えだまめ

湊橋から見る豊海橋

子連れ特派員のえだまめです・・・。

娘あずき(小2)の学校のPTA会報作り、まもなく校了を迎えます。

もうちょっとしたら特派員らしい生活をできるはず・・・と信じて頑張ります・・・!

 

そんな中ですが。

会報作りの大切なパートナーである印刷会社さんのところへ

何度か伺うことがありました。

区立小の会報を請け負ってくださる会社さんですので

やっぱり地元、中央区内の会社さんになるのです。

私としてはPCやスマホで会報部メンバーとやり取りしたり

素材となる写真データや文章を確認してみたり

仕上がってきた初校データをチェックしたり・・・と

かなりデジタルデトックスが必要なのでは・・・!?という状況に陥っている気がするので

ちょっとしたお散歩気分で、ありがたいチャンスだったようにも思うのです。

 

そんなわけで冒頭の1枚はその道中に撮ったものです。

日本橋川にかかる湊橋から、その一つぶん下流にある豊海橋をパチリ。

はしごを横倒しにしたような形の珍しいデザインですね。

関東大震災からの震災復興事業として架橋が計画され

昭和2年(1927)に完成した橋です。

昔も今も「映える」風景、ということで

数々の文学作品にも描かれているものです。

(北原白秋『大川風景』・永井荷風『断腸亭日乗』)

初夏の太陽を浴びて、きらきらと光る水面はやはり美しい・・・!と思うのでした。

湊橋の説明は新川側に。

湊橋の説明は新川側に。 湊橋から見る豊海橋

さて、そんなこの写真の撮影地点だった湊橋。

現在の湊橋もまた関東大震災の復興事業の一環として昭和3年(1928)に架設されました。

平成元年(1989)の整備事業により装いを新たにしたものです。

 

そして。新川側の橋のたもとに解説の石碑もありますよ。

ここに最初に橋が架けられたのは延宝7年(1679)。

霊岸島(現在の新川エリア)と対岸の箱崎地区を結ぶために架けられました。

橋の周辺が江戸湊の出入り口にあたる事からこの名称がついたといわれています。

この地域は江戸時代から水路交通の要所として栄え、特に江戸と関西を結ぶ樽廻船によって

酒樽が輸送されていました。

このあたりには倉庫も立ち並び、賑わいを見せていたようですね。

 

ということで。

「隙あらば特派員活動」の写真をお届けしました。

来月以降はもうちょっと色々楽しい街歩きをお届けできるよう頑張ります・・・!!