稲畑産業の東京本社ビル
ある日曜日の昼下がり、旧奥州・日光街道沿いをぶらぶら歩いていたら、意外な社名が目に飛び込んできた。
日本株に投資をしている人々、なかでも高配当株に関心を寄せる人の間では有名な「稲畑産業」だ。
この通りを何度か歩いたことはあるが、これまで全く気付いていなかった。
稲畑産業は、老舗の化学系専門商社である。
1890年(明治23年)に、当時世界最先端の染料技術をフランスで学んだ稲畑勝太郎が、京都市に「稲畑染料店」を創業したのがその始まりだ。
東京に進出したのは、1894年(明治27年)のこと。最初は日本橋区本石町3丁目に店舗を構えたが、その後、堀留町などを経て現在地(小津和紙の日光街道をはさんで斜め向かい)に東京本社が定まったようだ。
このエリアに稲畑産業の東京本社があることに最初は驚いたが、土地の歴史を考えればごく自然な選択だったことがわかる。
稲畑産業が面している旧・奥州日光街道を少し東へいけば大伝馬町である。そして大伝馬町といえば、江戸時代には「木綿店(もめんだな)」と呼ばれる問屋街として発展した町であり、現在も多くの繊維問屋が残っている。関西から進出してきた染料商社が東京で商いを行うには、ここは絶好の立地だったに違いない。
稲畑産業の本社ビルは一見とてもシックなのだが、実は外壁に非常に凝ったパターンが見られる。
描かれているのは、たわわに実った稲穂だ。その稲穂が建物全体を覆いつくように隙間なく描かれているのだ。
この外壁を間近で見ると、なんというか、金運が爆上がりしそうな気がして、思わず拝んでしまった。
「いつまでも、このデザインが残っていて欲しいな」
そう思いながら稲畑産業のオフィシャルサイトをのぞくと、残念なお知らせを発見。
1971年竣工から約50年が経過し、建物設備の老朽化が進んだことから建て替えが決定したとのこと。
プレスリリースの情報によると、3年後にはこの地に稲畑産業の新しい東京本社ビルがお目見えするようだ。
その時に、この素敵な稲穂デザインに再会できることを切に望んでいる。