歌舞伎の演目に? 成った!
4月3日。
歌舞伎座の屋根に、鳳凰丸の櫓(やぐら)が建った。
紫の櫓の側面の文字は「木挽町 きゃうげんづくし 歌舞伎座」。
「四月大歌舞伎」と「本日初日」の赤い幟が架かった。
小雨の空模様だが、華やかに着飾った人々の熱気で、うわーっと気分が高まった。
※ 芝居の見どころを表した、絵看板。
『誉之仇討木挽町(ほまれのあだうちこびきちょう)』あるいは
『雪舞情重紅振袖(ゆきにまうなさけかさなるあかきふりそで)』
外題は、こんな風になるのだろうと思っていたが、
なんとそのままの、『木挽町のあだ討ち』と来なさった。
『木挽町のあだ討ち』は、2023年7月19日、第169回「直木賞」を受賞した、永井紗耶子さんの作品である。
舞台は芝居小屋が建ち並び、江戸の賑わいを生み出していた「木挽町」
慶長17年に開削された三十間堀の東側に、南北に形成された道を挟んだ細長い街である。
木挽きとは、伐採された原木を大鋸(おが)で引き切ることをいう。
江戸城修築に伴い、木挽き職人を住まわせたことが地名の由来である。
新作歌舞伎として、松竹創業百三十周年「四月大歌舞伎」昼の部の演目となったのだ。
この小説は、いずれは話芸の演目になっていくだろうとの予感があった。
各幕ごとに、登場人物の一人語りで書き起こされている。
台詞として言葉にすれば、人物の口調、テンポ、その背景となる江戸の街の賑わいが現れる。
「話す」、「読む」、「語る」の三大話芸が想起された。
落語ならば圓生師匠に、講談ならば伯山師匠で聞いてみたい。
浪曲ならば、東家三可子さんの美声が良い。
どんな世界が映し出されるか、大きな期待がある。
それが、なんと歌舞伎として飛び出してきたのである。
一気に、舞台の集団芸術としてお目見得するのだ。
大河「べらぼう」の時代を知るための副読本
※ 四月大歌舞伎のパンフレットより
いつの時代の話なのかといえば、江戸文化が花開いた時期。
老中田沼意次が失脚し、新たに松平定信が老中となった時期。
と言えば、察しの良い方なら、「蔦屋重三郎が活躍した頃に重なるんじゃないか」と思い当たるだろう。
江戸の繁盛を絵にかいたような木挽町。
芝居小屋には、芝居を支える複雑な来し方を持つ人々が集まる。
随所に芝居の演目や、名代の役者が登場し嬉しくなる。
大河ドラマ「べらぼう」では、登場人物の台詞の数々がズシリと心に刺さる。
それらが再現されているようで、不思議な気分になる。
ドラマをさらに理解する上での案内書、副読本ともいえそうだ。
歌舞伎座の正面右側に、歌舞伎稲荷神社が鎮座する。
興行の繁盛、安全、近隣の平穏を祈願して祀られている。
御朱印が洒落ている。
通常版は白紙に書かれているが、興行初日限定版は黄紙で用意される。
千穐楽にも限定版が用意され、橙色(だいだい)である。
(四月大歌舞伎は、4月25日が千穐楽)
作品をひと言で表すならば、「清廉」という言葉が当てはまると思う。
本書は第35回山本周五郎賞と合わせて受賞している。
市井の人々にあたたかな視線を送り続けた山周の雰囲気を、充分に満たしていた。
初日の幕は開いた。
さてあなたは、本を読んでから歌舞伎を観るか、観てから読むか。
どちらも、面白いと思うよ。
※ 関連ブログ 2023.7.26.15:00『木挽町の名残を探して』