森)の一つに数えられ、椙森稲荷と呼ばれて、江戸庶民の信仰を集めました。

しばしば江戸城下等の火災で寺社が焼失し、その再建の費用のために、有力寺社で当たりくじである富興行が行われ、当社の富も人々に親しまれていました。

明治維新以後も、東京市中の古社として盛んに信仰されましたが、惜しくも関東大震災(大正12年:1923年)で全焼し、現在の社殿は昭和6年(1931年)に耐震構造の鉄筋造りで再建されました。

境内には富塚の碑が鳥居の脇に立ち、当社で行われた富興行をしのんで大正8年(1919年)に建てられたもの(昭和28年:1953年再建)で、富札も残されており、社殿と共に中央区民文化財に登録されています。

 

 人形町駅から行ける、静かな佇まいの神社 NO.24
  ~ 椙森神社 ~

富塚の碑には、

「富塚に水を掛けないでください。

   富を水に流さぬ様に」

と書かれています。

 

また、毎月13日と10月3日(=富の日)には、限定の御朱印がいただけるそうです。

13=とみ、10+3=とみ、語呂合わせですね。

なお、今年の9月2日(=くじ)・富塚くじの日祈願参拝は、新型コロナウイルス感染予防のため中止となってしまいました。

 

 人形町駅から行ける、静かな佇まいの神社 NO.24
  ~ 椙森神社 ~

べったら市・・・

慶長年間(1596年~1615年)から続く、秋の風物詩。

寶田恵比寿神社(たからだえびすじんじゃ)から椙森神社一帯、つまり、日本橋小伝馬町・日本橋堀留町・日本橋大伝馬町・日本橋本町の通りに「べったら漬け」、つまり、浅く塩漬けしたも大根を米こうじの床に本漬けしたものを売る露店が連なる。

日時: 毎年10月19日・20日

(「歩いてわかる 中央区ものしり百科」より)

しかし、今年の「べったら市」10月19日(月)・20日(火)は、新型コロナウイルス感染防止のため中止、と、既に発表されています。

今年は残念ですが、来年の10月19日・20日を楽しみにしたいと思います。

 

それから、11月8日(日)開催予定の「中央区まるごとミュージアム」の際の巡回バスの運行も中止が決定されています。

そのバスボランティアガイドに毎年参加していましたロズマリの、バスが人形町通りにかかった際の「べったら市」の説明も、来年まで据え置きとさせていただきます。

 

 人形町駅から行ける、静かな佇まいの神社 NO.24
  ~ 椙森神社 ~

椙森神社は、「日本橋七福神めぐり」の一社、恵比寿神を祀っています。

毎年お正月には御朱印帳を手にした、多くの人が訪れます。

ちなみに「日本橋七福神」は、

〇 小網神社

☆ 茶ノ木神社

〇 水天宮

☆ 松島神社

☆ 末廣神社

☆ 笠間稲荷神社 東京別社

☆ 椙森神社

〇 寶田恵比寿神社

の8社、すべて神社です。

 

なお、☆マークの神社は既にこのコーナーでご紹介済です。

 

 人形町駅から行ける、静かな佇まいの神社 NO.24
  ~ 椙森神社 ~
 人形町駅から行ける、静かな佇まいの神社 NO.24
  ~ 椙森神社 ~

今回も江戸古典落語、ご披露させていただきます。

第16回となりました。

「富くじ」を頼りに落語の噺を探しました。

・ 御慶(ぎょけい)

・ 富久(とみきゅう)

・ 水屋の富

・ 宿屋の富

「宿屋の富(とみ)」は上方の「高津(こうづ)の富」が元となっており、江戸ネタとなって舞台が日本橋馬喰町(ばくろちょう)の宿になりましたが、富くじは「湯島天神」にも、ここ「椙森神社」にも描かれています。

選んだのは「富久」です。

舞台はここ「椙森神社」一社です。

 

<事前確認コーナー>

幇間(たいこ:ほうかん)・・・

いわゆる「太鼓持ち」。

お酒の席での遊興の手助けをする職業の男性。

人懐っこい、腰の低い性格が好まれたようです。

 

 人形町駅から行ける、静かな佇まいの神社 NO.24
  ~ 椙森神社 ~

「富久」

 

お酒のせいでひいきの旦那をなくしてしまった幇間(たいこ)の久蔵、年の暮れに借金取りに追われているのに・・・。

椙森神社の富札の世話人をしている六兵衛から、なけなしの一分で富くじを1枚買ってしまいます。

神棚に富札をしまい寝入った夜半に半鐘が鳴り、聞けば、お酒でしくじった旦那の屋敷の方向が火事とのこと。

駆けつけて火事見舞いの客の対応をしていると、難を逃れた旦那の許しも得られました。

お酒を勧められ酔ってしまい、寝込んでしまうとまた半鐘が鳴ります。

今度は久蔵の長屋が火事とのこと。

取って返すと長屋は丸焼け、久蔵は旦那の居候の身に。

 

しばらくして人形町あたりを歩いていますと、人の波は椙森神社へ向かっています。

千両富の突き札の日でした。

「本日の突き止め~、鶴の1500番~」、そうです、久蔵の札が千両富です。、

ですが札は焼けてなくなっているので、あきらめて家路へ・・・。

そこで同じ長屋だった鳶(とび)の頭(かしら)に遭遇、「火事場のお前の家から神棚とふとんを運び出してあるよ」と。

神棚を開けると富札は無事。

 

頭「富に当たった?それはよかったなあ」

久蔵「へぇ、大神宮様(神棚)のおかげで、近所のお払い(=お祓い)ができます」

 

椙森神社

椙森神社 人形町駅から行ける、静かな佇まいの神社 NO.24
  ~ 椙森神社 ~

日本橋堀留町1-10-2

東京メトロ日比谷線・都営浅草線 人形町駅 A5出口を出て左、すぐの「人形町」交差点を左折、「人形町通り」を約270m進み、「堀留町」交差点を渡って約30m先に「椙森神社はこちら左」と書かれた案内板のとおりに左折して進むと着きます。