銀造

東京盲唖学校発祥の地 日本点字制定の地

 築地の市場橋駐車場の横の公園内に、明治初期に工部大学校で日本人に西洋建築を教えた、ジョサイア・コンドルが設計した「東京盲唖学校発祥の地」いう記念碑があります。 ここは、「日本点字制定の地」でもあるようです。

東京盲唖学校 日本点字制定の歴史

東京盲唖学校 日本点字制定の歴史 東京盲唖学校発祥の地 日本点字制定の地

 記念碑の銅板には、次の事が刻まれています。

1879(明治12)年 ジョサイア・コンドル設計による校舎完成

1880(明治13)年 楽善会訓盲院として開校

1887(明治20)年 官立に移管 東京盲唖学校と改称

1890(明治23)年 日本点字制定

2010(平成22)年 11月1日 建之

   筑波大学附属視覚特別支援学校

   筑波大学附属聴覚特別支援学校

    記念碑実行委員会

 

 

筑波大学附属視覚特別支援学校と名称変更、移転

 楽善会訓盲院は、1887(明治20)年に東京盲唖学校と改称したのち、いくつかの変遷を経て

筑波大学付属視覚特別支援学校と名称変更し、現在は東京都文京区目白台にあります。

 

ジョサイア・コンドルについては、国立国会図書館による説明をご覧ください。

日本建築界の恩人・コンドル